はっぴぃ・ルーラー。

・今月のテーマ


「ワイン」「我慢」「カルシウム」「電卓」「リモコン」「チーズ」

 この中から3つ以上使用


・使用テーマ 「我慢」「カルシウム」「ワイン」


 ✳︎


・ポエム


人は言の葉によりて愛しきモノを護る。

だから、わたしは眠る貴女の耳元で囁き、呪いをかけるの。

死ぬまで解けませんように。


この支配が。


 ✳︎



 ──ご主人サマ。



 その響きを悪くないと思い始めたのはいつ頃からだろうか。



『ご主人サマ、ご主人サマ』



 ペタペタと、小さな手が触れる感触が身体の端からゆっくりと顔に近付く。

 それは彼女が私の位置を正確に知るために必要不可欠な行為。


 ゆっくり瞳を開けると、


「朝ですよ、ご主人サマ」


 とても眩しかった。


「……お早う、ロゼ……」

「はい。 おはようございます」


 いつもと変わらず閉じたままの瞳。ややクセがある短めの黒髪。褐色の肌。そして、身に纏っているのはグレーのワンピース。

 目の前にいる少女を眩しいと感じる要素は何一つない。寧ろ、その逆。暗く陰気と感じるのが普通だろう。

「ご主人サマ? どうしたんですか?」

 にも関わらず、眩しいと感じる。

 こうして彼女の頬に触れてしまう。

「えへへ。 くすぐったいです」

 また甘える。

「今日も。 ご主人サマは、あったかいですね」

 彼女の瞳に──



 ──半年前、私は荒んでいた。



 もう彼女しかいない。彼女が最後の望み。

 そう思っていたパートナーに捨てられ、その現実から逃げるように。仕事に埋没。

 あの時は、本当にどうかしていて──。上司どころか同僚なかまにさえ迷惑のかかる無茶を繰り返して、繰り返して。己が身を削って、削って。心を擦り減らして、擦り減らして。最後に残る私を──純粋な価値を証明して、死のうとしていた。


