ロンリー・ロンリ・ロリ。

「聖剣」「群像劇」「エプロン」「バスタオル」「火災」「ストレス」「くらげ」「ヘアピン」

この中から3つ以上使用



赤は廻り続けて、


120日後、貴方は一人になる。


私がいなくなってる事に気付かず、


永遠に一緒だと思い込んだまま。


何度でも呟く。


私が『お姉ちゃん』だったら良かったのに。


✳︎


・side.A


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………よけー、な………………………ぉせ、わ………………………………………………………だよ………………………………うるさいなぁっ! じゃあ、聞くよ? 二人の言う正しい人間って何? それの何が大事なの? それの何が私達を否定出来るの? 出来ないよね。 だって、私達は間違ってないもん。 ねぇ、二人はいつも言ってたよね? 家族が愛し合うのは当たり前だって。 ねぇ、これのどこが汚いの? どこが狂ってるの? 私は心の底から深雪を求めてる。 深雪は私を受け入れて、好きって言ってくれる。 こんなにも素敵な事ってないよ。 私達は今、しあわせなんだよ。 ねぇ、私の言いたい事、分かってくれる、よね……?」


 ✳︎


 リビングへ入ると、

「おはよう、深雪! 今日も素敵な朝だねー!」

 今日も妹はニッコリと微笑む。

「すぐ美味しい朝ごはん作るから待っててね!」

 彼女のエプロンを纏い、台所へ立つ。

 ──ジュー、ジュー。パチッ。パチッ。

 焼けたベーコンの良い香りが鼻腔をくすぐり、脂が弾ける音は食欲をそそる。

 ──ジュウ、ワァっ。

 そこに卵を落とすだけで口の中は唾液で溢れる。

 そして、それらをパンで挟み、コーヒーを用意すれば美味しい朝ごはんの完成。

「いただきまーす!」

 ベーコンエッグサンドをがぶりと頬張ると、口一杯に肉汁が広がる。我ながら最高の出来。

「すっごく美味しいね!」

 私が笑うと、彼女はまたニッコリと笑ってくれる。

「そうだ。 今日はお天気がいいからお布団を干そうと思うの。 ついでに部屋も掃除しよっかなって。 ほら、最近サボっちゃってるから変な匂いがして……うへぇ、カビかな」

 いつも優しく。いつも、いつもニッコリ笑う双子の妹。

 私達はいつも一緒。心も、体も。

 だから、離れる事はない。だから、不幸じゃない。

 何も、間違ってなんかいない。

 それが分からないなんて──


 "パパとママは可哀想だね、本当に"


 ✳︎


 八歳の頃、妹が指を切ってしまい、流れる血を止めようと──彼女の指を舐めた。


 それが始まり。


 忘れられない。あの味。

 忘れられない。あの満たされた瞬間。

 忘れられない。初めて妹を感じた事を。

 私は妹の血の虜になってしまった。


 しかし、子どもでも、それがいけない事くらい分かる。だから、我慢した。

 いくら恋しくても、水を飲まずにマラソンをしているみたいな渇きを感じても、頭がおかしくなりそうになっても我慢した。何日も、何年も。


 けれど、ゆっくり育つ気持ちは、日に日に抑えるのがつらくなっていく。


 だから。


 十三歳の夏。妹がベッドに赤い染みを作った時、抑えられなくなった。

 本能のままに妹を求め、欲望のままに襲い、赤黒くドロドロした欲求を解消する。まるで獣のように。

 このまま嫌われて、お終いだと思っていた。

 しかし、妹はこんな私でも──


 "お姉ちゃんと呼んでくれた"


 ✳︎


・side.B


 薄れゆく意識の中、

「み、深雪……何故、こんな……」

「お父さん達には分からないよ。 一生」

 娘はとても嬉しそうに、微笑んでいた。


 ──どうして、こんな事に……。


 ✳︎


 十年前。

 私はとある研究所でα細胞の研究チームに参加していた。α細胞──宇宙から飛来した隕石に付着していた謎の細胞。それは紅クラゲのように生を繰り返し、生物に投与すれば細胞に作用し、身体能力、生命活動を飛躍的に向上させる──まさに魔法と言わざるを得ない代物だった。

