40.クジラの帰還
ふと目を開けると、葵が覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「……」
私は、突然意識がはっきりして飛び起きる。葵におでこをぶつけてしまった。
「痛っ」
「ちょっとなんだよもう」
すると携帯が着信する。
「……なに? もう」
携帯の画面を見る。そこには静子からのメッセージがあった。
『なんかいっぱい連絡した? 着信だらけなんだけど』
私は、いそいでメッセンジャーを立ち上げて立て続けに返信をする。
『した』
『連絡なかったから』
『静子大丈夫なの?』
すると間があって、返事がかえってくる。
『しんどかったけど、たぶん平気……心配かけてごめんね』
私は安堵した。あまりにも虚脱して、私はその場にへたりこんだ。
『ていうか変な夢みた』
静子のメッセージは続く。
『どんな?』
『クジラになったあたしと、はまぐりになった深が、街であそぶの』
私は、笑いながら自分の涙を拭う。落ち着いたらちゃんと連絡をする、という約束とりつけて、やり取りを終えた。
「片付いたっぽい」
「うん」
葵が、ビルの屋上から階下を見ている。
「どうしたの?」
「
「え」
「降りよう。面倒なことになる前に」
葵は、ふたたび翅を広げると、私の腕を引く。
「わ、ちょっとまって」
葵は強引に私を抱きかかえると、ビルの屋上から跳躍した。
そこは、かなりの高さで、先程までの緊張感が完全に抜けきっていた私には、恐怖以外のなにものでもなかった
「ちょ、まって心の準備って、ああっ!」
しかし、葵は騒がしい私には無反応だった。それどころか、飛びならが深刻そうな顔をしていた。
「深、君の活動さ、いろいろと調べたんだけど……ゴーホームズってやつ、けっこう目をつけられてるから、気をつけて」
「え、うん」
と、言われても何を気をつければいいのだろう。というか、葵って、ホント何をしているんだろう?
「葵ってさ普段何してるの? 部屋に侵入するときとか、手際良いしさ、そもそもあの謎水だって、なんで持ってるの?」
「……」
葵は無言になる。やっぱり言えないことなのか。
「……まぁ、全部話さなくてもいいけどさ、少しくらい教えてくれてもいいじゃない?」
「……わかった、明日学校で話すよ」
予想外の言葉だった。
それから、ふわりと人気のない路地に降り立つ。
「さ、ここからは歩きだよ。怪人ではなく、人として歩もう。怪しまれないように」
「……うん」
葵は、意味深に笑うと、私を家に送り届けた。
* * *
「ただいま」
誰もいない天ヶ瀬家に、もう何千回と繰り返された帰宅の言葉を伝える。
返事はない。けれど、馴染んだ我が家の匂いが迎え入れてくれて、私は安堵する。そのまま、私は荷物をリビングのテーブルに投げ置くと、お風呂へ向かう。今日はほんとうに疲れたのだ。
服を脱いで脱衣かごに入れる。シャワーをさっさと浴びると私は風呂場から出る。そして、自身の身体を拭っているときに、ふと気づくことがあった。
「……ん?」
二の腕の下あたりに、模様が出来ている。それは鱗状になっていて、指で触れると角質のようにちょっと硬い。爪でこじると、それはポロポロと剥がれ落ちて、その後は蛇にでも締め付けられたように鱗状の赤い痕が肌に残っていた。
これは、さっきの静子とのやりとりのせいだろうか?
あるいは葵?
私は、抱きかかえられて空をとんでいるとき、そこに葵の腕があたっていることを思い出した。
しかし、葵は昆虫であって、蛇や魚ではない。
「ま、いっか」
それにしてもだるい。
寝巻きがわりのTシャツとジャージを着た私は、バスルームから出る。リビングに行くと、父が帰って来ていて、私は一瞬ビクッとなる。
「帰ってきてるなら言ってよ」
「んー?」
父は缶ビールを片手にいつものとおり物思いにふけっていて、つけっぱなしのTVも見ているんだか見ていないんだかわからない。
傍らにはPCがあって、画面にはプログラム言語の羅列。いつもの通り気のない返事。眼の前の娘が、先程まで私がビルの屋上にいてクジラと戯れていただなんて、これっぽっちも想像できないだろう。
私も、何かを飲もうと冷蔵庫へ向かう。しかし、足が重い。身体が思い。
あれ?
気づけば私はひっくり返っていた。
お父さんが、血相をかえて叫んでいるのが聞こえる。ふと見ると、なぜか帰宅したばかりのお母さんまでいた。
あれ?
さっきまでお母さんいなかったのに。
お父さんとお母さんは、私の名前を呼んでいる。しかし、私は唸り声しか出せない。静子と入れ替わりで身体を壊したのだろうか?
明日、学校で葵に会う約束をしたのに、これでは会えないかもしれない──私はそんなことを思いつつ、意識を失った。
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