 しかし、


『……けほっ……けほっ……あ、ぅ……』


 ほんとうの死を前にして、頭が冷えた。幸いその程度には、まだマトモだった。


『……ぱ、ぱ……ま……』


 淘汰され、死の漂う街。

 見捨てられ、誰もいない──冷たいコンクリートに横たわる唯一の生者おんなのこ


 ──ッ。


 人は、子どもを宝と。守るべき存在と。

 自分達は平和を愛し、愛とともに生きると。

 謳っていた。

 だがどうだ。その非力さ故に平和を守れず、その愚かさ故に己が身を愛し、その傲りによって小さな命のは消えようとしている。


 ──トクン。


 何とも虫の良い話だ。



 私は彼女を連れ帰り、ともに暮らす事にした──。



「ねぇ、ご主人サマ。 何か手伝うことはありませんか?」

「ない。 向こうで座ってて」

「はーい」

 キッチンを出てスタスタと歩き、当たり前のようにテーブルに着くロゼ。

 一人では何も出来なかった頃がまるで嘘のように──



 ──生まれつきかは知らないが、彼女は光を失っている。



『……ごめんなさい……ごめん、なさい……』


 連れ帰った次の日。仕事から戻ると、彼女は頭を抱えて、身を震わせていた。

 その理由は、大した事のない粗相をしでかしたから。


『何故、謝る?』

『ご、ご迷惑を、かけてしまい、ました……』

『…………』

『あ、ぁぅ……』

『問題ない。 これの処理はロボットに任せればいい。 それよりも──』


 その時になってようやく気が付いた。

 彼女が瞳を閉じたままなのは、暗闇の囚われ人だから。それ故に、今まで一人で何もやった事がないのだと。

 そんな簡単な事に気付けなかった自分が。


『──…………』

『え──ひゃっ⁉︎ ど、どどどうして、だだだだっこをっ⁉︎⁉︎』

『人はこうやって横向きに抱えるものだと聞いた』

『そう、じゃなくて……うぅ、汚れ、ますよ……』

『? たかが95%の水と5%の老廃物、アンモニア、クレアチニ──』

『そうじゃなくてぇっ‼︎』

『──何を怒鳴っている?』

『だって、だってぇ……』



 だから、私は彼女の為に。



『あ、あの、どうして一緒に……?』

『風呂は一緒に入るものだと聞いた』

『そうですけど……けどぉ……』


 解せなかった。

 彼女の身体を洗い、二人で浴槽に浸かる。そうするのが人の文化だと同僚は言っていた。

 なのに、


『……ぅ……』


 彼女の瞳からポロポロと水粒みなつぶが溢れていた。

 その意味が分からない程私は無知ではない。


『…………』


 この手がいけなかったのだろうか。

 この腕が、脚が、体が。いや、そもそも私の存在そのものが彼女にとって嫌悪の対象なのかもしれない──と、思った。

 しかし、


『お願いが、あります。 わたしに……わたしに名前を、つけてください"ご主人サマ"』


 違っていた。


『…………』


 ──トクン、トクン。


 私は、どうしようもない程単純な生き物。


『分かった。 貴方の名は』



 その日、彼女を"ロゼ"にした──。



「今日はお休みですよね?」

「えぇ」

「えへへ。 なら、一日中ずっと一緒ですね」

 朗らかな空気。食事をしながらの会話。

 それは未だに慣れず、彼女の後に続き、真似るようにパンを齧る。

 以前、それを同僚に話したところ『子どもと戯れる機械人形』と揶揄された。まさにその通りなのは腹正しいが、戯れている内はまだ良いと思ってしまう。

「あ、今日の目玉焼き。 半熟じゃない」

「……失敗した……」

 それは真っ赤な嘘。

 本来ならば固形物で食事を摂る必要がないからか。あの食感だけはどうも好かない。だから、時折わざとそうしている。

 わざわざ、そのような事をするくらいなら初めから一緒になって食事など摂らなければいい。そうするのが合理的だろう。

「じゃあ、今日の運勢は……ここから良くなっていきますね!」

 だが、こうしていたい。

 向かい合っているだけで、

「それは信じない」

「えぇー、今日はきっと当たりますよ」

「どうしてそう言い切れる?」

「何となく、です‼︎」

 同じ目線になれる。

 だから、

「そう。 なら、今日は外に出掛けてみる」

 こうしていたい。



 彼女の手を取り、歩く。

 はぐれないように。導くように。

 偽りの太陽は今日も眩しく、照らす。私達を。

『────』

 だが都合よく私達だけとは限らない。彼奴らも、だ。

『────』

 彼奴らは滑稽。もしくは、退廃地区に連れて行く途中とでも思っているに違いない。

 あの口元。あの瞳には、品がない。

 冷たい、冷たい、冷たい、冷たい。冷たい、冷たい、冷たい、冷たい。冷たい。

 大多数故に生じる不協和音が、

「…………」

 実に不愉快極まりない。

「……ッ……‼︎」

 いつも、イツモ。いつもイツモいつも。

 ナニが。

 ナニが、オカシイ。

 ナニが。

 ナニも。

 ナニも、オカシクナイ。

 ナニも。

 なのに。

 なのに、オマエたちは。

 ナニを、ソンナに。

「ご主人、サマ?」

「…………。 すまない」

「いえ。 大丈夫です」

 私の為に微笑む彼女の手は汗ばんでいる。

「なら、良かった」

 鎮まれ、私。

 然もなくば、この手を握る資格を失う──



 ──ただののろいだと思っていた。



 私は感情と体温が同調シンクロする。

 感情が高まれば高まる程体温が上昇し、やがて発火──触れたモノを橙赤色の炎で焼き尽くす。

 それは私の意思で制御コントロール出来ず、何百、何千、何万もの命を焼き尽くしてきた。

 最初は両親。

 二人も私と同じ体質だったが、私程ではなかった。どれだけ感情が高まろうとも、頬が赤く染まり相手に火傷を負わせる程度の生温いモノ。だから、彼女達は私の炎に耐えれず焼け死んだ。

