第4話 本能寺へいらっしゃい

「うーむ。孤立無援とはこのことか。困ったのう」

 その割には、ノブナガは電気カーペットのうえで仰向けになり、目を細めている。


「では、少々手荒い方法も致し方あるまい」


 どうせまた面倒くさい事を言い出すに違いない。無視していると、ノブナガはのそのそ、とあたしの膝に上がってきた。

 だんだんと重くなるな、こいつ。


「のう、蘭丸」「断るからね!」


「商店街から見ると丑寅の方角になるが、仏具店があるであろう」

 相手にしないあたしを気にもとめず、ノブナガは続ける。

 えーと、たしか永山仏具店だったっけな。


「そこは多くの不逞ネコどものたまり場になっておるのだ。おそらく謀反の企てが行われているとすれば、そこに違いないぞ」

 ほう。


「そこでじゃ、蘭丸」

 ノブナガはにやりと笑った。

「その永山仏具店を焼き討ちしようと思うのじゃ。お主に指揮を任せる。どうじゃ、光栄であろう」


 永山えいざん焼き討ちの指揮なんかさせられてたまるか。

 あたしを犯罪者にするつもりか。


「やはりだめか」

 ごろごろ、と喉を鳴らしながら膝から転げ落ちる。


「ところで、確実にノブナガに味方してくれるのは誰なの?」


 途端にノブナガは耳を伏せ、しっぽを股の間に巻き込んだ。

 どうやら一番痛いところをついてしまったらしい。

 ひげが、ぴりぴりと動いている。


「な、なにをいう。それは大勢いるぞ。例えばひし形模様のトシゾーとか」

 斎藤不動産の利三くん。ああ確かに、あの子は強いし。

「でも、函館ラーメンの店でネコ店長してるんでしょ。忙しいんじゃないの」


「おイチと、その娘たちもおる」

 生れたばかりだろ、その子たちは。


「そうじゃ、前田建材店の『千代』がおる」

 百万石の家、とかポスターが貼ってあるお店だが。


「でも、千代ちゃんは『犬』だよ。ノブナガの命令なんか聞いてくれないでしょ」

「むむ」

 ノブナガは沈黙した。


 信じられない。ほんとうに味方がいないみたいだ。


 ☆


「仕方が無い。ここは、『のん』に頼んでみよう」

 そう云えば、最近のんちゃんの姿を見なかったな。


 のんちゃんというのは、真っ白で背中に蝶々の羽みたいなハート形の模様がある、可愛らしいネコだ。一時期、ノブナガの恋人かと思っていたのだが。

 この子は斎藤不動産の系列のネコたちに慕われているので、味方になってくれたらすごく心強い。


「それが、何やら、のんにしつこく付きまとうネコがおるらしくてのう。屋敷のものに外出禁止を申し付けられたようなのじゃ。いたわしい事だ」

 なんだ、ネコにもストーカーみたいな奴がいるのか。

 許せないな。どんなやつだ。


「どうも、茶トラのデブネコらしいのだ。蘭丸、お主心当たりがないか」


「……あ、ああ」

 あたしは、でっぷりとしたノブナガの、茶色の縞模様を見てため息をついた。


 ☆


「喜べ蘭丸。差し歯のヒデが、わしに忠誠を誓ってきおった」

 数日後、ノブナガは部屋に入るなり嬉しそうに言った。

 おお、それは何よりだ。

 でも、なんで急に。


「そこは、わしの人徳であろうのう」

 いや。それこそ、いちばん有り得ない可能性だと思うのだが。


「なにをいう。ほれ、あやつがこのような物を貢物として持って来たのだぞ」

 ノブナガは、布切れのような、それを引きずっている。


「ぜひ、ひとりで本屋の裏に来てくれと言うのじゃ」

 本屋。『ほん宇治うじ』か。でも、なぜノブナガひとりで?


 あたしはその布切れを取り上げた。

「ねえ、ノブナガ」

「なんじゃ」


「その、お誘いだけど。……断った方がよくない?」

「ふむ?」


「これって、決闘の申し込みだと思うんだけど」


 あたしはそれを見ながら言った。

 ノブナガが貰ったという布切れ。


 それは、白い手袋だった。



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