帰宅部と事件前事件
7.花井静子と帰宅部の面々
翌日、明けて月曜日。私はいつもの通りバスに揺られて学校へと向かう。
休日は運行本数の関係で自転車を使ったけど、普段はバス通学だった。
同じ橋を渡るにしても、冷房が効いた車内は涼しくて、自転車とは雲泥の差だった。でもまあ、結局はバスを降りて、校舎まで歩いている間に汗だくになってしまうんだけどね。
七月になったばかりだと言うのに、今日も朝方からうだるような暑さだった。
バスを降りて校舎へ向かう途中、見知らぬ生徒らが、連休中の事件についての話題で盛り上がっていた。
「昨日ニュースみた?」
「みたー、やばいよね?」
「うちの部の先輩、橋が通行止めで夕方まで帰れなかったんだってー」
「ほんとに?」
「それよか、あたし事件のせいで門限はやまったー」
「うっそ」
「ほんと迷惑」
「それでさ、今度の土曜のカラオケちょっと昼に変えない?」
「えー」
私は、そんな話をする同校の女子を尻目に、教室へと向かった。
そういえば、部活に行かなくなって、数日経つのだけれど、一つ気づいたことがある。
──私は、実はクラスに親しい友人が一人もいなかった。
普段付き合うの友人のほとんどは部活の子ばかり。そして、部活の忙しさにかまけてクラス内での付き合いが薄かったせいだ。
今までは、放課後になれば水泳部の人たちと過ごすことが多かったのだけれど、部長に睨まれている手前、どうも会いに行きづらい。そんな訳だから、一人でいることが多くなってしまったのだ。
私は、改めてどのグループに属するべきか思案する。
クラスの中心にして学年ヒエラルキーの上位にいる、華やかな男女グループか。それとも、勉強の出来る秀才グループか。あるいは、あまり言いたくはないけれど、ちょっと控えめな地味なグループがいいのか。どこに入り込むにせよ、面倒くさいなって思っていた。
授業中、クラスメートを相手に脳内でシミュレーションをする。笑顔で、元気の良い外向きの私を想像する。
『ねー、一緒に行っていい? あたし部活やめちゃってさ、ご飯たべる相手いないんだよねー』
『あっ、昨日のニュースのときあたしも、通行止めにひっかかっちゃって、大変だったー』
はぁ、考えるだけでめんどくさい。
それから、ちょっと思考停止して、窓ごしに校庭を眺めた。すると、葵に似た少年が目に入る。
ドキッとした。
校庭で体育の授業をしている男子生徒の一団。その中に一瞬、まじっているように見えたのだ。──私は思わず身を乗り出す。椅子がガタッと音を鳴らして、クラスのみんなが私に注目した。
「天ヶ瀬、どうした?」
先生が授業を止めて私に尋ねた。
「いえ、その……消しゴムを落としたかと思って」
「あったのか? 消しゴム」
「ええ、あの……机の上に」
よくわからないやり取りに、クラスの皆が笑った。もう、何をやっているんだろう。結局、私はその後特に誰に話しかける事もなく放課後になった。
そして、とりあえず部活に向かう。今日からは──水泳部ではなく、帰宅部だ。
陽光学園は、近隣の高校の中では、進学校に当たる学力の高校だ。
だから、という訳ではないのだろうけど、校是には文武両道が謳われて、学生はかならず何処かの部活に所属しなければならなかった。
ただ、中には事情があって部活に所属できない生徒だっている。そういう生徒たちの拠り所として、学校公認の帰宅部が存在していた。
帰宅部では何をするのかというと、単純に出席をとって解散するだけで、特に何もしない。時折、顧問から連絡事項があったり、集団行動を指示されたり、ボランティアめいた活動に駆り出される事があると聞いていた。
放課後、私は帰宅部の集合場所として指定されている教室に入った。
そこには一年から三年までの生徒らが一同に会していて、パッと見た感じの人数は私のクラスより多かった。
一年生は教室の前のほう、三年生は窓際後方に集まっていて、私たち二年生はそれ以外の場所にまばらに座っているようだった。
私は空いている席に座る。
別に誰も私の事を気にもとめない。
しかし、慣れない場所でどうも落ち着かない。
学校というのは、入るグループを間違えると惨憺たるものになる。というか──今の私は、よくないスパイラルに入り込んでいるのかもしれない。
なんてことを思っていたら、誰かが私の名を呼んだ。
「あれ、深じゃん。帰宅部になったの?」
「え?」
振り向くと、そこには明らかにギャルめいた服装をした女子が一人座っている。
「え?誰?」
「誰って、あたしよあたし、忘れた?」
「えっ」
私は、まじまじとその少女を見る。着崩した制服、染めた頭髪に、わずかにラメの入った薄メイク。収まりの悪いくせっ毛をシュシュでどうにかサイドにまとめている。手元にある携帯は飾られて、もっさりとしたクジラのキーホルダーがぶら下がっている。
「中学ん時一緒だったでしょ? ほらあたしだよ、二組の……花井だよ」
彼女は、私に忘れられていることがショックだったのか、少し悲しげに花井と名乗った。
花井、はない、ハナイ。
とたんに、私の脳内で記憶のシナプスがつながる。いや一致しない。
「静子? え、ええっ」
私は、驚いた。中学時代に同級生だった花井静子は、たしか落ち着いた雰囲気の女の子だったはず。
「その……変わったね」
「……悪い?」
静子は、ふてくされて言った。
「悪いっていうか、わかからなかったよ……そんなになって変わりすぎでしょ」
静子が、同じ高校に来たことは知っていた。けれど、入学時にちらほらみかけた地味な静子は、そういえば、いつからか見かけなくなっていた。
「……別に普通でしょこれくらい」
「まぁ、そうだけどさ」
たしかに、うちの学校は服装にはゆるいところがある。本人の学力が著しく落ちていたり、素行不良にでもならないかぎり、とやかくいわれることはなかった。
ただ、一方で、静子が文句を言われないのは、おそらく地元で名の知れた地主だから、というのもあるかもしれない。これを言うと彼女は嫌がるだろうけれど。
「あたしさ一学期の中ごろから帰宅部なんだけどさ、二年って女子いなくてさー……よかったー、深が着てくれて」
私は周囲をみる。どうやら二年の女子は私と静子だけらしい。ほかは男子ばかりだった。
「……そうなんだ。ねぇ、帰宅部ってさ、どんな人が多いの?」
私は、周囲を見渡して興味本位で尋ねる。
二年こそ男子が多いが、三年と一年は男女均等で人数も多い。見た感じでは、ごく普通な高校生ばかり。
「んー、三年生は受験、二年はバイトとか学校外にやりたい人がいるのが多いね。一年生は、学校になじめない子とかね」
「ふーん……」
もっと濃い人達もいるのかとおもったけれど、案外普通だな、と思った。
それから、静子は私を誘う。
「ね、一緒帰るでしょ?」
「うん」
外見こそちがえど、その雰囲気は私がかつて知っていた、中学時代の静子だった。
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