11.望海先輩とヒミツの活動

「げ」


 望海先輩に追い詰められた静子は、カエルみたいな声をあげた。てか静子、そのリアクションどうなの?


 望海先輩は駐輪場の入り口に立っているから、私たちには退路はない。そもそも、私にはもう逃げる気力もなかったけれど。


 ──何を言われるのだろう?そう思っていたら、望海先輩はごく当たり前のことを頼み込んできた。


「たのむっ、このことは誰にも言わないでくれ!」


 土下座でもしかねない勢いで頭を下げている。たしかに、今、この望海先輩のことが、例えば学校でばれるなんてことがあったら、ちょっと面倒な事になるだろう。


「……言いませんよべつに」


 静子が、悲しげに言った。


「本当に?」

「ええ」

「私も言いません……というか望海先輩、綺麗ですねー、すっごい美人でびっくりしましたよ」


 私は、場を取り繕おうとして望海先輩を褒めた。


「そう? 本当にそう思う?」


 すると望海先輩は、食い気味に身を乗り出す。


「……はは、いやほんとに、学校一なんじゃないかってくらい」


 あながち嘘でもない。


「ありがとう、その……嬉しい」


 望海先輩は、心なしか照れて、そして目をキラキラさせて素直にお礼を言ってきた。


「……! い、いえ」


 声が男子なだけに、そのギャップに混乱する。

 私は、ふと思いだす。そういえば、望海先輩は帰宅部で静子のことを見ていた。それは何故だろうか?


「あのー、望海先輩、教室で静子の事見てましたよね? なんでです?」


 静子が驚いて顔をあげる。


「えっ……ああそれは」


 望海先輩が、恥ずかしそうにもじもじし始めた。静子が複雑な表情で、言葉を待っている。


「その……花井さんがいつも髪留めにつかってるシュシュが可愛くて、どこで買ったのかなって」


 静子の目が死んだ。


「……あー、これすか? これね、おねえちゃんにもらったやつだから。今度聞いときますー」


 静子が、はじめて口を開く──ほぼ棒読みだった。


「ほんと? ありがとう、花井さん!」


 一方の望海先輩は、なんというか、本当に声意外は、キラキラしていて、びっくりした。そのやりとりを私は傍らで困惑して見ていた。

 静子がいなければ、もっと楽しめたんじゃないだろうか?

 そんなことを思った瞬間、私は突然目眩に襲われた。


「……!?」


 眼の前の景色がぐにゃりと歪む。それは、いつか葵といっしょにいた時に起こった現象と同じものだった。

 あの時は、薄らぼんやりと葵の過去を幻視した。今回は、女装した望海先輩に重なるようにして、断片的なイメージが広がった。


 そこは、幼い子どもたちが遊ぶ、広い一室だった。


 幼稚園だろうか?ヒーロー人形を手にした少年がいる。その子は手にした人形で遊んでいる。その傍らで、別の女の子のグループが、着せ替え人形で遊んでいた。少年は、遠目から女の子用の着せ替え人形を羨ましそうにみている。

 女の子らがいなくなった後で、少年は着せ替え人形をそっと手にとった。──たぶん、その子は望海先輩の小さい頃?

 そして、イメージは移り変わる。

 車が渋滞する幹線道路。その車を飛び越える何者かの視点。見知った町並みだ。

 あれ?

 これは、つい先日、私たちが集団下校するバスの脇を通り抜けた特殊保安官ネイティブガーダーの視点だろうか?

 やがて、見慣れたバスが見えてくる。

 ついこないだ私と静子と真知山芽衣が集団下校をした際に乗っていたバスだ。バスの中から、うちの学校の男子たちがこっちを見ている。

 その中には私の姿もあった。


「……深、どうしたの?」


 私は、静子に声をかけられて我に返った。


「えっ、いや……ちょっと暑くてボーッとしちゃって」

「大丈夫?」

「……うん」


 幻は、静子に声をかけられて消えた。

 不思議そうに私を見る静子と望海先輩。すると突然、ショッピングモールの館内放送が流れた。


『お客様にご連絡申しあげます。先程、駅方面歩道橋ウォークスルーあたりにて、不審者がお客様に御迷惑をかける事案が発生しており、警備員が対応にあたっております。周辺のお客様は、付近に近づかないようにお願い申し上げます。繰り返し申し伝えます……』


「不審な人物?」


 続いて、誰かの携帯がけたたましく鳴り響く。私も、静子も望海先輩もビクッとなって、各々携帯を確認する。鳴っていたのは望海先輩のものであった。


「……あ」


 望海先輩の表情が硬くなる。


「俺いかなきゃ」

「え、あ……はい」

「お願いできる立場じゃなかもしれないけど、その、さっき行ったとおり秘密で頼む」


 望海先輩は念押しをする。

 一方の私は、先程見た幻から考えて、ある事実を指摘した。


「先輩、もしかして特殊保安官ネイティブガーダーだったりしますか?」


 私がそう問いかけると、先輩と静子が驚いた顔をした。


「……なんで知ってるの?」

「えっ、あっ……えーと、なんとなく、今そう思って……その……こないだ事件があったとき、うちの学校から出ているバスの間走ってぬけませんでした? 国道のとこで」

「……ああ、いたよ」

「……今の電話、もしかして館内放送の事件の呼び出しですか?」

「そう。変異者ヴァリアントが暴れている。特殊保安官ネイティブガーダーの本部から制圧要請が出たんだ。今、一番近くにいるのが俺だ」


 望海先輩は、うって変わって男性の口調になっていた。ただ、表情は複雑そうだった。


「じゃあ、俺行くからさ、くれぐれも現場には近づかないように」

「……あ、はい」


 それから、望海先輩はジャンプをして軽々と駐輪場の柵をとびこえて行ってしまった。

 静子が呆然としている。もちろん、私も。

 さっきの現象はなんだろうか?

 突然、過去とか見えるようになって……あの時葵からもらって飲んだ薬のせい?


「ねえ深、ここにいてもしょうがないから、行こうか」

「そうだね」


 静子と私は、ショッピングモールから離れ、事件現場を迂回して駅に向かった。

 途上の往来には、既に警察やNサポーターズが現れて、交通整理にあたっていた。


「どうする」

「どうするってさ、もう他のとこ行くしかないよね」

「なにか買わなきゃいけないんじゃなかったの?」

「……整理つかないからまたこんどでいい」


 そりゃそうだよね。


 結局、望海先輩の件もあって、ちょっと疲弊してしまった。

 その後、私たちはだらだらと別の市街地を散策した後で、結局解散した。

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