44.伝えたいこと
「えっ、四なんてあるの?」
たぶん望海先輩ですらステージ三未満だろう。
「あるよ……僕がそうだもの」
「……!」
それが事実なら、では葵は何故生きているのか? そんな疑問が頭をよぎる。
「僕が生きている理由はね、僕の祖父が、生体変異理化学の研究者で、未認可の薬を作って、孫に飲ませることが出来たからだよ」
「……未認可?」
私はちょっと理解する。葵が薬にくわしいのはそのせいかもしれない。
「世間的には、良くないってことになるんだろうけど……でも、その薬が認可されていたら、僕以外の子供も救えたんだ。祖父はその薬を認可させようと、必死になって色々なところに掛け合ったんだけどね、許可するどころか、研究を潰されて、失意のまま亡くなっているんだ……そして残ったのがこの薬」
葵はいつも持ち歩いているバッグから相良生化学研究所とかかれた、プラスチックのボトル容器を取り出す。
「深の友達の女の子が投与されたやつの元となる薬剤で、
「PPS……?」
「PPS細胞っていうのは、極小ホルモンプラントと一緒にして刺激を与えることで、特定の性質をもった細胞を作ったり、爆発的に増殖を仕掛けたりすることが出来る万能細胞の一種なんだけど……って分からないよねこんな話」
「……うん、ごめん」
正直、何をいっているのかわからない。
「まあ、おじいちゃんのすごい研究の成果ってことだけ理解してもらえればいいよ」
「それと葵の活動がどう関係しているの?」
葵は話を続ける。
「おじいちゃんの研究は潰されたんだけど、基礎理論やサンプル自体は奪われて、国内の複数の研究所に分散して保管されていてね、僕はそれを奪い返して回ってた」
私は、驚きとともに、ふと思い出す。
そのボトル容器にかかれていた研究所の名称は、今朝型ニュースにあった襲撃された研究所だった。
「まさかさ、今朝ニュースになっていた、研究所の襲撃事件とか……その、それ以外の前の事件とかも、全部葵がやっていたの?」
葵はうなずいた。
「僕はさ、単純におじいちゃんの夢を叶えたいんだ」
「……夢?」
「おじいちゃんは、ステージ三以上の変異因子保持者の、適応障害や成長障害の緩和と解消を目的にして薬を作っていた。この薬で、本気で重度の
「それは……」
良い話に聞こえた。
けれど研究所の襲撃も、未認可の薬であるという事実も、世間的には犯罪にあたるだろう。
「……なんてまあ正義の味方っぽいことを言っているけどね、実はね一つ問題がある」
「問題?」
「その薬が広く世にまかれると、生命力の強い
「……!」
「そうすると、困る人達が
「……でも、そんな話、聞いたこと無いよ」
「世の中には出ていない情報なんていっぱいあるんだ」
何処までが本当の話なのだろうか?
とてもありえそうな話だ。それほどまでに
「それで、葵はどうするの?」
「……ついこないだね、ようやく僕の必要とする量の
「え、どこへ?……」
「
もはやスケールが大きすぎて、私はただ聞くことしかできない。
「それで……相良川の上流にさダムがいくつかあるでしょ? あそこ、培養にちょうどいい貯水量なんだ。だから、そこに
私は、流石にそれはいけないことな気がして、口を挟んだ。
「そ、そんなこと!しちゃ駄目なんじゃないの?」
「なんで? そうしないと、死んじゃう子供とかがいるんだよ?」
「でも、そんな、人間の生き死にに介入するの、おかしいと思うよ」
「深は知らないかもしれないけど、人は有史以来、いつだって地球上の生態系に影響を与えてきたんだよ。だから、僕のすることなんて大したことじゃない」
それは、少し知っている。
静子が昔話してくれた。人類は、自然を破壊し、作り変え、種を絶滅に追い込み、自身の繁栄の為に、様々な不自然なものを生み出してきた。
葵が悲しそうな顔をしている。
「深は同意してくれると思ったけれど」
「私には、わからないから同意できないよ。葵は、私が同意しなかったらどうするつもりなの?」
「何も……目的のために行動するだけだよ。いままでがそうだったように。これからも」
そこには、葵の意地のようなものが感じられた。ずっと葵が考えてやっていたことだから、いまさら私が言ったところで、変わらないだろう。
私は、一つ問いかける。
「葵は、それで危険な目にあったりしない?」
葵は以外な質問に一瞬押し黙って、すこし考えて言葉を続ける。
「そりゃ、多少は危険だけど……」
今まで言ったことが事実なら、葵は怪人結社や
そして、ただの高校生でただの子供が、大人の組織を相手に勝てるとは思えない。
「……何かあったら亜子さんはどうなるの? 葵の家族なんでしょ」
「だからさ、深に、おばあちゃんの友達になってほしかったんだ」
「……? なにそれ、勝手なこと言って」
「でも、深はやさしいから、おばあちゃんの友達になってくれる」
「……!……葵みたいなめんどくさい人のおばあちゃんと、なんで私が親しくするの!」
私が突き放すように言った。
なにか、私と葵の前には、修復できないような溝みたいなものが出来た気がして、私は胸が苦しくなった。
「……そう。まあ、そうなるよね……俺から、話したいことは以上かな。時間をもらってごめんね」
これで、葵と私の関係は終わるのだろうか?
こんな終わり方でいいのか?
私には止められないのか?
止めなきゃいけない。
どうすればいい?
「葵は、これからダムへ向かうの?」
「そうなるね」
「なら、あたしも行く」
「……なんで? 駄目だよそんなの」
予想外の問いかけに、即答で強い拒絶の言葉が帰ってきた。
「
「やっぱり危ないんじゃん」
「僕は自分を守れるから大丈夫なんだよ」
「でも行くといったら行く」
「駄目だって」
「自転車でついてく」
「無理でしょ」
「行けるよ、元運動部なめないでよ」
「何でそこまでするんだよ」
「わからないの?」
「わかんない」
「じゃあ、教えてあげる。あたし好きなの、葵のことが」
言っちゃった。
葵が、驚いている。
言った私も驚いている。
変な汗が出る。
鼓動が早くなる。
顔が暑い。
目をそらしたい。
照れているとか恥ずかしいとかだけではない。この状況で告白とか、そもそもバカバカしい事だと思う。その言葉は、互いを混乱させるのに十分な破壊力があった。
すると、葵はひねりだすように答えを返した。
「僕は、化物なんだよ。だからさ、絶対に好きになったりしたら駄目だ」
それは、何かとてつもなく悲しい言い方だった。
「そんな言い方は……ずるい」
私は、その言葉をトリガーにして葵の過去を再度幻視した。
小さい頃、虫の卵からうまれた葵。幼虫になって、ベビーベッドの上で葉をはんでる。顔の見えない両親が、ノイローゼ気味に互いに話している。──なぜこんな子供が生まれたのか、と。両親は葵を忌み嫌い、祖父と祖母に預けた。それから葵のおじいちゃんが葵を生きながらえさせるために薬を与えた。そして葵は人と怪人の間を行き来するようになったのだ。
葵が、顔の痣をうごかしながら、再度私に告げた。
「化物だから、君の好意は受け入れられない」
私は、フラレたらしい。
そこからは正直、何を話したか良く覚えていない。葵は私を抱きかかえて飛び立ち、私の家に送り届けた。
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