31.浅場葵のちょっとのヒミツ
亜子さんは、優しげな表情で葵について語り始めた。
「……そうね、小さい頃はね、わりと病気がちだったわね」
「そうだね」
葵が同意した。
「でも、小学校くらいから一転して健康優良児になって、それはもう、やんちゃだったのよ」
「へぇ」
「いちど、あそこの木にのぼって、落っこちたときは心臓がとまるかとおもったものよ」
「あー、そんなこともあったねー」
葵はアップルパイを完食した後で、紅茶を自分で注いで飲む。そして、他人事のように言った。
「この子、因子保持者だからね、とても頑丈でなんともなかったのよね」
亜子さんは、少なくとも葵が
身内だし、それは、あたりまえか。私は、亜子さんが少し、遠慮がちに因子保持者であると言ったことを気にした。──だから、躊躇なく自分の事も明かす。
「私も、その因子保持者です。はまぐりの……」
「……え、深ちゃん、そうなの? じゃあご両親は大変だったんじゃない?」
「ええ、でもステージ一なのでそれほどでもないですよ」
すると亜子さんの顔が曇った。
「……えっと、どうしたんですか?」
何か、会話で地雷を踏んだかと思って、変な汗が出た。
「……今日ね、夕食もご一緒しようかと思ったのだけれど、お料理にムール貝があるの……その、深ちゃんにはやめたほうがいいかしら?」
「え」
「あ、貝が共食いじゃん」
「こら葵なんてこというの」
「えっ、いや大丈夫です! 私、はまぐりもあさりも、貝とか全然平気なので!」
「そう? よかった。いつも二人だけのご飯だから、とても嬉しいわ」
やっぱり二人だけの家だった。
そして、夕食もご一緒することになってしまった。うん、そっちのほうが緊張する。そんな感じで、どうも落ち着かないアフタヌーンティーを終えて、私と葵は一旦勉強にもどった。
それから、みっちりと葵に勉強を教えた後で、夕方になって再度呼び出されて食事を共にする。両親へはいちおう連絡を入れた。といっても放任主義だから、特に何も言われなかったけれど。
そこから転じて、夕食の際には、天ヶ瀬家の家族についての質問をされた。
私は、祖父と祖母と、父と母の話の他愛もない話をした。うちの祖母は沖縄出身の変わり者で、何故か家の鬼瓦がシーサーであるとか、祖父は農業から一転して商いをはじめて成功したとか、父がプログラマーで、母も共働きで、とかそんな話。
頂いた食事は、すばらしく美味しいかった。
合理主義かつ共働きであるが故に、冷凍食品とスーパーのお惣菜であることが多い天ヶ瀬家には考えられないような手の凝りようだ。
食べ盛りの男子である、葵とおなじくらいの量を平らげたことは、はしたなかっただろうか?
そうして、食事が終わる頃には、私は亜子さんとすっかり打ち解けて、後ろ髪を惹かれる思いで帰宅したのだった。
もちろん、また浅葉家へ遊びに来ることを約束して。
葵が、バス停まで私を見送る。正直、ちょっと気づかれした。私は勢いで葵に軽い文句を言う。
「友達、私以外にも作りなよね」
「ははは、そのうちね」
葵は笑い返す。
「いーや、そのうちじゃなくて……そうだ、ウチの帰宅部にくればいいじゃない」
それから、私は思い出したように最近の話をはじめた。
「あたしさ、最近帰宅部で小さな集まりを作ったの」
「集まり?」
「そう、ゴーホームズっていうんだけど、学校とか家とかで居場所なくて馴染めない子らが集まってさ、パトロールしたり悩み相談したり、そういう活動をしてるんだよ」
半分ウソである。地域活動は土浦くんだし、相談は静子。私は、雑用でしかないけどね。
「へえ」
私は、加えて最近の活動状況や、Nサポーターズや怪人結社からも馴染めない人が集まってきている事を伝えた。
葵は、それを聞いて意外そうな顔をした。
「……何か、あたし変なこと言った?」
「いいや、ちょっと意外だなって、深ってそういうのやらなそうなのに」
確かに、そのとおりだ。ウソ……バレるかな?
「そうなんだけどさ、ちょっとうまく説明できないんだけど、けっこう居心地がいいんだ。馴染んでるかも」
「そう良かったじゃん?」
「だからさ、良かったら、葵もうちに入ってみない?」
私は、どうにか葵を誘おうとしている。
「どういう感じのなの?」
「どういうって?」
「集まりのコンセプトとかさ」
コンセプト? 土浦くんが言っていた話しかな?
「え、うーん、なんていうか……
「なんだ、ずいぶん確りとした集まりじゃん」
「……でしょ? どうする? 入ってみる?」
「そうだね、でも……まだしばらくはいいや」
あっさり断られた。
「それから、ちょっと気をつけたほうがいいかもね」
「なにが?」
「Nサポーターズや怪人結社から引き抜きをしたってことは、後で彼らから難癖つけられるかもよ?」
「それは、あるかもだけど……その、ほんとにずっとぼっちでいるつもりなの?」
「人聞き悪いなあ、友達だっていたこともあるよ」
葵は拗ねたように応える。
「ただ……しばらくはいいかなって」
そう言った時、私はまた葵の奥底を覗き見ていた。
幼児くらいの葵が、さきほどの──浅葉家の庭で他の子どもたちと遊ぶ姿を見た気がした。
ただ、それは日増しに人数を減らして、最後には葵は一人で庭を走り回っている。そして、木から落ちて、驚いて駆け寄る祖父と祖母。しかし葵は仏頂面で起き上がる。泣くこともなく、ただただ人相のわるい葵。
「……また何か見た?」
葵が私に訪ねた。
「ううん、別に」
私は嘘をついた。見てはいけないものを見た気がしたから。というか、勝手に覗き見しすぎ。何なのこの力。
「ま、とにかく、今日を機会に私が友達でいてあげるから。亜子さんとも約束しちゃったしさ。あんまり心配させちゃだめだよ?」
私はごまかすように応えた。
「……うん、今日はありがとう。アップルパイ美味しかったし、おばあちゃん安心したと思う。これで俺もいろいろと安心して行動できるよ」
その返事は、感謝のほかに、何かの決意が含まれているように感じた。
何か余計なことをしなければいいな、と私は思った。
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