19.乱闘
余計な課題は無くなったけれど、さて……どうしよう?
静子と待ち合わせをしていた昼までちょっと時間がある。とりあえずカフェでも入って落ち着こうか。私は、殺伐とした空気の駅前を離れると、町外れにある喫茶店チェーン店に入った。
ラテを注文して、席に座る。ちょっと暇をつぶしつつ、この後の行き先を決めようと考えた。
携帯を取り出す。ふと葵を思い出し連絡先を見る。──休日に彼は何をしているのだろうか?何か連絡をするきっかけとなる話でもあればいいのに、と考えた後で、こないだ土浦くんの件があったにもかかわらず、その機会をふいにしたことを思い出した。ちょっと時間があいてしまったけど、改めて連絡してもいいのだろうか?
私はメッセンジャーを閉じて息をもらす。
「はぁ」
結局、その踏ん切りはつかず、芽衣の言う海賊広告……ではなくて端末のアプリでなにか動画でも見ようと、カフェのネットワークサービスに接続した。音声がもれないようにと、イヤホンをつけて画面を見る。ネットTVのアプリを開いてみた。すると画面ではウラカンの街宣活動の様子が生中継がされていた。
「えっ……なんで?」
わが町は極めてローカルな、都下のベッドタウンであるから、全国放送の番組で生中継されるような事など滅多にない。しかし、明らかに番組はライブ配信されたものだった。さらに見ていた私は違和感を覚える。その番組は、単なる定点カメラを時折り切り替える程度の乱暴なもので、およそプロの作った番組とは思えない構成になっていた。しかも、チャンネルを変えても、画面が変らない。
「……これ駄目なんじゃない?」
これ、ひょっとして芽衣の言っていたメディアハッキング?大規模な海賊広告とはこのことかと思った。
店内を見ると、ごく数名、この配信に気づいた人がいるようで、一様に困惑した表情を浮かべていた。画面内では、相変わらず、ウラカンとNサポーターズの緊迫したにらみ合いが続いている。
これでウラカンとかいう組織は、何を伝えようとしているのか?こないだのようなマッシュアップされたムービーもないし、ミュージッククリップもない。ただ、ネットTVの営業妨害しかしていないんじゃないだろうか?
そんな事を思っていると、画面内で事件が起こる。
カメラが切り替わり、ウラカンのTシャツを来た若い男女のグループが映る。それに対するNサポーターズと小競り合いをしている。──すると、そのウラカンの側の若い男がNサポーターズの一人に手をだして、そこから喧嘩になってしまう。
「えー、ちょっとぉ……」
私は画面ごしに見る、その殺伐とした光景に困惑する。
景色は見知った駅前広場だ。私はついさっきまで確かにそこにいた。現実感はあまりない。──同じ場所に芽衣もいる。彼女は大丈夫だろうか?というか、あの前の方にいる、包帯を巻いた子は土浦くんではないだろうか? そう思って画面に対して目を凝らす。警察がたまらず介入するのが見えた。
すると、ウラカンのメンバーの何人かが、あろうことか怪人に変異を始めた。
彼らの中に因子保持者がまじっていたのだろう。一人は虎に、一人は狼に、そして複数の人員の頭部がTVのブラウン管に変わっている。ウラカンのTシャツを着たままで。──ブラウン管の怪人なんてのもいるんだ、と私は思った。
そして、この状況で怪人に変異する理由、そこから予想される展開は一つしかない。つまりは、力による状況への対応。Nサポーターズの誰かが、虎男の振り払った腕で吹き飛ばされる。私はその瞬間、目をそらした。
蜘蛛の子を散らすように、Nサポーターズが逃げ出して、駅前はますます混乱の様相を見せ始める。店外にサイレンの音が聞こえた。店の人もなにか気づいたようで、携帯端末を見ている。店の外に出て駅の方を見ている人もいた。確実にすぐそこで何かが起こっているようだった。
私は携帯画面をふたたび見る。すると逃げたNサポーターズと入れ替わるようにして、特殊なボディースーツに身を包んだ人影が現れる。
彼らは、ほぼ同業であるはずのNサポーターズを乱暴にその場から引き剥がすと、虎と狼とブラウン管の怪人たちに襲いかかった。ちりじりになって逃げ惑う、ウラカンのメンバーたち、そしてNサポーターズ。お構いなしに怪人を殴りとばす
暴力を暴力でねじ伏せる正義の味方。それが、正しいのか正しくないのかはわからないけれど、この状況が良くない事だということだけは理解できた。
何の為にこんなもの放映しているのか?
これが、芽衣の言うところの街宣活動?
彼女は、もしかしたら、何も聞かされずに巻き込まれたのではないだろうか?
そんな事を思っていると、血まみれの土浦くんが一瞬画面に映った。さらに、それを抱きかかえて泣いている芽衣の姿が目に入った。それから何か煙をだすものが撒かれたようで、付近はいっさい見えなくなった。
とんでもないことが起こっている。──私は、そう理解した。
カフェにもサイレンの音が聞こえた。カフェ内では、客がざわざわと何かを話していた。私は呆然として、画面を見つめた。──すると次の瞬間、私は、画面の向こう側に飲み込まれるようにして、現地の景色を幻視していた。
「あ……」
いつもの幻視だ、と私は思った。
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