47.はまぐり少女の決めた事

 その日、疲れ切って自宅最寄りのバス停を降りた直後に、静子からメッセージで連絡があった。


『またずいぶんな判断してくれちゃって』


 そのメッセージは、非難ではあったけれど、すこし気遣いみたいな物を感じた。それから、直後に電話が鳴る。


「もしもし」

『深さ、もしかしてフラれた?』


 流石静子。私の行動の原因と結果をよく理解していらっしゃる。


「……うん」


 すると、電話の向こう側から『あぁ〜』という嘆きと同情が入り混じった声が返ってきた。


『話を聞いていた限りだと、結構、脈アリに思えたんだけどなぁ』


 静子が言った。

 それから、具体的に何があったか話せる?と聞かれたので、私は、話せる範囲の葵とのやり取りを伝える。といっても、薬や研究所の襲撃、そして葵が怪人であることなんて伝えられないから、ちょっとアレンジして話を作った。

 フラれた理由は、葵にやりたいことがあって集中したいから付き合えない、という話にした。それから、孫が心配な、葵のお祖母さんである亜子さんと、私の話をした。

 それともう一つ、フラれた時の台詞も。


「こんな痣が気持ち悪い男を好きになっちゃ駄目だよ、っていうような事を言われた」


 正確には痣ではなくて、化物を好きになるな、と言われたのだけれど。すると静子はしばらく唸りながら考えことをしていた。


『……んー完全に脈なしってわけでもない気がするんだけどなぁ』

「……そうなの?」


 表現が違うからそう聞こえたかもしれないけれど。


『いくつか気になる話もあるし。例えば自分の祖母を紹介する──なんて話はさ、嫁に母親を介護してくれ、って言ってるようなもんじゃない?』

「え、ちょっと……それは」


 思いがけず、変なところに話が飛んだ。


『ん、言ってること違う?』


 残念ながら、そうかも、と私は思う。


「あ、亜子さんまだしっかりした人だから!」

『まー、女子高生にはそういうの重いよね、いやちょうどウチの姉ちゃんがそういう話しててさ、似てるなって思って行ったんだけどね』


 静子の家のことだから、つまりは金持ち連中のドロドロのお家騒動だろうか? 嫌な話だ。いや、嫌といっちゃいけないのか。


「……」

『でもまあ、少なくとも、心を開いていない相手に頼むような事ではないよね。なのに深のことフッたんだ……ほんとよくわからない子だね葵くん』

「……」

『たとえばさ、彼は何か深い闇を抱えていたり?』


 闇。


 葵は、自分を化物だといった。それが、彼の中にあるどこまでの闇を指すのかわからない。


『深、聞いてる、さっきからずっと黙ってるけど?』

「うん」

『泣いてたりする?』

「いや、別に」


 私は、自宅の周りの路地をぐるぐると歩いて、ずっと静子の話を聞いていた。


『そんなに凹んでるなら、いまから会いに行ってはげましてあげようか?』

「あんたまだ体調わるいんでしょ? 病み上がりじゃないの」

『平気だってもう。うちの両親が過保護なだけで』

「いいよ、また今度で」

『じゃ、今度会った時説教するから』

「……なんでよ」

『無期限活動停止ってところは良いとして、解散って言ってたら絶交してた』

「……」

『まあでも、あたしがその場にいても同じ判断してそうだよね深……』

「……自分でも、そう思う」


 はまぐりは、閉じたら頑ななのだ。


 ただ、多少なりとも、静子に話したことで、私は少し楽になった。私と静子は、近いうちの再会を約束して、電話を終えた。

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