第3話 ノブナガ、裏工作に奔走する

「だけど、その『中華飯店みよし』の三姉妹はどうするつもりなの」

 ほあ? ノブナガはこたつから顔だけ出して寝ぼけた声をだした。だめだ。もう完全に冬ごもりの態勢になっている。


「おお、そうであった。実は奴らに強い影響力を持つ者を見つけたのじゃ」

 ノブナガは面倒くさげに言った。

「いまは、そいつに下工作を任せておるから、心配はいらぬ」

 へえ、そんなネコがいるんだ。


「お前も知っておるだろう、大和骨董店のあのジジイじゃ」

 ああ、いつも店先の平たい茶釜の中で昼寝しているネコ。

 名前が分からないので、みんな『釜じい』とよんでいるが。

 だけど、うーむ。


「奴だけでは心もとないからのう、一緒に飼われている双子にも、わしの味方になるよう声をかけたのじゃ」

 大和骨董店の双子ネコ。兄の『じゅん』と弟の『けい』だったっけ。


「これで、わしの勝利は疑いないぞ」

 いや、何となく、どころか、すごく不安がよぎるけれど。


 ☆


 いつものように『ほん宇治うじ』で立ち読みをしていると、携帯の呼び出し音が鳴った。

「あれ」

 名前をみると、隣の古書店に住む幼なじみからだった。


 あたしと、よりを戻したいという電話だろうか。もう、今更困ったものだ。……いやまあ、正直にいえば、一度もそういう関係になった事はないのだけれど。

 とすると、何の用だ?


「え、ノブナガによく似たネコが道端に倒れている?」

 それはちょっと確かめてもらわなくては。

「あのね、そのネコの右のタマタマにホクロみたいな模様がないかな」

 ―――なんだよ、タマタマって。そいつの困った声がした。


「えーい。女子になんども恥ずかしい事を言わせないで。そんなの睾丸に決まってるでしょ。それで分からなきゃ、キンタマだよ、キンタマ!」

 周囲がざわざわとした。

 しまった。書店中の視線があたしに集中しているではないか。


 ぎゃ、と電話から悲鳴が聞こえた。

 どうやら引っ掻かれたようだ。うむ。ノブナガは脚を掴まれるのを酷く嫌うからな。それは仕方ないだろう。


 彼がうちまで連れて帰ってくれるというので、ありがたくお願いする。

 あたしも急いで読みかけの本をレジに持って行った。

「えーと、『帰って来た半裸執事』第18巻ですね。730円になりますぅ」

 そこで書名を読み上げるのは止めて欲しい。


 ☆


「やつら、わしを踏み台にして行きおったのじゃ」

 どうやらノブナガは、みよし三姉妹の高速連携攻撃によって敗れたらしい。

 それで体のあちこちに足跡がいっぱいついているのか。


「援軍はどうしたのよ」

 動揺を隠せないのだろう。ノブナガは体中を舐め始めた。


「ジジイは最初から裏切っておった。そしてあの双子めは」

 ああ、双子の順と慶だね。

「映画館の看板の陰から、どちらが勝つかを眺めておったのじゃ」

 日和見ひよりみというやつだ。

「逆に、それは賢いやり方のような気がするけど」


「おのれ。わしは、やつらの行いを、あの看板を含めて絶対忘れぬぞ」

 あの映画館。いまは、ホラーが上映されてるんだったかな。

 観客動員は峠を越えたようだが、ノブナガの怒りのピークはまだまだ収まらないようだ。


 ☆


「これは困ったのう。味方につけた筈のものどもが皆、裏切って行くではないか。なんとか引き留めねばならぬ」

 本格的にノブナガは対策を検討しはじめたようだ。


「こういう場合は、やはり贈り物をするに限るであろうのう。何ぞ西洋風のものを遣わすとするか」

 なるほど。さすが新しい物が好きだったという織田信長だ。それはこの世界でも同じらしい。


「そうだ、間もなく二月ではないか。蘭丸よ。お前から、裏切りそうなネコどもに、バレンタインチョコを贈るのじゃ」

 ……それって、暗殺計画じゃないだろうな。お断りだからね。



 ※ネコにチョコはだめらしいです。










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