8.旧知の間柄

 私は、見知った友人との再会を心の中で喜んだ。そして、同時にちょっとちょっと安堵した。情けない話だけれど、これで私もボッチにならずに済む。しかも、静子はたぶん学内ではヒエラルキーの上位者だろう。

 

 しばらく、静子と他愛もない話をしていると、一年らしき女子が傍らにやってきた。


「あのぉ」


 その子は、上目遣いで何かを探るように話しかけてきた。


「新しく入った人ですよね?」

「……そうだけど」

「実は帰宅部には連絡網がありまして」

「連絡網?」

「私一年の真千山芽衣っていいます。帰宅部の連絡網の管理をさせられていまして、これ、書いてもらえませんか?」


 芽衣という子は、帰宅部の名簿とセットで、連絡先を記載するための用紙を渡してきた。


「ああ、そういうのあるんだ?」

「真千山、まだその役目やらされてるの?」


 見知った一年なのか、静子がその子に言った。


「そうなんですよー、もう超面倒くさくてー」

「今書いちゃったほうがいい?」

「できれば」


 私は言われて筆箱を取り出す。


「ちょっとまってね」


 私は必要項目に、住所と氏名と自宅の電話番号を記載する。


「天ヶ瀬深……二年ですね、先輩ですね」


 真知山芽衣は私の記載を覗き込んでわざわざ読み上げる。


「あっ、立神町ですか、私同じ方向です」


 たぶん、沈黙が嫌なタイプなのだろう。


「ありがとうございまーす」


 書き終えた用紙を渡して、芽衣がお礼を言った直後、教室に若い顧問の先生が入ってきた。


「そろってるかー?」


 先生は、問いかけに特にリアクションを返さない部員たちを前にして、ゆっくりと全体を見渡す。芽衣は自分の席に戻った。


「んー、じゃあ出欠とるぞ……長村、阿東、小林、鈴木、吉岡……望海」


 順不同で名前が読み上げられ、返事をする生徒たち。望海、と呼ばれた三年の男子生徒がふとこっちを見る。静子がビクッと反応して、目をそらし、私のほうを見た。


「……?」


 先生の出欠確認は続く。続いて二年が読み上げられる。今気づいたが同じクラスの土浦という男子も一人いた。彼は帰宅部だったのか。


「大知、諸星、鈴木、鈴村、田中、長岡、土浦、相田……花井」

「はい」


 静子が返事をする。


「天ヶ瀬」

「はい」


 今日は、新入部員であるから挨拶の一つでもさせられるのかと思っていたのだけれど、特に何事もなくスルーされた。


「松田、豊島、村田、井上、八屋、真千山……」


 それから、一年生の名前が呼ばれる。心なしか、一年は女子のほうが多いようだった。


「一つ連絡事項だ、知っていると思うが昨日、学校周辺で事件があった。帰宅部は、今日からしばらく集団下校をしてもらう」

「えー」

「めんどくさい」


 主に三年を中心に、文句が出る。


「教育委員会からの指示だからー、先生もどうにもできないぞー」


 先生は面倒臭そうに投げやりに言った。


「まぁ、あれだ、そんなに危険がある事件だとはおもっていないが、いちおう、駅に向かうグループと橋向こうのグループ、それから上相良と座国に向かうグループに分かれてもらうから」


 生徒からの文句は止まない。


「じゃあグループ分けるからな」


 先生は、黒板におおざっぱな教室の図を書くと、線を引いて、帰宅先別のグルーピングをはじめる。潜伏という言葉を聞いて、男子たちが色めきだつ。


 怪人に会えるかな?

 おまえ怪人ぽいから特殊保安官ネイティブガーダーに勧誘されるんじゃない?

 男子は子供っぽい話で盛り上がっていた。


 一方の私は葵の姿が頭をよぎっていた。


「深、ちょっとさ」


 ふと横を見ると、静子が私に顔をよせている。なにか話があるらしい。


「どうしたの?」


 静子が小声で私に耳打ちする。


「あのさ、最近、よく見られるの」

「誰から?」

「望海って先輩。ほらあの……」


 私は、静子が小さく指し示す望海という、窓際に座る三年の男子を見る。その三年生は、背が高く、細身で、そして、誰が見ても美男子だった。私の趣味ではないけど。


 私は小声で尋ねる。


「え、静子あの人が気になってるの?」

「違うよ!」


 一瞬大きな声を出して、幾人かが視線を私たちに向ける。


「単純に、その……見られてるのが、気のせいかどうか確かめたいの」


 小声になった静子が私に話を続ける。


「私、前見てるから、その……望海先輩を見ててよ」

「……? わかった」


 よくわからないが、言われたとおりにする。

 静子はすこし所在なさげに正面を見やる。私は、望海という三年生をそれとなく観察する。どうせ静子の気のせいだろうと思っていたのだけれど……確かに、その望海という三年生は静子のことを何度も見していた。


「どう?」

「……みてる」

「マジで?」

「うん」


 静子は、私の報告を聞いて、どんどん落ち着きなくなって来た。


「ちょっと、落ち着きなよ」

「だって」


 私たちの他愛もない話を遮るようにして、顧問教師が声をあげる。


「それじゃ、黒板に書いたグループで集まって、ほら、はやく」


 私たちは促されて、立ち上がるとグループに加わる。静子と私は同じ立神町方面だ。それから真知山芽衣も。

 外に出ると、陽もだいぶ傾いているのに、日差しは相変わらず強かった。


「さっきのは何なの?」

「いや、そのあたし、望海先輩に狙われてるのかなって」

「狙われてる?」


 静子がうつむく。


「……惚れられてるとか」


 ああ、そういう。


「深、どう思う?」

「わかんないよ……聞いて見ればいいじゃん」


 我ながら突き放した言い方だ。


「聞けるわけ無いでしょ……あんた、そういうの冷たいの変わらないね」


 と、言われましても、私自身、自分のことで精一杯なのだ。


「静子はどう思っているの、望海先輩のこと」


 静子は、思案する。


「うーん、何ていうかちょっと色っぽいよね」


 私は望海先輩を思いだす。

 ああ、わかる。彼にはなにか色気があった。

 そんなことを考えながら、同じ方面の生徒らと一緒にバス停へと向かった。途中、望海先輩らは他のバス停に向かう。


「なんていうかさー、望海先輩がさウチの制服来てると、同じ制服なのにモデルみたいにかっこよく見えるよね」


 静子がそれを見て、ふと言った。確かに、一人だけファッションモデルみたいだ。


「あ、そうだ。ねえ、深さぁ、今度の休みに買い物行かない?」

「買い物?」

「あたしさ、ちょっといろいろ買いたいの。服とか」

「いいけど、暇だし……」

「あ、今日じゃなくて、日程出すから待って、あたし平日はバイトしてるから」

「え、バイトしてるの?」

「うん」


 静子はお金持ちの家の娘だ。小遣いだってそこそこもらえるだろう。それなのに、バイトをしているとは、ちょっと意外だった。


「また連絡するよ……って、あたし今の深の連絡先しらないや、教えて」


 私は歩きながら静子と連絡先を交換した。

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