キラめいて、ユラめいて。
・今月のテーマ
「戦車」 「蝉」 「空き缶」 「押し入れ」「ガムテープ」 「選択」 「スライム」
この中から3つ以上使用
✳︎
砂に触ると、
『汚い』と怒られる。
どうして、そんなに怒るのだろうか。
砂に触れるのは、
今だけかもしれないのに。
明日には、皆と同じように、
『汚い』と、
触れなくなっているかもしれないのに。
✳︎
あの時、
早く花火が見たくて、
逸る気持ちを抑えれなかったあたしは、
『ボクはトモリが羨ましい』
『なんで?』
『ボクが知りたいモンを生きてるだけで知れるから』
『……なにそれ。 どっかの詩人みたい!』
『そんなオシャレなもんやないよ。 ボクは、ただの──』
ゆっくりと石段を登る彼を、
見ようともしていなかった。
✳︎
少し肌寒い夏の夜。
幼馴染みの彼と夏祭りへ行き──
"あたしは死んだ"
その日、あたしは朝から気持ちが舞い上がっていたのをよく覚えている。
朝陽を浴びただけで笑顔になり、パジャマを脱ぐだけなのに鼻歌を口ずさみ、蝉達とミュージカルをしているんじゃないかとさえ思っていた。
あたしが死ぬ一月程前。長い、長い片想いの末に気持ちを打ち明け、幼馴染みの彼と付き合う事になった。
そして、付き合って初めてのデートが許され、夏祭りへ行ける。それだけでも嬉しいのに、一緒に花火まで見れる。ただの花火ではなく、あの花火を、あの場所で。
とてもありきたりな話だけど、町の外れにある神社で花火を一緒に見た恋人は永遠に結ばれると言われていた。もちろん、そんなものは、ただの迷信。しかし、それを彼の方から誘ってもらえたことで、あたしにとっては大きな意味をもった。世界がキラめいて見えるくらいに。
だから。
『どう……かな?』
『うん。 よう似合ってるよ』
だから、目一杯おめかしして、目一杯彼に褒めてもらって。
『ほんま食べてばっかやね』
『んー、ふぉう?』
『食べながらって、あざと。 わざとやんね、それ』
『えへへ、まぁね』
お祭りを目一杯楽しんで、目一杯幸せになって。
『ほら、早く。 早く』
『そんな急がんでも。 別に逃げへんのやから』
『善は急げ、だよ!』
一緒に花火を見て、一生。一生忘れない最高の日にするつもりだった。
──でも、そうはならなかった。
突然、あたし達の前に現れた食人鬼──あの女は言葉を交わす間もなく、あたしの手足を折った。
苦痛に悶えるあたしを見て、奇声をあげるあの女。あたしを痛ぶり、いやらしい笑みを浮かべるあの女。あたしの嗚咽を肴にして、快楽に耽るあの女。
いくつか道具を用意していて、手慣れていたあたり常習犯のゲスである事は間違いない。
そんなゲスの前でみっともなく助けを求めても、虚しく響くだけ。
彼は予期せぬ事態に茫然と立ち尽くすのみ。無理もない。普通の人間ではどうやっても食人鬼には敵わない。ましてや十代の少年。敵う敵わない以前の話だ。そして、彼なら尚のこと。
どこまでも。どこまでも虚な瞳の彼。そこに私の知る彼の姿はない。
『……嫌……』
嫌だ。
そんな彼のまま、あたしは死にたくない。
だから、ミミズのような体で地を這い、彼の元へと向かう。ナメクジのように少しずつ、少しずつ。
首をもたげて、叫ぶ。
吠えるように。今までの思い出とともに。
『あた、しのっ……──ッ⁉︎』
だが、それは言葉にならなかった。
──ガリッ、ゴリッ、グチャ。
何故なら、足の先から失くなっていく感覚があたしの言葉を悲鳴へ変えていったから。
『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ』
違う。
『ゔっ、うぁ、がっ、が……っぐ、あ、が、くぅ……』
そうじゃない。
『あ゛だしゔぁ……あ゛な゛、たにぃ゛……』
そんな。そんな悲しい顔をさせたくない。
もっと、明るく。もっと、もっと笑っていて。
もっと、あなたに。
──グシャ。
背中に鋭い何かが突き立てられて、とても痛くて、どろどろしたものと一緒に熱が溢れていって……。
意識がユラぐ。
そして、目を覚ますと──
"あたしは幽霊になっていた"
✳︎
ふわふわと宙を漂い、一番最初に目にしたのは、あの女の腐った死体。誰にやられたかは分からないけど、まるでメッセージを残すかのように心臓が潰されていた。
