9.ネイティブズとヴァリアンツ

 バスに乗り込んだ後で、私と静子は会っていなかった期間の空白を埋めるように、いろいろな話をした。

 聞くところによると、静子がバイトを始めたのは、高校二年の一学期からだった。理由は、遊ぶためのお金を稼ぎたいとのことだった。


「でさ、うちの学校ゆるいでしょ? だから気分変えたいなって髪染めたら、そっからとまらなくなっちゃって」


 小学校時代の静子はお嬢様だった。それこそ、毎日車で送り迎えされるくらいの。しかも、親じゃなくて、家づきの下男にだ。

 皆で下校する途上、一人高級車に攫われてゆく静子の物憂げな顔を覚えている。それは、当時の静子が籠の中の鳥であることを象徴していた。


 私は静子を見る。要するに、今の静子の姿は反動なのだろう。私的には、こちらのほうが、ずっと話しやすいと思った。


「それで、深はなんで部活やめたの? こんな中途半端な時期に部活変えてさ」

「んー、なんか居場所じゃないなー、って」

「あ、わかる。そういうのあるよね」

「わかるんだ」

「どこも一時的な感じでさ、落ち着かない。あたしもさー、そのうちどこかまた他の場所にうつるかもだけれど」


 私は何の気なしに答えを返す。


「まぁ本当はさ、人に期待しないで自分で場所を作るほうがいいのかもね」


 すると静子が食いついてきた。


「あ、それいい、何か作ろうよ!」

「え、何を?」

「わかんないけど、深となら何か怠惰な集まりが作れそう」

「結局怠惰?」

「あたりまえでしょ」

「フフ……怠惰なのとか、続かなそー」


 私と静子は笑った。私たちは、進学校における帰宅部という収まりの悪い感じについて、認識を共有する。そして、たぶんそういうものが、必要な時もあるのだと、自分たちを正当化した。

 そうやって、他愛もない話をしていると、けたたましくサイレンを回したパトカーが、対向車線を逆走してバスを追い抜いた。

 バス内の男子生徒らが、野次馬めいたざわめきをはじめて、外を見る。それと同時にバスは渋滞に巻き込まれて、停止してしまった。

 バス内の陽光学園の生徒らが口々に文句を言う。


「なんかすごい混んでない?」

「また検問?」

「えー、マジ勘弁」

「事件? 事件だよな?」


 騒がしい車内に、バスの運転手が苛立っていた。


「ん」


 携帯を見ていた静子が声をあげた。


「画面……変なんだけど?」


 私も携帯を取り出す。すると画面が勝手に動き、立ち上がったアプリから音声が流れ始める。


『私たちウラカンは、社会で不当な扱いを受けている様々な変異因子保持者の為に日々活動をしています。私たちの活動は、変異保持者の差別撤廃、社会的地位の向上、福祉の充実、税法上の優遇の獲得、就労支援、学業支援、その他様々な事柄について行政提案と折衝を行い……』


「ちょ、これうっとおしいんだけど」


 私と静子がやり取りをしていると、隣から別の女子が、会話に割って入ってきた。


「海賊広告ですよ。広告設定変えればとまりますよ」


 芽衣が通路を挟んだ隣の席に座っていた。そういえば、彼女も同じ方面だったか――私は言われて設定を変更する。


「端末の地域広告機能をつかって、こういうのをプッシュ配信しているんですよ」


 芽衣が解説する。


「ああ、何かそんなのあったねー」


 ニュースでやっていたのを覚えている。

 海賊広告は、手近なメディア端末の広告表示に介入し、強制的に情報を流す、極めてグレーな行為だ。芽衣曰く、このあたりのどこかに配信拠点があってそこから情報を発信しているのだという。


「へー、真千山詳しいな」


 静子が感心して言った。


「結構面白いの送られてくるんで、たまに見てるんです」


 芽衣は、自分の携帯端末を私たちにみせる。すると、やがて配信は軽妙なマッシュアップ動画に切り替わる。それは、流行りのガールズバンドを使って作られた動画だった。たぶん私たち世代の興味を引こうとしているのだろう――私は、楽しそうにそれをみている芽衣を見て思った。

 すると今度は、外を見ていた男子が声をあげる。


特殊保安官ネイティブガーダーだ!」


 バスの外を見ると、特異なボディースーツを着た特殊保安官ネイティブガーダーが二名、跳躍を繰り返しっで移動をしていた。しかもそのうちの1名は、車を躊躇なく踏みつけてゆく。


