『カナリアと毒』
・今月のテーマ
「衰退期」 「サプリメント」 「ニコニコ動画」
✳︎
怒っている。
気安くわたしの世界に触れるモノに。
怒っている。
分かった風な事を言うクチに。
怒っている。
だから、溜まっていく。腹の底に、毒が。
それを吐きだす為に、今日も"歌"う。腹の底から。
✳︎
──きっかけは些細なミス。ただのミス。
まさにカミサマの手違い。
「大丈夫! 音楽好きの
ある日、クラスメイトの
V doll──著名な音楽家やアーティストの作品をラーニングし、新たな音楽を生み出す人工知能。人を幸せにする為に生まれた機械仕掛けの天使。
まさに時代のニューウェーブ。世間の流行に敏感な女子高生なら皆が知っている。それどころか、我先にと必死に追いかけるのが普通だ。
しかし、私はV dollに欠片も興味がない。そもそも音楽好きでもない。いつもイヤホンをして音楽を聴いているのは確かだけど、それは寂しい口をあやすおしゃぶりと変わらない。ただの暇潰しだ。
とはいえ、それを言ったところでどうにもならない。だから、『帰ってから聴く』とその場はお茶を濁した。
そして、帰宅後に視聴。
自分で言うのもなんだけど、私は律儀で真面目な人間だ。聴かずにテキトーな感想を言ったりしない。だから、聴いてきたというのに──
「いや、aluphaって誰っ!? 全然違うよ!!」
登校して早々。透からお叱りを受けてしまった。理不尽だ。
「アルなんちゃらの新曲でしょ? 何が違うの?」
「あたしが言ったのはalba!」
「なるほど、聞き間違いか。 なら、仕方ないね」
「仕方なくない! そのaluphaって人だし、そもそもV dollはYouTubeで活動してるんだよ? ニコニコ動画を見ている時点でおかしいって気づいて!」
「いや、それは透が音楽って言うから」
「へ? どゆこと?」
「音楽といえばニコニコでしょ。 ほら、私たちが小学生の頃『のまのまイェイ』ってのが流行ってさ』
「…………」
その瞬間、透は真顔になり、大きなため息をついた。どうしてそんな暖かい目で見てくるのか分からない。
「なんていうか。 そうだよね、光思はそういう子なんだよね」
ただ、すごくムッとするのは確かだ。
「よし、今すぐ聴かせてあげるから待ってて!」
余程、聴いてほしいのか。透は鬼気迫る表情でスマホを取り出し、検索を始めた。私からするとそこまでする必要があるのか甚だ疑問だ。それに直接聴かなくても、クラスメイトの雑談に耳を傾ければおおよその見当はつく。
例えば、あの2人とか。
『albaの新曲最高だったよねー。 ギターがギュンギュイーン! って感じでー』
『分かる、それな。 あのTHE・ロックな感じ、ちょーイケイケだし!』
『歌詞はオタっぽいけど、声が綺麗だからイイよねー』
『分かる、それな。 たまにはああいうのも悪くないし!』
『ほんそれー。 ワタシら理解ありありの有吉〜──』
2人の下品と言っても過言ではない高笑いが教室の喧騒に溶け込む。制服を着崩し、ばっちりメイクをキメたイケてる女生徒達の会話に聞き耳を立てたところで抱くのはいつもと同じ──イラつきに似た感情。
どうせ"変わらない"。私にとっては。
「──ぇ、ねぇってば!」
「なに?」
「ほら、ん」
透に手渡されたイヤホンを耳にはめる。
『──♪ ──♪』
実際に聴いてみると大逆転──なんて事はなく、思っていた通り最先端技術だろうと"気持ち悪い"だけだった。
✳︎
──音の"色"。声にも。歌にもある"色"。
それは、この世界での価値を主張するかのように鮮やかに煌めく。