どうして。どうして、あたしを痛ぶって愉しんでいたバカ面のまま死んでいるのだろうか。皮肉にも、それはとても。とても幸せそうで、まるで死すらも喜んでいたようにさえ見えた。
「…………」
言葉が出てこない。
食人鬼が生まれて、人が殺される事が当たり前になった世界。人が人を飼育して、その肉を売る世界。人に手を差し伸べない弱肉強食の世界。
世界は着実に変わっていた。けれど、あたしの生きる現実は何一つ変わっていなくて、何一つ干渉していなかった。
だから、それをどこか別の世界の話と──自分とは関係ないと思っていたからだろうか。
それとも、幽霊になって大切な何かを失ってしまったからだろうか。
あたしの口からは何も出てこない。
あたしは歩いた。
幽霊だから歩く必要なんてないのに歩いた。
町中を歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
日が暮れても、歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
理由を探した。
あたしが幽霊になった理由を。
──でも、そんなことをしても見つかりはしない。
気が付くと彼の家の前へ来ていた。
彼の部屋には明かりがついている。
「…………」
もし。もし彼も同じだったらどうしよう。
町の人や家族のようにあたしの死を何とも思っていなかったらどうしよう。
あたし一人が死んだところで世界は変わらず、いつも通りに廻り続ける。家族にとっては鶏が一羽いなくなったのと変わらない。それくらい人の命は軽くなってしまった。
それでも。それでも彼には……。
仮に、そうだったとしてもどうしようもないのは分かっている。『そうか』と、大人みたいに割り切らないといけない。
けれど、あたしは未熟なままで、大人になれずに死んでしまった幽霊。自分の足ではこれ以上進めない。
──だから、待ち続けた。
あたしと違って前へ進める彼が自らの足で出てくるのを。
何日も、何日も。
しかし、いつになっても。いつになっても、彼が出てくる気配はなく、毎晩部屋の明かりがついては消えるのを繰り返す。
永い──永い月日が流れた。
幽霊になってから時間の感覚が曖昧になり、どれ程の月日が流れたかのかは分からない。確かなのは、また蝉の鳴く季節がやってきたということだけ。
そして、ついに。
『じゃあ、行ってきます』
ついに彼が出てきた。
彼の身長と髪は少し伸びているけど、あの頃の雰囲気は失っていない。身に纏う制服は少し色褪せているけれど、あの頃のように着こなしている。瞳は、私の知る彼と同じ。澄んだ瞳。
──良かった。何も変わっていない。
彼が自分一人の力で立ち上がれたのが、自分のことのように嬉しかった。しかし、それと同時に悲しくもあった。
──もうあたしと彼が並んで歩くことはない。
非情な現実に、少しずつ離れていく彼の背。
それを見送ることしか出来ない自分が滑稽に思えた。今までなんて愚かなことをしていたのだろう、と。
だから、あたしは彼の後をついて歩くことにした。
彼は、知人も、友人も、恩師もいなくなってしまった学校に通う。歳の違う同級生と肩を組み、笑っている彼を見守っていると妙な気持ちになる。
心なしか、あたしと一緒の頃より元気そうに見えて、もどかしいとさえ。
『ごほっ、げほっ』
『どしたー。 風邪か?』
『や、ちょっとむせただけやから。 大丈夫』
……いや。
それは、あたしの気のせいかもしれない。
彼は、今もあたしとの思い出を大切にしている。けれど、それは彼の心を曇らせ、あの日のことを後悔させていた。ずっと、ずっと。
「…………」
だから、あたしは祈った。
彼を幸せにしてくれる人が現れますように、と。
その祈りが届いたかは分からないけど、彼に新しい恋人が出来た。綺麗な黒髪の女性──あたしとは正反対の素敵な恋人が。
悔しいけど、彼女と触れ合うことで彼の笑顔が増えていった。
──つまり、あたしはもう。
二人の仲が親密になるにつれ、あたしとの思い出はガムテープで丁寧に閉じられ、押入れの中へと仕舞われていった。少しずつ、着実に。
それが寂しくないと言えば嘘になる。けど、あたしはそれでいいと思っていた。それが彼の幸せに繋がるのなら、あたしにとっても幸せなはずだから。
夏祭り。
あたしと彼とではなく、彼と彼女の。
二人の歩幅は同じでゆっくりと。ゆっくりと歩いていた。
二人は同じ時を進んでいる。
あたしと彼は違っていた。今も、
