3.変異者たち

 彼曰く、私の迂回する座国橋の先でも検問が行われているのだという。

 そこを一人で通ると、たぶん不審がられて十中八九職質されるだろうと、自信ありげに言った。


 私は、彼の顔半分が蝶の模様のような痣になっているのを見て、たしかに因子保持者として職務質問されるかもしれないな、と思った。


「……それで、どうすればいいの? 一緒に行けばいい?」

「友達ってことでさ、二人乗りして行くんだ」


 彼は言いながら、私が休憩所の外に停めた自転車を指差す。


「逆に、怒られちゃうよ?」

「それがいいんだ、他愛もない罪でごまかすんだよ」


 そういうものか、と私は思った。

 自転車の傍らに立つと、彼が私に向かって手を出す。


「鍵を貸して、俺が前に乗るから」


 私は彼の後ろに座るのか。

 変なことになったな、と思いながら鍵を渡すと、彼は手際よく自転車のロックをはずす。それから、体重をかけて後輪の空気をチェックして、最後に椅子の高さを変えながら言った。


「俺、浅葉葵って名前だから。浅葉でも葵でも、くんでもさんでもいいから、適当に呼んで」

「え、うん」

「それで君は? なんて呼べばいい?」

「え、あ、天ヶ瀬深」

「アマガセ……シン……シンってどういう字なの?」

「深いの、深」

「へえ、不思議な名前……じゃあ深、いまから俺たちはとても親しい友達だ、後ろにのって」


 葵は自転車にまたがり振り返ると、後ろの荷物用のフレームを手でたたく。私は少し考えたあとで、自身の荷物をかご上に置いたあとで、後輪の軸の両サイドに足をかけて立った。


「これでいく」

「足、辛くない?」

「慣れてる」


 実際、よく別の友だちの自転車にこうやって乗って移動した。コツは、足の親指の付け根あたりの靴底を後輪の軸の出っ張りに引っ掛けることだ。そして、厚底であればあるほど楽に乗れる。


 私が乗ると、葵はゆっくりと自転車をこぎはじめた。男子と二人乗りしているものだから、どこかふわふわして落ち着かない。私の指先が触れている肩が、とても暑く感じる。ヒトの身体ってこんなに熱かったっけ? というか、葵も、私の指先を感じているのだろうか? なぜ、出会ったばかりの男子の自転車の後ろにのっているのだろう?そんな事を考えているとまた顔が熱くなる。


 葵は次第に速度をあげる。風が涼しく感じられた。

 この状況をどう消化すべきか考えているうちに、座国橋が見えてくる。先程とおなじく警察が検問を張っているようだった。もともと交通量の多い場所であったから、かなりの車が詰まっていた。歩道の方にも、幾人かの警官がいて、時折通る歩行者を呼び止めている。


「行くよ」


 葵は、そう言いながら橋の歩道に入ると、渡った先の検問を目指した。そして案の定、停止させられる。


「君たち、二人乗りはだめだよ」


 言われて、自転車を止める葵。私はふわりと降りた。


「すいません」


 と、葵が警察官に応えた。

 私は、自転車を押す葵に並んで、警官の脇を通る。


「ちょっといい? 君は、陽光学園?」


 警官は私に尋ねる。


「はい、部活の帰りで」

「そう、悪いけど降りて歩いていってもらうからね」

「……すいません」

 できるだけ神妙にしてみせて、それ以外は何事もないように振る舞って、私と葵は通り過ぎようとする。すると、その先の警察車両のそばに、ひときわ目立つ機能的なボディースーツを着た二人が目に入る。


 それは特殊保安官ネイティブガーダーと呼ばれる、怪人に対応するための特別な人員だった。

 二人は仮面をかぶっていて表情が見えない。この暑さでも、汗をかいているようすもなく、検問の車両や歩行者を観察していた。

 少し小柄な方は女性のようだった。その、女性の特殊保安官ネイティブガーダーが、ふと私たちに目を留めた。


「ちょっと、そこの学生さん」


 女性の声は高音まじりの潰れたような声だ。おそらく、仮面の下は怪人の姿だろう。

 取り締まられる側が怪人なら、取り締まる側も怪人なのだ。


「君、その顔のあざはどうしたの?」


 女性が葵に尋ねた。


「生まれつきです」


 葵は答えを返す。


「何かの模様みたいだね」

「よく言われます」 


 その女性は疑いの目でもって近寄ると、葵の顔を覗き込む。


「見られるのは平気? ちょっと見せてもらえる?」

「……はい」


 葵は、痣をみせる。


 そもそも、なぜ葵は検問の突破を偽装するのか?

 警官や特殊保安官ネイティブガーダーは誰をさがしているのか?

 一般的に変異者ヴァリアントは怪人なんて呼ばれ方をしてしまうけれど、正確にはそういった能力を持つ人のことを変異因子保持者と呼ぶ。


 その因子保持者は私のようにちょっと潜水が得意な人間から、外見を変化させられる者まで非常に幅広い。しかし、事件を起こしたり、葵みたいに変身したり、あるいは特殊保安官ネイティブガーダーになれるくらいの、何らかの強い力を持っている変異者ヴァリアントはそう多くない。


「君は何かの因子保持者?」


 女性が、変異者ヴァリアントであると断定してきた。葵が一瞬返答に困る。


「……俺は」


 葵が、返答を口にしかけた刹那、他方をみていた警官が声を上げる。


「怪人だ!」


 振り向くと、巨大な蜂の姿をした怪人が、跳躍を繰り返しながら、遠方から検問に向かって突っ込んできていた。


「みなさん! 危ないから伏せてください! その場に身を屈めて!」

「車から出ないください! 歩行者は伏せて!」


 橋の上は蜂の巣をつついたような騒ぎになる。もっともこの場合つついたほうが蜂かな。──その蜂の怪人は、車を避けて跳躍を繰り返すと、私たちの傍らを通り抜けて、検問を突破し橋を一気にかけ渡る。それに対して、私たちの目の前にいた特殊保安官ネイティブガーダーの二人が、すぐさま蜂の怪人を追いかけた。


「こちら座国橋! 身元不明の変異者ヴァリアントを確認、立神方面へ逃走!」

「車の中から出ないで! 出ないでください! 写真をとらない!」


 警察車両のスピーカーから大音量で、指示が飛ぶ。

 特殊保安官ネイティブガーダーも、人ならざる跳躍力を持つ。彼等は、その場にあった車を強く踏みつけて破壊しながら跳躍していった。皆あっけにとられて、三人の怪人を見送った。


「怪我をした人はいませんか! 大丈夫ですか?」


 警察官が拡声器で皆の安全を確認する。あっけにとられる私たちに対して、警察が行ってもいいという仕草を返した。


「いこう」


 葵が、自転車を押しながら私に移動を促した。

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