「あーあ、ひどい」


 踏みつけられて凹んた車の中から運転手が出てくる。去っていった特殊保安官ネイティブガーダーに向かって何かを叫んでいた。

 特殊保安官ネイティブガーダーはその横暴さから、市民からの評判が本当にわるかった。


「おれも特殊保安官ネイティブガーダーになりたいな」

「無理でしょ」

「おまえ因子保持者だっけ?」

「いや生粋の人類ネイティブだよ」

「何だよ守られる側じゃん」


 私は、その二人の特殊保安官ネイティブガーダーの向かう先に、葵がいるのではないかと考えて、座席から身を乗り出して、男子たちと同じように外を見た。

 しかし、それらしき人影は見えなかった。


「すいませんがね、危ないから席に戻ってもらえませんかね!」


 バスの運転が、うんざりした様子で生徒らに注意する。はーい、すいません、と各々返事を返して学生らが席に戻った。

 程なくしてバスは動き始めた。静子が不思議そうに私を見ていた。


「ねえ、深さぁ……すっごい身を乗り出してみてたけど、ああいうの好きなの?」

「えっ、いや、どういうもんかなーって、こないだ、同じような事件に居合わせたからさ」

「え、先輩こないだの事件の現場にいたんですか?」


 芽衣が再び、会話に参加してくる。


「え……うん、たまたまとおりがかかって検問に引っかかって、そこで目撃したよ」


 葵と一緒に。


「それで……興味あるんですか? ああいうの」


 芽衣が私に尋ねる。


「え、ないよー、たまたま、たまたまだって」

「女子みんな怖がっているのに、天ヶ瀬先輩一人だけ、男子にまじって身を乗り出して見てましたよね」

「えっ、ああ、あたしああいうの平気だから! アクション映画みたいで」


 何故か私は変な汗をかいた。別に葵との事が、バレるなんてこと無いだろうに。


「……そうなんですね」


 幸いにして、この話題はそれほど盛り上がらなかった。

 バスが大通りに出ると、静子が思い出したように私に、別の提案をした。


「ねー、あたしさ、国道沿いのバクバクバーガーでバイトしてるっていったじゃん? シフトまでちょっと早いんだけど、割引してあげるからお茶してこ?」

「え」

「買い物の日程の話もしたいしさ、降りるよ!」


 静子は降車ブザーを押すと、私の手を引っぱる。私たちはバタバタとバスを降り、芽衣が手を降って、私と静子を見送った。

 再び熱気が私と静子を包み込む。国道も先程まで渋滞していたらしく、だいぶ車が多かった。

 店へ向かう途中、隣を歩く静子が私に問いかける。


「ねえ、さっき誰か男の子でも探してた?」

「は?」

「あたしさそういうの敏感なんだよね、深、顔色かえてキョロキョロしてたしさ」

「……ええっ分かるの?」


 静子が笑う。


「え、カマかけただけだったんだけど、まさかほんとなの?」

 しまった。やられた。私は、リアクションに困って押し黙る。


「……」

「深かわってないのね、修学旅行のときもさ、誘導尋問であっというまに好きな男子ばらしちゃって、根が素直っていうか」

「やめて、あの話は!」


 そういうのもあって、私は、高校に入ってから、努めてぶっきらぼうにしている。


「ふふーん、それで、その気になる人はどんな人なの? バラしちゃいなよ」

「なんでよ」

「だってさ、あたしも望海先輩が気になってるっていったんだからさ、不公平じゃん」


 そういう理屈ですか。ていうか、望海先輩気にしていたのか。


「……じゃ、まあ店で」


 私は観念すると、店で昨日あったことを話した。休憩所での出会いから、検問を抜けるまでの自転車二人乗りまで。

 もちろん葵が蝶の怪人である、ということは伏せている。

 話としては、顔の痣のせいで検問で呼び止められそうから、ごまかすために友達のフリをしてほしいと頼まれた、という内容に変えた。

 静子の表情が驚きに変わる。


「えー、なにその出会い。気になる」

「でしょ? それで、なんとなくまた会えたらいいなって」

「同い歳くらいの男子だったんでしょ? この辺だったらウチの高校か、座国高校くらいしかないじゃん? 探せば?」

「どうやって?」

「名前わかる?」

「浅葉……葵」

「じゃ名前から探すか、 あたしさ、学校の名簿持ち出せるから、こんど深に渡すよ」

「えっ、なんでそんなことできるの?」

「うちのお母さん常任の保護者会役員だから」

「あー」


 静子はポテトをかじりながら得意げに笑った。


「どうする? 名簿はいらない?」

「……じゃ、お願い」

「りょーかい!」


 静子は、なにか嬉しそうに承諾する。

 私は、そんな静子の好奇心に、ちょっ不満など懐きつつ、シェイクをすすった。

 それから私たちは、買い物をする日を次の日曜日と定めて解散した。帰宅部の参加一日目は、静子との再会もあって、概ね満足できるものとなった。

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