 その事を慰めてくれた親友も私の炎に包まれ、死んだ。

 それで心を鎖した私に立ち直るきっかけをくれた初恋の女性あいても私の炎で死んだ。

 みんな、死んでいく。死ななくても、逃げていく。

 誰もが、見捨てる。

 そんな私を必要としたのは仕事だけだった──あの日までは。



 初めて彼女と過ごした冬の



『あの、ご主人サマ』

『何?』

『一緒に、寝てもいいですか?』

『…………』

『……。 ダメですか?』

『駄目、ではない』

『じゃあ』

『好きにすればいい』

『ありがとう、ございます』

『…………』

『……』


『…………』

『……』

『…………』

『……』


『…………』

『……起きて、ますか? ……ご主人サマ……』

『…………』

『……』

『…………』

『……ご主人サマは、とっても……とってもあたたかいです……』

『…………』

『……』


 私の気も知らないで、と思った。



 だが、初めて私は私でいいと──。



「ロゼ」

「何ですか、ご主人サマ?」

「何か、して欲しい事はないか」

「えへへ。 ご主人サマとこうしてるだけで充分です」

 彼女の手は、もう汗ばんでいなくて。

「…………。 そう」

 私はまた彼女を医者に診せずに、ただ散歩をして──帰宅した。紛い物の風に背を押されて。




「えへへ。 お気をつけてくださいね、ご主人サマ」

 翌日、半年振りにココを離れる事になってしまった。

 たかが、一月の出張。

 私の居ない間、彼女を世話するロボットは手配済み。何かあればすぐ連絡が入る。

 それに、モニター越しに彼女の様子も見れる。もしもの時の為に用意しておいたコピーロイドの素体にアクセスして、彼女に触れる事も可能。

 だが、

「行ってくる」

 いくら技術が進歩していようと、私達の距離を完全に埋める事など出来はしない。



 ✳︎ ✳︎ ✳︎



「あーあ、嫌だなぁ。 出張」

「黙れ。 舌を噛むぞ」

あねさんだって本当は嫌でしょ? 心配でしょ?」

「何が?」

「ロゼちゃんの事に決まってるじゃないっすか。 コロニーに置いてけぼりなんて」

「何も問題はない」

「とか言って──」


 ──ガッ。


「──あだァっ⁉︎ ……いったたぁ」

「だから、言ったろ。 舌を噛むと」

「今わざと加速したっしょ!」

「知らん」

「あー、もう。 だから、姐さんには宇宙船ふねの運転を任したくないんすよねぇ。 帰りはアタシっすからね!」

「好きにしろ」



 ✳︎



「ご主人サマ。 今頃、どうしてるかな──」



 ────。



「ご主人サマは。 眠れてるの、かな──」



 ────。



「ご主人サマ。 早く、帰ってこないかな──」



 ────。



「ご主人サマ。 ちょっとくらい──」



 ────。



「ご主人サマの……──」



 ────。



「……ご主人サマ……ッ……ァ……ご主人、サマぁ……ッ……‼︎──」



 ────。



「……ご主人サマ……──」



 ────。



「……──」



 ────。



「……ぅ……」



 ✳︎



 -一ヶ月後-


「っ‼︎ ご主人サマ、おかえりなさいっ!」

「…………」

「ご主人サマ……?」

「……今は疲れてる……」

「……」

「…………」

「嘘、です」

「ッ‼︎ ……何が?」

「分かり、ます」

「だから、何が──」

「見えなくても、息づかいで。 体温で」

「──っ⁉︎」

「ご主人サマのことが」

「……ウルさい、黙れ……」

「……。 ご主人サマもわたしと、おんなじで──」


 今の私は抑えられない。


「──うっ、ぐ……」

「分かっただろ。 今は、触るな」

「平気です」

「嘘を吐くな」

「嘘、じゃないです。 熱くない、痛くない──平気です。 だから、ご主人サマの好きにしてください。 わたしは、ご主人サマの"モノ"ですから」