"私だけの感覚"。鬱陶しい。
「ホント好きだね」
放課後の教室。人のイヤホンを奪い取るなり、さも当然のように自分の耳にはめ、お約束となった台詞を吐く透。やけにニヤついた顔をしているが、私がaluphaの歌を聴くだけで、どうしてそこまで嬉しそうなのか。理解に苦しむ。
「ずっと聴いてて飽きないの?」
あの事件から早くも二週間。私は、あの日から暇さえあればaluphaの曲を聴いていた。その理由は単純なもので単に興味が湧いただけ。
「別に」
「ふーん、そっか」
透はイヤホンを外すと、不思議そうな顔をして肩をすくめた。
「今時、自分で歌うって、ねぇ。 しかも、作曲までしてる」
今の時代、V dollの音楽以外は存在しないと言ってもいい程世間に認められている。逆に言えば、V doll以外の音楽は存在しなくなった。歌は勿論、作詞・作曲も全てV dollが行なう。もし未だに人が歌うとすれば、それをなぞるだけ。自分達で作り出す事はもうない。
それに反感を抱き、V dollが作った音楽を認めないと豪語していた人達もいたが、ゆっくりと数を減らし、いなくなった。
だから、aluphaのような人は珍しい。
「もしかして、光思も歌は人の温もりがーってタイプだったりする?」
透とは今年の春からの付き合いでまだ関係が浅いとはいえ、そこまでアナログ人間だと思われているのは少し切ない。
「あれ、違った?」
「寧ろ、逆。 私からすると"人も、V dollも変わらない"よ」
「だったら、こっちも毎日聴いてよ!」
「いや、なんでそうなるの?」
「ふふん、それは私がV dollに魅せられ、その魅力を世界に伝え──」
「そう、話長くなりそうだから先に帰るね。 じゃ」
「わぁっ、ま、待って! 今日も、一緒に『Shangri-la』行こうよ!」
「え、また」
「だって、今日、
正直、行きたくない。
いくら一人で意中の相手に会いに行くのが恥ずかしい乙女といえど、何の目的もなく寂れた喫茶店に同行させられる身にもなってほしい。
「なんでも奢るからぁ」
「よし、行こうか」
しかし、タダでスイーツを食べれるのなら話は別だ。
──私には、見えている。"色"が指し示す未来が。
だから、間違えれない。いつだって正しい。
満足いくまでスイーツを堪能し、店を出た頃にはオレンジ色の太陽が空を茜色に染めていた。そして、その光があまりにも眩しいせいか。はたまた財布が軽くなったせいか。隣にいる透の瞳は目薬をさした後かのように潤んでいる。
「うぅ、鬼ぃ」
「そう思うならLINEくらい聞きなよ」
私とて食欲で友人を破産させたくはない。
「でも、いきなりは……」
「人生当たって砕けろだよ」
「当たって砕けたらダメじゃん……」
「でも、砕けないのはもっとダメ。 間違いなく後悔する」
「…………」
「って、偉い人が言ってたよ」
「……ごめん、忘れ物してきた。 先、帰ってて!」
「うん」
踵を返し、夕陽の中を駆けていく透。それはまさに青春ドラマのワンシーンを切り抜いたかのような光景。いや、恐らく結末まで一緒だからその通りかもしれない。
今日、透と話す明さんの声は目を背けたくなる程上機嫌だった。それが純粋な恋心なのか、はたまたいやらしい下心かまでは分からないけど、何かしらの気があるの確か。だから、当たるまでは大丈夫だろう。問題はその後──砕けるかどうか。
「とんだお節介だ」
それに、我ながら驕りが過ぎる。
──けど、"私"は見えない。
どんなに目を凝らしても、どんなに叫んでも。
