はみ出し者たち

23.はみ出し者たち

 何か波乱が起きるのではないか──とまあ、そんな事を思っていたのだけれど、幸いにして、私の抱いていた懸念は杞憂に終わった。


 休み明け、私たちは何事もなかったように学校に通っていた。芽衣も、それほど大した怪我をしているわけではなかったから学校に出てきていた。しかし土浦くんは入院することになって、学校には来ていない。


 いつもの通り、帰宅部に向かうと、芽衣が久々に帰宅部に現れて、私と静子に丁寧にお礼を述べてきた。聞けば、私たちの提案どおりウラカンを辞めたという。


「辞めて大丈夫だったの?」


 静子が尋ねた。


「え、あ、はい。なんか事務所に行って、そう伝えたら、あっさり、わかったって言われて」

「ふーん。でも何があるかわからないからね、だいたいヤクザでもなんでも足抜けってのは大変なんだから」


 静子の知識は、どうも偏っている。あるいは、最近見た何かの情報に影響されているのかもしれない。


 気持ち悪いのは、芽衣の所属していた組織だ。

 あれだけの事件をしておきながら、僅かな逮捕者しか出なかった。ウラカン本体に強制捜査などが行われたという情報もない。事件はウラカンおよびNサポーターズ双方の活動時に起こった、参加者の暴走という話になっていた。

 たしかにそうなんだけれど、どうも腑に落ちない。


「そういう事なんてザラにあるんだよ、世の中には」


 静子がものすごく不愉快そうな顔をしてそう言った。帰宅部の平和な様子とのギャップもあって、なんだかヤな気分だった。


 それから、いつもの通り顧問がやってきて、出席をとりはじめる。──すると私は、ふと見慣れない部員に気づく。窓際に綺麗な黒髪をした女の子が座っているのだ。


 帰宅部にまた誰か入ったのだろうか?

 あそこは三年があつまっているから三年生だろうか?


 それにしても、長身で細身で、後ろからなので顔は見えなかったけれど、相当な美人なんじゃないかと思った。──出欠の確認が進む。そして、馴染みの名前が呼び上げられた時、窓際の女子が返事をした。


「望海礼二」

「はい」


 え? ──クラスが一瞬ざわめいた。それは女装した望海先輩だった。


「望海、お前ンとこの先生から聞いたけどな、おまえだいぶおかしなことになってるな」

「はい、おれこの格好でいくんで、以後よろしくお願いします」

「まあ、その、なんだ、いちおう違反ではないからね、ちゃんと校則のとおりの服装でな」

「はい」


 私も、静子も芽衣も、他の帰宅部のメンバーも、驚いて硬直していた。


「ど、ど、ど、どういうこと?」


 静子、動転しすぎ。


「あれって、望海先輩ですよね?」


 芽衣が言った。


「何があったんだろうね?」

「カミングアウトってやつですよね」


 オープンな学校ではあるけれど、ざわめきが収まらなかった。顧問がそれをたしなめた。


 ──さらに、出欠が終わり、帰宅しようかというところで、望海先輩は私たちのもとへやってくる。


「花井さん」


 静子の元にだ。


「は、はい!」

「こないだのシュシュ、ありがとう。俺も色違い手に入った」


 望海先輩が、腕に巻いた、静子のものと色違いのシュシュを見せる。


「そ、それはどうも」


 静子は、しどろもどろだ。というか、いつ、シュシュの話を望海先輩にしたのだろう?


「驚いた?」


 望海先輩が、少し嬉しそうに私たちに尋ねる。


「そりゃもう、どうしたんですか……望海先輩」

「うん、もう面倒くさいからいいやって」

「……へえ」


 我が校は寛容であるとはいえ、望海先輩のような振る舞いをすることは、正直風当たりが強いだろうに。

 

「すっごい、美人なんでびっくりしましたよ!」


 芽衣が食いついている。


「ふふ、ありがとう」


 望海先輩は、細身で手足もすらりとして綺麗だし、イケメンだからそりゃ美人になる。正直、女子としても引け目を感じずにはいられない。

 背後では、他の生徒らが好機の目でちらちら見ながら通り過ぎてゆく。しかし望海先輩はそういうものも一切気にしない様子だった。


 特殊保安官ネイティブガーダーの見習いを務めるくらいだから、心身ともに頑強でなければやっていけないだろう。そんな事を思いながら、私と静子と芽衣と望海先輩は、何故かそのままの流れで一緒に下校をすることになった。

 するとその道すがら、望海先輩は私たちに、もう一つ自身の事情を暴露した。


「……実はさ、特殊保安官ネイティブガーダーを降ろされちゃってね」

「へっ、そうなんですか?」

「えっ、望海先輩って特殊保安官ネイティブガーダーだったんですか?」


 とたんに、芽衣が条件反射的に警戒する。

「見習いだけどね」

「何でまた?」

「こないだの駅前事件のとき、俺も現地にいたんだよ。こういう格好して。それで事件が起きたからさ、急いで変身してかけつけたら、先輩から、何だその格好は! っていう話になって……それで、お前みたいなこじれた外見の奴は特殊保安官ネイティブガーダーにはふさわしくないから、改めろっていわれたから……ムキになって嫌だって答えたら首になったんだ」

「うわー、そんなことあるんですね」

「だから特殊保安官ネイティブガーダーは駄目なんですよ」


 私と芽衣はもっともらしくリアクションをしてみせる。


「まあー、いろいろあるんだけどね、俺あんまり言うこと聞かなかったし、堅苦しい組織だったからさ、当然といえば当然だけどな」


 望海先輩は、自虐的に行ってみせた。


「そんなの、こっちから辞めてやってよかったんですよ」


 静子が、突然会話に割り込んで来た。


「なんなの、信じられない! こんなに美人なのに! 人の趣味趣向ってのは、それぞれあるもんだし、そんなもの人にとやかくいわれるもんじゃないでしょうに!」

「ちょっと、どうしたの?」

「あたし、怒ってるんです。何が特殊保安官ネイティブガーダー?先輩の自由の権利一つまもれずに、なんだっていうの?」

「わかります! そうですよね!」


 芽衣も同意する。


「そういってくれると、救われるよ。ありがとう花井さん」

「いえ……こちらこそ、急に喚いてすいません」


 静子、なんですこし赤くなってるの?

 それにしても、特殊保安官ネイティブガーダーも怪人結社も、身勝手なことこの上ない。方針に合わなければ、仲間など切って捨てる。ついて行けず馴染めない者は、爪弾きにされるのだ。

 水泳部がそうであったように。


 まあ──私の事は、芽衣や望海先輩に比べたら大したことではないだろうけれど。どちらかというと怠惰の類かな。

 すると静子が声を上げた。


「ねえ、あたしたちで、何か集まりを作らない?」

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