32.非日常から日常へ
「もう気疲れしちゃってさ、本当にしんどかったよ」
葵の家から帰ってくる途中、最寄りのバス停から降りたあたりから、私は静子に電話をかけて話しながら歩いていた。
静子は、ちょうどバイトの休憩時間だった。
『それ聞いているこっちまで気疲れするわー、あたしだったらどうするかな、彼氏の身内に会うとかさ』
「絶対、しんどいと思うよ」
『うん考えれば考えるほど無理、あたし絶対無理だわ……いやもうどうすればいいのか』
誰の身内に会うことを想像しているのか。静子は、電話の向こうでなにか身悶えしていて、私はそれがおかしくて自然と笑みが溢れる。
話をしていると、時折静子が咳き込む声が聞こえる。
「風邪? なんか鼻声っぽいけど」
『ん、聞こえた? 実は今日さ、芽衣に呼び出されて、地域防犯する子らと話してきたんだけど、喋りすぎちゃって、喉痛くて』
静子は、ここの所、芽衣や土浦くんについていく事も多かった。たぶん、お祭りめいた集まりに首を突っ込むのが好きなのだろう。
私には無理だな、などと思いながら、静子を気遣う。
「頑張るのはいいけど、体壊さないよに気をつけなよ」
『うん』
「それで、会ってきた子らは、どんな子たちだったの?」
『陽光学園の中等部の子らでさ、芽衣に憧れているんだってさ、笑っちゃった』
「笑ったの?」
『いや笑えなかった。本当にその子らウラカン時代の芽衣に憧れていたから』
「あの子、アイドルっぽくてファンが付きやすそうだからねぇ」
『そうそう、あと……他にも気になる話がいくつかあって』
「気になる話?」
私は自宅前に到着する。しかし、家に入らずに玄関前に立ち止まって話を続けた。
『芽衣のいたウラカンってさ、こないだの一件以降、人の抜けが激しいんだって。それでそこの地区リーダーがものすごく苛立っているらしくて。矛先が芽衣とかに向いたら、ちょっと面倒だなーって思った』
「矛先って……そういう事ありそうなの?」
『まあ芽衣はまだ大丈夫なんだけど、似た話でいうと土浦くんとこのパトロール組が、Nサポーターズから嫌がらせを受けた、なんて報告があった』
「えぇー」
『なんかさ、自分で勧誘しといて言うのもあれだけどさ、急激に人数ふえてるといろいろ問題出てくるね』
「そうだね」
『これさ、地域防犯の集まりの方で、月で会員費とかとったほうが、けっこうちゃんと回せるんじゃない?』
静子がふと漏らす。
「えー、お金取るの?」
『例えだよたとえ、つまりさ、なんか組織っぽくなってきたから、もしかしたら、もっとちゃんと管理したほうがいいのかなって。無軌道にやると集まりの名前を逆手にとって、よからぬ事をはじめる人とかでてくるじゃない? それで、Nサポーターズとか、芽衣がいたウラカンとか、世間様とかさそういうところからの風当たりが強くなったり』
「それは、そうだけど」
今の話は、葵の懸念していた状況に近い。
『ま、何をどうするかは休み明けにも話すよ。っと、休憩おわるから、もう切るね』
「……うん、それじゃあね」
私は、静子との電話を切った。
葵や静子の懸念に、私はちょっと不安になる。でも、だからといって何をどう対処すればいいのか、正直よくわからない。私たちは所詮一介の高校生でしかないし、物事に対処するための知識や経験というものがまだほとんどないのだから。
* * *
明けて月曜日。
私は学校で授業を受ける。
昼休み、いつもの通り静子をランチに誘いに行くと、静子のクラスメートから、今日は風邪で休みらしいと知らされた。
あれ?
休むなら、私にもメッセージの一言でもくれればいいのに。と、思いながら携帯のチャット画面を見る。購買部から戻る途上、芽衣と土浦くんに捕まって一緒にランチをすることになった。
「へー、花井先輩風邪ひいたんですね。大丈夫ですかね」
「昨日、お茶した時に喋りすぎて、それで喉痛めたって言ってたよ」
「あー、めちゃ喋ってました。そういうのたまにありますよね」
「じゃあミーティングはリスケだね」
土浦くんが言った。
「ミーティング? 何をするの?」
「今日、花井さんと約束していたんです。最近、急にゴーホームズが拡大しているんで、うまく仕切るにはどうするか考えようって」
「ああ、その話」
結局、私はリーダーでありながら、実務の面倒な部分は、静子と土浦くんがやっていた。
「やっぱ静子いないと決まらないよね」
「急ぎじゃないから良いんですけど、じつはもう一つ問題があって」
土浦くんが、すこし深刻そうな表情で切り出す。
「問題?」
「実は、先週末にパトロール先の地域の人から巡回を自粛してくれってお達しがあったんです」
「え、そうなの? 何で?」
「学生グループに防犯活動をさせるわけにはいかないって事らしいんですけど」
「えー、なんで? 駄目なの? だってNサポーターズにも学生はいるじゃない」
「でしょう? それで、気になって詳しく聞いたら、Nサポーターズからの申し入れらしいんです」
「……え、どういうこと?」
「Nサポーターズは、あたしたちの活動が気に食わないから、排除しようとしているってことですよ」
芽衣が代わりに答えた。
「えっ、マジで?」
「確かです。本部に確認したら提携はするけど活動は容認しないって返答もらいました」
「なんでー、人手は多いほうがいいじゃない」
私が非難の声をあげると、続けて芽衣も申し訳なさそうに話す。
「さらにもう一つあって」
「え、まだあるの?」
「昨日花井先輩にあった子らから聞いたんですけど、最近元ウラカンのメンバーに陽光学園の帰宅部には入るな、って通達もあったみたいで……」
「……」
確かに、こういう話題のときは静子が必要だ。あと望海先輩も。
まあ、望海先輩には放課後会えるだろうけれど、静子の判断を仰ぐには、病からの復帰を待たなければならない。
私は、何か面倒くさい事が始まっているんじゃないだろうかと、ネガティブな気持ちになった。本当は、こういう時こそ、リーダーシップの発揮のしどころなのだろうけれど、生憎私はそういう事についての引き出しを持っていない。
ただ、何もしないのも嫌なので、一つ提案をする。
「どっちにしても、静子の容態が心配だからさ、あたし今日帰りに静子に会いに行ってくるね」
「あ、じゃあついでにこれお願いします」
芽衣が私に何かを渡してきた。それは、以前とった集合写真だった。
「前にみんなでとったやつに、加工して土浦先輩も加えてみました」
それは、ゴーホームズを立ち上げた時の写真に、丸抜きで土浦くんが加えられた集合写真だった。
「これ、わざとにしちゃおもしろすぎない?」
集合写真の際に欠席した人が合成されるあれである。普通のスナップ写真でそれをやられると、違和感がすごかった。
「なんとしても先輩を入れたかったので……」
ただ、芽衣本人はいたって真自目な理由でそうしたらしかった。
私たちは、ランチを終えて、午後の授業に向かった。
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