何も、見えない。夢を見ていたいのに見れない。残酷なまでに正確無比だから。
自宅の前に着くと、身の丈に合わない大きな鞄を背負った小柄な女生徒が目に入った。
さて、どうして彼女がここにいるのかは分からない。しかし、我が家のインターホンの前で頭を抱えている様子からして、恐らく私に用があるのだろう。私達には、特に接点がなかったと思うけど、流石に無視して素通りは出来ない。
「ねぇ、同じクラスの
「ひゃわぁっ!」
いきなり後ろから声をかけて驚かせるのは申し訳ないと思い、隣に立ち覗き込むようにして声をかけてみるも無意味に終わり彼女は驚きの声を上げながら尻もちをついてしまった。
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど。 大丈夫?」
「い、いえ、こ、こちらこそ、すびません」
差し出した手を取り立ち上がる犬飼(仮)さん。余程、驚いたのか。立ち上がった今も生まれたての子鹿のように足腰が震えている。
「あ、あの、どうして、わたしの名前を?」
「だって、同じクラスだし、犬飼さんの名前は珍しいから」
無論、それだけで覚えていた訳ではない。
「な、なるほど、です」
「ところで、私に何か用?」
「えっ、あ、それは、その……あ、その……」
あからさまに挙動不審になる犬飼さん。これでは話が出来ないのは火を見るよりも明らかだ。
ならば、
「とりあえず、家入りなよ」
私の選択肢は一つしかない。
──そんなつまらない私を狂わせてくれるモノ。poison。
甘くて、痺れる。ジコチューなpoison。
「コーヒーで良かった?」
「あ、はい。 ありがとうございます」
犬飼さんはカップを受け取るとすぐさま口に運び、苦虫を噛み潰したような険しい顔をした。
「無理してブラックで飲まなくても。 シュガーとガムシロップはそこの容器に入ってるから」
「す、すびません」
どうして謝るのだろうか。どちらかといえば、先に言わなかった私の方が悪いのに。
「ぶ、ブラックで飲めるなんて。
「光思」
「へ?」
「名字で呼ばれるのは好きじゃないの」
「あ、すびません」
「あと、こんな薬みたいな味に慣れてもすごくなんかないよ」
「す、すびません」
「別に謝らなくていいのに」
「あ……はぃ」
「で、何しにきたの?」
「え、えと、じゅ、重大な話があって……じ、じじ、実はですね、その……信じて、もらえないかも、なんですけど……わ、わ、わちしがaluphaなんれぇすっ!!」
「え、知ってるけど。 それがどうかしたの?」
「あ、あはは、そうですよね、知って……えぇっ!? な、なな、なん??」
「声で分かるから」
「こ、声だけで……や、やっぱり……」
「まさかそれだけ?」
「え、ち、ちょっ、ちょっとお待ちをっ!」
何故か、ダイニングテーブルの下へ姿を隠す犬飼さん。その奇行に何の意味があるのか分からないけど、しばらく待つ事に。
「お、お待たせ、しました」
数分後。犬飼さんは机の下から顔の鼻から上半分だけをひょっこりと出してきた。目を覆い隠す程長い前髪の隙間から見える瞳が潤み、目を合わせたくないのか明後日の方向を見ている。どうやら余程恥ずかしかったらしい。
「ど、どうも、あ、alupha……です」
「それは分かってるから」
「うぅ……」
「いや、恥ずかしがらないでよ」
「す、すびましぇん」
何だろう、この子……すごく調子が狂う……。
「あ、あの、光思さんって、耳、いいですよね?」
「……どうしてそう思うの?」
「わたし、人間観察が趣味なんですけど」
ニンゲンカンサツガシュミ?
