58.はまぐり少女と恋の結末

 あれから、私と葵は、ボートで地元の警察に助けられ、そして補導された。

 初め鱗だらけの私をみた皆はびっくりしていたけれど、水から出たら私はすぐ人に戻った。よく考えたら、初期化剤を投じたのだから、蜃のままであるはずもなかった。そして──望海先輩と静子は、土浦くんの機転や、芽衣の暗躍もあって、まんまと逃げおおせた。


 私は友人である葵を助けるために湖に飛び込んだってことになって、警察の人と、それから署まで迎えに来た両親にはひどく叱られたけれど、結果としては特にお咎めはなかった。

 ただ、変異因子の再登録とかは面倒だったけど。私は蛤じゃなくて蜃だったものだから、いろいろと病院をたらいまわしにされた。


 一方の葵は、補導されたあとで、私からは引き離されて保護観察となる。国とか特殊保安官ネイティブガーダーとかなんとかっていう研究機関とかがからんで、しばらく連絡がつかなかった。それから一週間くらいしたあとで、亜子さんから連絡があった。葵は児童相談所への送致を経て、取り調べの後に自宅謹慎になる、との事だった。そして、おそらく学校は退学する事になると言っていた。


 亜子さんは、孫と息子が、亜子さん抜きでコンタクトをとっていたという事を知って驚いていた。それで、変異促進剤アクティベーターの件は亜子さんの子、つまり葵の両親が手を回して有耶無耶にしてくれたらしい。

 つまり、もみ消したということだろうか?葵の両親も何の仕事をしているんだか。私は結局、大人たちのいいようにさせられた、ということだろうか?


 私は、亜子さんに初期化剤イニシャライザーの作用について嘘をつかれた事を思い返す。よく考えるとあまり気分の良い話ではない。ただ、それ以上に亜子さんが私にしたことはとんでもない博打だと思った。私は、こっ恥ずかしい事に世界に対して愛を願った。でも、もし私が葵との関係が拗れてしまって、何か悪い感情でもって変異促進剤アクティベーターを再プログラムしていたらどうなっていただろう?

 私が神妙になって、そんな質問を亜子さんに尋ねたら、亜子さんはお詫びとともに言った。


『本当にごめんなさいね。たぶん、そうはならないと思っていたわよ。だってあなた真っ直ぐに、うちの孫の事みていたし、あの子もあなたの事を見ていたから』


 それを聞いて私は気恥ずかしくなって、電話を切った後で一人布団の中で悶絶した。年の功に操られた、ということだろうか? 


 さて、それからゴーホームズについては、リーダーを土浦くんに正式に引き継いだ。はじめ土浦くんはかなりリーダーになることを嫌がったのだけれど、芽衣と望海先輩が支えるということで渋々同意した。そしてほぼ同じ頃、土浦くんと芽衣は、どうやら、だいぶ親しくなったらしい。一方の静子も、巡り巡って望海先輩と一緒にいることが今まで以上に多くなっていた。さらに、ゴーホームズへの圧力は、葵の一件を境にして、一切なくなった。もしかしたら、本当に私の願いによって世界は少し作り変えられたのかもしれない。

 そして、私と静子は、ゴーホームズと帰宅部を辞めた。


 別の部活を作ったのだ。それは、私が通っていた学内の、水泳部があったプールを拠点としていた。

 私と静子が作ったのは潜水同好会だ。水泳部の傍らに場所を借りて、趣旨としては、フリーダイビングということになる。けれどまだ具体的な活動方針が定まっていないので、とりあえず潜ってばかりいた。


 そして、葵のこと。

 葵とは全く連絡をとっていない訳ではなく、帰宅したあたりから、メッセンジャーでしょっちゅうやり取りをしていた。

 葵は、亜子さんのいうとおり、退学するのだけれど、そこからまた別の高校に入って、とりあえず大学めざすという。両親とも再度話をする機会をもっているという。そっちについては時間がかかりそうだし、どうなるか分からない。ただ、連絡はしていたけれど、その間、会うことはできなかった。流石に謹慎中にホイホイと会いに行くわけにもいかなかった。


 そして、今日。

 事件以来、初めての──外出にかこつけての待ち合わせである。私たちは、駅前で会う約束をしていた。私が少し遅れて、待ち合わせ場所に指定した時計台の下に向かうと、そこには既に葵がいて立っていた。その姿を道行くすべての通行人が見ている。

 葵は全身に紫の痣ができていて、それが顔まで覆っていた。葵は、蝶の怪人としての力をほとんど失って人に戻ったのだけれど、そのかわりに大きな痣が全身に残ったのだ。


「待った?」


 私は尋ねる。


「いいや、大丈夫」


 私は、ごく自然に葵と挨拶をする。その間、道行く人の視線が、ちらちらと葵に向いているのがわかる。ただ、私は全く気にしていない。


 私は、あの一件で三日ほど停学処分になっていたのだけれど、その際に両親に葵のことを話していた。今日は葵を両親に紹介するのだ。

 よく考えたら、家に男子を連れて行くのは初めてだ。痣のことも言ってある。でも、うちの両親は、私の小さい頃の、鱗のおばけだった姿を見ても、何一つ嫌な顔をせず接してくれたような人たちだから、葵に対しても気にせずに接してくれるだろう。

 そこについては、間違いないという確信があった。


 私は、遅刻に悪びれることもなく、葵の手を取って──私が向かう方へと葵を強く引っ張った。


「ほら、行こう? こっち……近道あるよ」




 <終>



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はまぐり少女と蝶の怪人 mafumi @mafumi

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