 なん、だ。なにをいって。


「ぐぅ……ほら、痛く、ないです」


 なぜ、また。みずから。テを。

 わからない。

 ワカらない、ノニ。


「ウソを、ツクな」

「嘘じゃ、ないです……全然、痛くなんか……っ」


 また。ヒトミからミナツブをコボして。

 あのトキとおなじ。


「モウいい。 ヤメ──」

「……ないで……」

「──ッ‼︎」

「やめないで……やめないでください、ご主人サマぁ……」


 手に触れた水粒はとても冷たくて。


「…………」


 何故。そうまでして、私の手を取る必要がある。

 水粒を零して、身を焦がしてまで。

 どうして。どうして。



(わたしは、愛玩動物ペット。 これしか出来ない。 これしか知らない──)


(──こうやって触れて。 触れ合って。 初めて【ご主人サマ】を"しあわせ"に出来る──)


(──役立たずで。 何も出来なくて。 こうでしか──)


(──パパも、ラルおじさんも、アンディも、フランクも、みんな、ミンナ、皆、"笑って"くれなかった──)


(──ねぇ、ご主人サマも──)



「…………」


 何故、神は私をこのように。残酷にツクったのか。

 抑えられない。

 せめて、せめて両親と同じであればこうはならなかった。きっと、普通に。もっと、幸せに。

「……ッ……」

 違う。

 私がこうだから。

 何も掴めないから。こんなにも。

「熱くなれる、のか」

「──えへ、へ……」

 ハッキリと、見える。聴こえる。感じれる。

 彼女の体温を。呼吸を。瞳を。

 こんなにも。


 そうか。私は──





 "熔解メルト・ダウンしたくて"





「ロゼ」

「ご主人サマの、腕の中ナカ。 あったかいです」

「…………。 そう」

「……──」





 "ご主人サマ。 ご主人サマ。 ひとつだけ、お願いがあります。 どうか笑っ──"





 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 -BAR【à l'envers】-


「いやぁ、水持ってるだけでも雰囲気は出るもんすね。 感激したっす!」

「まさか、お前とこのような場所に来る事になるとはな」

「おっと、今やアタシは姐さんの上官っすからね! これくらい当然っす!」

「分かっている、指揮官殿」

「SHI・KI・KAN! くぅ〜、最っ高の響きっすね‼︎」

「それは良かったな」

「さぁさぁ、接待! 接待っすよ! 接待してください! しやがれ!」

「せがむな、バカ」

「いいじゃないっすか。 はパァーッといきましょう! パァーッと!」

「……──」




 あれから一年。


 もう彼女は、ロゼはいない──



 私が覚えているのは橙赤色の炎のみ。


 目を覚ました時、彼女の姿はなかった。



 灰さえもなく。私だけを残して。



 だから、私は。彼女を探してしまった。


 リビングを。浴室を。寝室を。外を、彼女と過ごした全ての場所を。



 どこにもいない。



 何も、残っていない。



 分かってはいた。

 ただ、それを認めたくなくて。


『…………』


 頬を伝う水粒。

 それはまるで。


『アハ、アハハ……そうか……』


 ここに。

 彼女はここにいた。

 間違いなく、ここに。


 夢や幻なんかじゃなくて。



 今までも、これからも。



 彼女は、私を──。




「──そうだな。 今日は。 飲むか、"最愛の酒ロゼ・ワイン"を」









 ──カラン。








 fin.

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三題噺。 メロ @megane00

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