浅葉家と恋する能動

49.浅葉家のヒミツ

 私は葵に連絡をとろうと試みた。

 しかし、電話はつながらず、メッセンジャーも読んだ気配がない。

 仕方がなく、私は、浅葉家に足を運んだ。葵は不在で、かわりに亜子さんが出てきた。不在は予想の範囲だった。

 一方、亜子さんは、私の急な来訪をとても喜び、家に招き入れた。葵の所在については、昨晩から一人旅行に出ているとのことだった。


「ごめんななさいね、あの子、糸の切れた凧だから」


 タコではなく蝶だけれど。

 とにかく、私は亜子さんとまた紅茶を飲みながら話をする。


「そういうこと、良くあるんですか?」

「あの子は中学くらいから、しょっちゅうどこかに出かけていて……はじめは心配したのだけれど、今はもう慣れてしまったわ」


 と、亜子さんは寂しそうに答えた。

 緊急時の連絡はどうするのだろう、いや、私が拒否されているだけであって、亜子さんは連絡できるのかもしれない。

 と、思ったら亜子さんが自らの言葉でその予想を否定した。


「あの子、連絡もつかなくなるのよ、ほんと身内を心配させることばかり」


 そもそも、目的地はなんとなく分かっている。

 葵は、相良川の上流にあるダムだろう。たぶん、昨日調べた限りだと、相良ダム、宮山ダム、城が瀬ダムのいずれかだ。

 亜子さんが私に尋ねる。


「なにか、急な用だったりするの?」

「いえ、大丈夫です。また連絡を取って改めて会いに来ますよ」

「そう? まったく……学校も、休みがちなのよね……成績は大丈夫らしいけれど、深ちゃんのおかげかしら?」

「葵くん、けっこう頭いいので、私がちょっと説明すると、すぐ私より勉強できるようになるんですよ」

「そう、ならいいのだけど」


 少し誇らしげに、それからちょっと悲しそうに笑う。


「あの子、本当に手がかからなくてね、なんでも自分で出来てしまうのよ。料理も掃除も洗濯も勉強も。一人では人は生きていけないのにね。だからね、誰か見つけなさい、一人でいると、人は駄目になってしまうからって、言ったのよ。そうしたらあなたを連れてきたの」

「そうだったんですね」


 でもなぜ、私なのだろう? ──そういえば、こないだフラれたとき、それを聞きそびれていた。偶然か、気まぐれか。


「深ちゃんは、友達いっぱいいる?」

「え、ええ……高二になってから、なんだか親しい友達が増えました」


 私は、帰宅部の友達を思い出す。ついこないだ、ひどい突き放し方をしてしまった仲間たち。


「でも、最近、ちょっといろいろあって気まずくて」

「そのお友達は、親しい人たちなのでしょう?」

「ええ、とてっても親しいです」

「だったら、大丈夫よ。ごめんって言えば、すぐに戻るから、親しいというのはそういう事ですよ……お茶のお代わりは?」


 亜子さんは、立ち上がって無くなった紅茶を足そうとキッチンへ向かう。


「あ、じゃあいただきます」

「お湯を沸かしてくるわ……ああ、そうだ、これでも見ていて」


 亜子さんは、ふと、サイドボードの上におかれたアルバムを手に取って、私に渡す。


「葵の小さい頃の写真があるわよ」

「えっ、はい」


 私は、アルバムを受け取る。

 それは、手作りのアルバムで、写真が丁寧に貼られてちょっとした本のようになっていた。亜子さんはは、お湯を沸かしにキッチンへと消えた。


 アルバムをめくると幼少時の葵が確かに写っていた。それは、私がかつて幻視した蛹や芋虫の姿ではなく、人の姿をしたものがほとんどだ。

 私は思わず小さく感嘆する。この可愛さは祖父母にしてみたら、たまらない。しかし、違和感がある。葵と、亜子さんと祖父らしき人物がいるのだけれど、両親の姿が一切無い。私は、本当に幼少時から親とは疎遠だったのだと理解した。

 亜子さんがお茶をもって帰ってくる。


「かわいいですね、葵」

「でしょ? やんちゃなのが顔ににじみ出てるし、たまらないわ」


 亜子さんの顔が緩む。そうしてしばらく二人で写真をみたのだけれど、結局、私は、両親がいないことについて聞けなかった。


 もう一つ気になるのは、祖父らしき写真。

 学者風の風貌。たまに白衣を着ている。両親については聞けなかったけれど、知っている事の範囲からなら尋ねられる。


「おじいさんは、とても大事な研究をしてたって、葵から聞きました」


 私がそう言うと、亜子さんはいままで見せていた笑顔が消える。私はちょっと余計なことを聞いたかな、と思った。


「葵が、深ちゃんに夫の話をしたの?」

「……ええ、ステージ四以上の変異因子をもつ人を助ける特別な薬をつくっていたって」

「そこまで話したのね」


 亜子さんの顔がなにか観念したように息を吐く


「でも、夫はね頑張りすぎちゃって最後には、辛い気持ちのままこの世からいなくなってしまったのよね」


 哀れみと後悔がまじった言葉に聞こえた。私は、思い切って、葵から聞かされた他の話も伝えることにする。


「それで、葵はつい最近、その薬を培養して世の中に撒くんだって言ってました。近頃ニュースに出ている研究所の襲撃も葵がやったものだとか」

「……!」


 亜子さんは、驚いた表情をしている。


「……それは本当? 深ちゃん、あなたどこまで葵の事を知っているの?」

「知っている話ですか……」


 私は、亜子さんに、葵が蝶の怪人ヴァリアントであること、昔おじいさんの薬に救われたこと、両親と疎遠なことなどを伝えた。

 すると亜子さんははしばらく思案して、おもむろに立ち上がると、私を手招きする。


「いらっしゃい、ちょっと二階に行きましょう」

「……はい?」

「葵のこと、予想していなかったわけではないの。でもまさかこんなに早く自分でやってるとは思わなかったわ」


 悪くなっている足をひきずっていたから、私の介助を得て、どうにか二階にあがる。書斎兼図書室と、葵の部屋を通り過ぎて、奥の扉へ向かう。


 ガチャリと戸をあけると、そこはちょっとした理科の実験室のような部屋になっていた。

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