同じ時を生きていたはずなのに、あたしの方が少しだけ早かった。チクタクじゃなくて、チクチクタクタク。だから、ゆっくりと歩く彼が優しく微笑んでいるのを知らなかった。
あんなにも。あんなにも、優しく微笑んでいると知っていたら。
どうして。どうして今になって彼を……。
──ヒュー、ドッ、バッ、パラパラパラッ。
心を焦がす大きな花火の音。夜空を滑るキラめきを置き去りにして遠くまで響く花火の音。すぐに消えて、失くなる花火の音。
あの頃の彼は花火によく似ていて。
「…………」
今は違うのが痛い程分かってしまう。
学校を卒業してから数年後。彼は彼女と結婚し、初夜を迎えた。
夫婦の営みを覗き見ることに躊躇う気持ちはあった。例え、幽霊といえど人のプライバシーを侵害するのは最低だと思う。
でも、あたしはそれから目を背けることが出来なくて──
"……とても、アツい夜だった……"
やがて二人の間には女の子が生まれた。
二人の幸せを照らす眩い灯。生命の神秘そのものと言ってもいい眩い灯。この世界を幸福で包む眩い灯。
初めて。
初めて、あたしは目を奪われ、ただただ手を伸ばしていた。
「…………」
これが。この手の先にある温もりが、ずっと彼の知りたがっていたもの。
──生まれた子どもの名前は、あたしと同じ
灯里は健やかに育ち、彼のように澄んだ瞳に彼女と同じ綺麗な黒髪を持つ可愛い女の子になった。その笑顔は生まれてから変わらず希望に満ち溢れていて。かつてのあたしのように、この世界とは無縁に見える眩しさを放っていた。
それゆえに妬み、怒り、奪いたいとさえ思うのが人の心。
──けど、あたしにその心はなくて。
寧ろ、逆。
『パゥア。 パゥ……パ、パゥパ!』
灯里が初めて口にした言葉を聞いて、あたしは気付いた。自分の胸にも暖かい灯がともっていることに。
この子は、あたしさえも幸せにしているということに。
なら、あたしは……。
蝉の鳴く季節。
入り口に子ども達が置きっぱなしにしていったであろうラムネ瓶、空き缶、アイスの棒が転がる小さな商店。
そこで彼は花とカップのお酒を一本買い、店と隣接している坂道を一人で登っていく。
真夏の厳しい日差しは容赦なく降り注ぎ、彼の額から汗が溢れ落ちる。ぽたり、ぽたりと。
長い坂道を越え、彼がやってきたのはあたしのお墓。すでに先客がいたのか。掃除は済んでいた。
『…………』
とても長い合掌。
あたしの知る限りでは、彼があたしの墓参りをするのはこれが初めて。どうして今になってここへ来たのかは分からない。けれど、彼にとっては今来ることに意味があるんだと思う。
供花、お供え、線香を手順通り終えた彼は悲しみと嬉しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべ、息を吐く。
『ごめんな。 もっと早よ来るべきやったんやけど……』
ひゅーっと、風が舞う。
それは、とても虚しくて、あたしの胸をすり抜けた。
こんな近くに、すぐ隣にいるのに。
あたしは、あたしは。
『ちゃんと。 ちゃんとな、幸せになってから来たかってん』
え。
『トモリとの。 最後の約束やったから』
最後の、約……束ッ⁉︎
あたしが、約束。
彼と。
何を──……ッ!
「…………」
そうだ。
──あたしはあの女に殺されかけたところをあの
病院に搬送されて、
『ねぇ』
『トモリ! 今。 今すぐ、医者に診てもらって』
『…………』
『なん、やねん……その顔……なんで、そんな……』
『あげる。 あたしの全部』
『……何をやねん』
『あたしの、分まで。 あなたが生きる』
『……何、言うとんねん』
『あたし、もう。 充分知れたよ』
『……アホ。 そんなん、知らん。 知らんわ』
『だから……次は、あなたが……幸せを……』
『トモリ? トモ……ぁ……あ……。 ああ、ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ‼︎』
無事だった臓器をあげて、
彼の命に
"あたしは死んだ"
良かった。ただ死んだわけじゃなくて。
彼が知れなかったはずの幸せを、彼とともに──。
また風が吹き、彼の頬を掠める。すると、彼は導かれるようにこちらを向いて、
目と目があったような気がした。
fin.
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