 これを使えばどんな病でも治せるかもしれない。

 だから、私は縋った。

『不知火博士、お願いです。 どうか娘の為に……』

『貴方も分からない人ですね』

 ある日、娘の深雪が未知の病を患い、どんどん免疫力が低下していった。無論、現代の医学では治療法がなく、死を遅らせる事しか出来なかった。

『確かに、α細胞を使えば貴方の娘は助かるかもしれない。 しかし、あまりにも危険です。 副作用も分からない。 いや、そもそも人の手に負えるかさえ分からない。 そんな物を』

『リスクは百も承知している! だから、それを踏まえて』

『日下部さん。 僕らはただの科学者です。 冷静になってください』

『……くっ』

 この時の私は愚かだった。

 彼の言い分が何一つ間違っていないにも関わらず、若造が富や名声、実績を欲するばかりに保守的になっている。あの細胞を独占しようとしているなどとくだらない妄想に取り憑かれ、憤り、挙げ句の果てに科学者としての道を踏み外した。


 私は得体の知れない連中の口車に乗せられ、研究データとα細胞を持ち逃げ。連中の研究所で十五人もの人間を実験に使い、研究を完成させた。

 そして、すぐさま娘へα細胞を使用し、望みを叶えた。だが、娘を救えた事に喜んだのも束の間、私はとんでもない間違いを犯したと後悔する。彼の言う通りα細胞は危険──いや、人の手に負える代物ではなかった。


『イヒヒ……甘くて、舌の上で蕩けて……ンー、サ・イ・コ・お』


 実験体の一人が人間を喰い殺した。

 何故、彼女がそのような事をしたかは分からない。だが、すぐに彼女と他の十四人を拘束し、隔離した。しかし、そんな事をしても私の不安は拭えない。

 私は妻に連絡し、娘を研究所に連れてこさせ、検査した。幸いその時はまだ普通の人間と変わらなかった。しかし、いつああなるかは分からない。

 焦った私は、恥を忍んで──不知火博士に助けを求めた。

『自分が何を言ってるのか分かってますか?』

『ああ、分かって……います』

 自分の愚かさに血管から血が噴き出すような思いだった。

『私では、もう……娘を、救えない……』

『勘違いしないでください。 貴方は初めから救ってなんかいないです』

 何も、言い返せなかった。

『一つお聞きします。 もしその子が人を食べたら、どうしますか?』

『その、時は……私の手で。 殺す』

『そうですか。 分かりました。 手をお貸ししましょう』

『すまない……本当に感謝、して……』

『でも、これだけは覚えておいてください。 僕は、貴方を信用していない──』



 その後、博士の試作品の薬で娘の食人欲求を未然に抑え、食人鬼(かれら)の研究をする猶予を得た。

 そして、博士とともに研究を重ね、長い年月を費やし、完全に食人欲求を抑制する薬の開発に成功した。これで娘が人を喰らう事はない。あの子は人のままでいられると安堵していたのに──そうはならなかった。


 薬が完成した日。国籍不明の軍隊に研究所を襲撃され、博士は行方不明。折角、開発した薬もその最中で失い、手元には僅かな試作品しか残らなかった。

 私は絶望した。

 試作品を騙し騙し使っても娘が十五歳になるまでしか抑えれない。それを過ぎれば、いつ娘が人を喰らい始めるか分からない。そうなってしまえば、私の手で──

『ダメだ……ダメだ、ダメだ、ダメだ……そんなの……』

 歯を食いしばり、硝煙と血の匂いしかしない地獄で決意した。再び薬を作ると。


 私は残った機材と試作品を使って、研究を始めた。自宅に篭り、何日も、何ヶ月も。

 私の愚行の所為で世界が混乱に陥っていようが、あの騒ぎに乗じて逃亡した食人鬼達が人を喰らおうが、お構いなしに。

 そうやって全てを遮断した世界でようやく薬を完成させた頃には──


 "手遅れになっていた"


 ✳︎


・side.C


 ねぇ、お姉ちゃん。私達は双子。

 元々、一つだったものが二つに分かれて、深雪(みゆき)と愛純(あすみ)になったの。だから、私達は同じモノで出来ていて、同じモノになるよ。血も、肉も──


 "魂も"