ダメだ、この子……ヤバい……。下手に関わると後悔するやつだ……いや、もう遅いか。
「光思さん。 いつもは先生が来る直前にスマホをしまっていたのに、最近は来てからしまってて変だなぁって……それで、もしかしたらイヤホンをしてるせいなのかなって……」
「そんなのたまたまだよ」
「二ヶ月もたまたまが続いたんですか?」
「…………」
「それに体育でソフトボールをした時、打球を見ずにキャッチしてました。 まるで落ちてくる場所が分かってたみたいに。 他にも」
「はぁ……そうだよ。 他の人よりはいいよ。 で、私の耳がいいから何なの?」
正直、聞くまでもない質問だった。
彼女が背負っていた大きな鞄。それはギターケース。そして、彼女はネットに歌をアップロードする程音楽が好きな人物。その彼女が耳のいい人間を見つけ、重要な話があるという事は、
「わ、わた、しと、バンド……組み、ませんか?」
勧誘以外あり得ない。
「ごめん。 無理」
「うっ……や、やっぱり、初心者、だからですか?」
音楽知識がない。楽器を弾けない、持っていない。そもそもメンバーが足りない等、問題が山積みなのは確かだ。
しかし、それ以前の問題がある。だから、私は音楽をやらない。しかも、その問題は私だけじゃない。
「それもあるけど、そうじゃない。 私達が"歌っても意味がない"からだよ」
彼女自身もだ。
「それは……V dollがいるから、ですか?」
「違うよ。 私達には──」
"色がないから"
✳︎
──汚れた指先でかき鳴らす音。
嗄れた声で叫ぶ。空へ。
でも、それはただの雑音。皆の体を蝕む不協和音。
だけど、"私を私たらしめる唯一無二の音"。
「ここにいたんだ、ロック」
「……そのあだ名、嫌いです……」
放課後の体育館裏。犬飼さんは三角座りでギターケースを抱え、顔をうずめていた。その声はグシャグシャに濡れており、落ち込んでいるのが手に取るように分かる。
「だったら、やらなきゃ良かったのに」
お昼休み。突如、朝礼台に現れた犬飼さんはワンマンライブを始めた。いや、正確にはギターをかき鳴らして、大声で叫び散らかしただけ。
言うまでもなく、先生からは大目玉。生徒からは嘲笑の嵐。そして、つけられたあだ名が『ロック』。常識を壊し、居場所を失った彼女にはピッタリのあだ名だ。
「分かって、ます……だけど、わたしは……っ!」
彼女の語調が強くなる。私のせいで。
昨日、
『分かってます。 それくらい』
彼女の心が折れる事はなかった。
それどころか、強い眼をしていた。真っ直ぐに前だけを見据える強い眼を。
『でも、わたしには、"歌"しかないんです。 他の人と違って、それでしか、生きられない。 なのに、それを奪われて、他でも生きれる人達が集まって、踏み荒らして、理解のある素振りをするんですよ。 上から。 許せない、です』
言っている事は身勝手そのもので到底他人には理解されない。
『だから、何?』
『だから、だから……あなたを利用したいっ! 利用して、もっと上手くなって、あの人達を黙らせたいっ!! わたし達のモノだって認めさせたいっ!!』
色々言いたい事はあったが、そんな些細な事はどうでも良かった。
『なら、たかが耳のいい私をアテにされても困るよ』
『たかがじゃないです。 わたしが光思さんを信用するのは"人も、V dollも変わらない"って言ってたからです』
『なにそれ……バカげてるよ』
何故なら、私はこの子に"何か"を感じてしまったから。胸を押し潰すような"何か"を──。
「耳がいいから音で分かるんだよね。 何でも」
「…………」
「いくら歌っても、上手くなっても、望むものはどうやったって掴めない。 いつこんな無意味な事やめるんだろうって思いながら聴いてた。 私みたいにやめればいいのにって」
「…………」
「ねぇ、まだ続けるの?」
「…………」
「そっか」
彼女は何年も前から歌を投稿している。ずっと独りで。
初めからそれを覚悟していたはずの彼女がどうして私を頼ろうとしたのか。疲弊したところで見つけたオアシスだったからか。唯一の理解者になってくれるかもしれない存在だったからか。
いや、違う。もっと単純で非科学的な理由だ。
「良い歌だったよ」
"色"のない彼女の歌と私の声が交差した時、確かに見えた。"色"が。
それは決して強い"色"ではない。だけど、儚く散ってしまう程弱い"色"でもなかった。明るいか、暗いかで言えば、何処までも暗く、淀んでいた。まるで触れたモノを全て溶かし尽くすかのように毒々しい。
でも、それは私の足りないモノを補い、一つになってくれる。
「私は貴方の歌を、私だけのモノにしたい。 紡いだ想いも、怒りも、全部」
だから、手にしたい。例え、彼女の未来を歪める事になったとしても。
──独占するよ。折れた翼で。
もう飛び立てないこの鳥籠で。
明日が来る。その時まで。
fin.
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