天ヶ瀬家と少女の記憶

41.天ヶ瀬家の娘

 幼少時、私は寝込んでばかりいたことを覚えている。

 その時、母は専業主婦で仕事をしておらず、父も、会社員であったから、定時には家に帰ってきていた。そして、祖父と祖母も健在で、あのただっ広い、なぜか鬼瓦がシーサーの一軒家は、今よりもずっと賑やかだった。


 私は、二階ではなく一階の祖父と祖母の隣の部屋に布団をしいて、母と一緒に寝起きをしていていた。その頃から父はプログラマーの副業をしていたから、今の私の部屋を書斎にして寝起きをしていた。


 別に、他に部屋がないわけではない。

 ただ、普段から熱ばかりだしていたものだから、母だけでなく祖父と祖母の目の届く範囲で寝起きをしていたのだ。


 よく覚えているのは、私の熱があがりはじめると、測ってもいないのに祖母が気づいて、氷嚢を用意してもってきてくれることだった。

 なんでわかるの? と尋ねると、祖母は深が辛そうにしているのが見えたのよ、おばあちゃんはね、家族に何かあったらすぐわかるのよ、と笑って答えてくれたのを覚えている。子供心に、人は歳を重ねるとそういう力が身につくのだろうか、などと思っていた。


 けれど、人間というのはそんなに便利にできていない。

 会いたいという人にも会えなくなる。そんなふうに思ったのは、祖父と祖母が相次いで亡くなった頃だろうか?


 私は目を覚ました。そこは地元の診療所のベッドの上だった。


 汗でシャツがびっしょりと濡れている。まだはっきりしない意識のなかで思い返す。私は家で倒れて、驚いた父と母が私を抱きかかえて車に載せた。

 断片的に意識が戻ったことを覚えている。父が、その日近隣で夜間診療をしている病院を市に問い合わせて確認して、運び込んだのだ。幼少時、私は何度も熱を出して病院につれこまれたりしていたから、父はだいぶ手際が良かった。

 ただ、お前ずいぶんと重くなったな、という言葉は余計だったけれど。


 医者の診療は簡単なものだった。


「軽い変異症だね。抑制剤インヒビターを点滴でうちましょう。飲み薬より早く楽になると思いますよ」


 それは、変異因子をもつ人間がよく起こす疾患で、風邪みたいなものだった。

 幼少時だと場合によっては命に関わることもあるらしいのだけれど、小学校にあがったころから、私は熱を出すなんてことは一切なくなっていた。変異症を発症したのは十年ぶりくらいだった。


「まぁ、久々だったからびっくりはしたけどね」


 と、傍らの母が言った。


「ご迷惑をおかけしました」


 私は答えた。

 まだ、少しだるかったけれど、横になって点滴をされていると、次第に落ち着いてきた。ふと思い出して腕みると、そこにあった鱗の痕は無くなっていた。


 それにしても、お父さんがたまたま家にいて本当に良かった。

 大きくなってから変異症で亡くなるような人はいないというけれど、少なくともあのまま昏倒していたら、私はもうちょっと重大な事になっていた気がしないでもない。父は、言いながら私の額に手を乗せる。熱は下がったな、とでも言いたげな顔をしている。

 それから、二の腕に手を伸ばす。


「おまえ、さっきまでここに鱗あったよな」


 父はそれに気づいていた。


「うん」


 私は、はまぐりだから、鱗がでるのはおかしい。そう思って考えないようにしていたら、私は昏倒したのだ。変な症状じゃなければいいけれど。

 点滴を終えて、待合室に戻る。母が傍らで心配そうに私を見ている。


「大げさなんだよ二人してわざわざ来て。ただの変異症だっていうしさ」

「だといいのだけれど」

「母さん、深をつれて車に行ってて、会計すませておくから」


 母は、父に鍵をわたされる。私は母につれられてフラフラと車に向かった。私はふと思う。──あれ?


「お母さん、今日帰ってくるの早くない?」


 時計を見る。帰ってきたのは夕方くらいだけれど、そういえば、母は私が倒れた時に、示し合わせたようにちょうど現れた。偶然?


「んー、なんていうかね、あんたが倒れるような気がしたのよ」

「ええ?」


 私は、かつて祖母が言っていたようなことを、母が言ったので驚いた。


「だから、早く帰ってきたの。そしたらドンピシャだったわねー」

「へー……」


 なんだろう天ヶ瀬家女性陣の、このカンみたいなものは。──それから助手席のシートに身体をあずけながら、明日学校へ行けるだろうか、芽衣たちが心配するのではないかと、考える。静子につづいて、私までダウンとは、あとで皆に連絡でもしなければ。


 家に帰ると、母と父はは妙に優しかった。それも気持ち悪いくらいに。

 ならばと調子に乗って、最近、お母さんの手料理たべてないなー、なんて皮肉を言うと、そうね、と苦笑いした。


「たまには作ろうか? なにか食べたいものある?」

「え、リクエストしていいの?」

「もちろん」

「あ、じゃあこないだのアップルパイまたつくって、あれ友達に食べさせたら評判よかったから、明日学校に持ってこうかなって」

「駄目よ! 明日は休みなさい」


 母は強い口調で言葉を返した。


「……え、大丈夫だよ多分」

「駄目!あなた昔は身体弱かったんだから、十年ぶりの変異症なんて、怖いでしょ。何があるかわからないから、明日は家にいなさい」

「……」


 せっかく、葵やみんなに食べてもらおうと思ったのに。

 というか、明日葵と話をする約束だったのだけれど、やっぱりキャンセルをしなければいけなくなった。久々に見せた親としての迫力は、娘を従わせるのに十分なものだった。仕方がなく私は明日休む事を承諾した。


 私は、自室に引き上げると、布団に入って葵と静子にメッセージを送る。

 静子からは、二人とも引きこもりになったなら、明日は無料通話をつなぎっぱなしにでもして、暇を潰そう、と提案を受けた。


 葵からは、朝方に連絡があった。そこには「お見舞いにいくかも」と書いてあった。かもってなんだよ、はっきりしないな、と思った。

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