 ✳︎


 幼い頃、私にとって死は身近な存在だった。

 他の子のように走れない体。些細な事で病院に行き、私に嘘ばかりつく大人達。毎日、毎日両手いっぱいの薬を飲まないといけない義務。

 常に私の両肩は重い。幼い子どもがそれに耐えれるはずもなく、いつも泣いていた。


 ──そんな私にとってお姉ちゃんは唯一の救いだった。


 私と同じ顔、同じ手を持つお姉ちゃん。

 いつもは元気でお喋りなお姉ちゃんは私が泣いている時だけは静かに、ただニッコリと微笑み、手を握ってくれた。

 そこには余計な感情が一切なくて、時の流れが堰き止められたみたいに心が安らぐ。


 ──私はその時間が一等、好きだった。


 ある日、お父さんが私を治療する薬を開発し、それを投与しようとした。

 しかし、私は怖くて逃げ出した。その理由は虫の知らせのようなもの。ただただ、その薬が怖くて仕方なかった。

 トイレに篭り、大泣きしていると、お姉ちゃんがやってきて私の身代わりになってくれると言い出した。無論、そんな事をしても意味がないどころかお姉ちゃんの身を危険に晒すだけ。

 だから、止めようとしたのに。


 ──お姉ちゃんだから、の一言に甘えてしまった。


 投薬から数日後。いきなり検査を受けさせられた時、あの事がバレたのかと思った。

 けど、そうじゃなくて。寧ろ、そうだった方がまだ良かった。


 お父さんは私を治す為に不知火さんを紹介してきた。そして、彼から残酷な真実を知る事になる。あの薬──α細胞によってお姉ちゃんが人ではなくなってしまった、と。

 私は泣きながら不知火さんに全てを話し、何度も謝って、何度も何度もお姉ちゃんを助けてと乞い願った。

 そんな私に何も言わず、優しく頭を撫でてくれた不知火さんの手はとても暖かくて、今も忘れない。


 私は不知火さんの薬のおかげで何とか命を繋ぎ、お姉ちゃんの食人欲求を抑えるのに尽力した。


 けれど。


 十三歳になると私の体はボロボロだった。

 いくら薬を飲んでも治る訳じゃない。死は着実に迫っている。不知火さんの話では良くて十五歳まで。けど、それまでに薬を完成させて、私も、お姉ちゃんも救ってくれると約束してくれた。

 だから、私は頑張っていたのに。


 ──肝心なところで。


 お姉ちゃんの前での吐血。それによってお姉ちゃんの理性は失われ、私は覚悟した。食べられる覚悟を。

 しかし、私の覚悟とは裏腹にお姉ちゃんの取った行動は──唇を重ね、私の口の中に舌を入れ、歯を一つ一つ丁寧に舐める。たったそれだけだった。

 拍子抜けと言わんばかりに放心していると、お姉ちゃんは『血を、舐めて、ごめんなさい……』と泣きながら謝ってきた。

 この時、私は初めて知れた。お姉ちゃんを。

 だから、自然に『お姉ちゃんだから、いいよ』と言えた。


 後日、私は不知火さんに尋ねた。

『もし、もしですよ。 もし、完成した薬を飲んでもお姉ちゃんが我慢出来なかったら……どうするべきですか?』

『それは、僕に聞いたってしょうがないよ』

『です、よね』

『……君はどうしたいのかな?』

『私は……』

 私にとってお姉ちゃんはお姉ちゃん。人だろうと、食人鬼だろうと変わらない。

 それを伝えると、不知火さんはニッコリと笑ってくれた。

『良かった。 君なら信用できる──』

 それが不知火さんとの最後の会話になった。



 不知火さんがいなくなり、私は希望を失った。

 けど、絶望はしなかった。それどころか、残された僅かな時間を、血を、私をお姉ちゃんに、全部。全部あげれると……。


 でも、お父さん達はそれを認めず、私達の繋がりを『汚い』、『狂っている』と罵った。

 まさに、二人は私のしあわせを阻む石。

 だから、私の手で排除した。粉々に砕いて。


 ✳︎


「ねぇ、深雪。 飲ませて」

「いいよ。 お姉ちゃん」


 日に日にお姉ちゃんが求める血の量は増えていく。

 恐らく、そろそろ限界が近いのだろう。私と同じで。


 私は時限爆弾。いずれ、お姉ちゃんを壊す。

 大切な人を自分で壊すなんて。一体、私は何の為に生まれてきたのか分からなくなる。

 けれど、この限られた時間が狂おしい程愛おしくて──


「どうかしたの?」

「ううん、何でもないよ」


 もう私には祈る事しか出来ない。

 お姉ちゃんが綺麗なまま。楽に死ねますように、と。

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