オールド・パッション。 episode.0

・今月のテーマ


「22世紀(近未来)」 「聖地」 「グラス」


✳︎


マスターは優しい女の子。


マスターはやんちゃな女の子。


マスターはロマンチストな女の子。


マスターは恥ずかしがり屋な女の子。


マスターは素直になれない女の子。


マスターは──恋する女の子。


私は、そんなマスターが大好き。


 ✳︎


『…………』

 とあるマンションの一室──幼馴染みであるテツロウの部屋。

 別に、ここに来たのは初めてではないが、緊張から今にも心臓が爆発しそうだ。それもそのはず、健全な小学生が眠りにつくような遅い時間に、いきなり電話で呼び出されたのだから。

「トモ」

 ずっと続いていた静寂を切り裂くようにボクの名前を呼ぶテツロウ。そして、そのままゆっくりと唇を動かし、

「実はな──未来からオレの彼女がやってきた」

 隣に座っていた美少女を指差して、とんでもない事を言い放つ。ボクは、この色ボケメガネが何を言っているのか理解するのに少し時間を要した。

「へぇ、そうなんだー」

「オマエ信じてないだろ。 ほら、セナからも言ってやれ」

「はい」

 セナと呼ばれた美少女は、スッと立ち上がり、ボクの側に来て、正座からのお辞儀をしてきた。

「わたくし、ミナモト セナと申します」

 近くで見ると本当に綺麗な人だ。

 切れ長のスカイブルーの瞳、艶のあるピンクの唇に高い鼻の整った顔立ち。

 そして、髪はロングのブロンドヘアー。ここまできて体型が悪い訳はなく、きちんとグラマラスだ。最早、洋画の中から飛び出してきたとしか思えない。

 というか、明らかに日本人じゃない。

「2169年の未来からやってきました」

 うん。言動も日本人じゃない。

「テツロウ。 これ、どういうことなの?」

「それは……。 色々あって一緒に住むことになった」

「いや、めんどうだからってハショるな!」

「じゃあ、コンビニへ行った帰りに、光とともに裸のセナが現れて、今に至る」

「そんな映画みたいなことあるか!」

「ところがどっこいあったんだよ。 なぁ、セナー」

「はい、ありましたー」

 バカップルかのように緩みきった笑顔を向けあう二人。なんだこれ……なんなんだ、これ……。

「まぁ、そのなんだ。 オマエを呼んだのは──自慢したかったからなんだ!」

「帰る」

「あ、おい、待てって。 冗談だよ」

「ボクが嘘と冗談が嫌いなのは知ってるだろっ! だから、何と言われても帰るっ!」

「おいおい、嘘は言ってないだろ」

「何が嘘は言ってない、だ! どうせこの人はレンタル彼女か何かでボクをからかってるんでしょっ!」

「卑屈なやつめ。 セナの右手をよく見てみろ」

 言われた通りに見ると、勾玉のような物が埋め込まれていた。

「未来人は右手にデバイスを埋め込んでるらしいぞ」

「はぁ? そんな手垢のついた設定で──っ!?」

 衝撃の光景に言葉を失う。

 セナさんの右手からGoogleの検索画面のようなものが立体映像で映し出され、あろう事かそれを空中で操作していた。

「どうだ?」

「つ、つまらないトリックだね」

「ほう、こんな手の込んだ悪戯をすると思うのか? 芸能人でもないのに」

「それは……しないと、思う」

「なら、話ぐらいは聞いてくれるだろ?」

「……聞くだけ、だからね」


 ──。


「つまり、セナさんは未来のテツロウに恩があって恩返しにきた、と?」

「まぁ、要約すればそうなるな」

「いや、そんなマンガみたいな話あっていいの……というか、そんな先の未来でテツロウが生きてる訳ないよね?」

「オレ、タイムマシンを作って未来に行くらしい。 そこで、セナに会うんだと」

「そんなめちゃくちゃな」

「まぁ、オレは常識に囚われん男だからな。 仕方ない」

「……なんで冷静でいられるの? わざわざ過去に来たってことは、さ」

「分かってるよ」

「じゃあ」

「今さら騒いだってどうにもならんだろ」

「で、でも」

「それに──ぶっちゃけこの状況は嬉しい。 男のロマンだしなっ!」

 あ、テツロウはバカだったんだ。忘れてた。

「でさぁ〜」

「ごめん、キャパオーバーでついていけない……だから、帰るよ」

「そうか」

「じゃあね」

「おう、またな」


 ──本当は、ただ苛立っているだけだった。


「あのバカ……ボクは……ん?」

 テツロウ宅からの帰り道。女の子が酔っ払いに絡まれている現場に遭遇した。

『す、すみません』

『だぁからぁ、すびませんって、い゛っでぇ』

 あの状況からして彼女が困っているのは火を見るよりも明らか。正直、見ているだけで胸が痛むので助けてあげたいが、か弱いボクには無理だ。

「なんでーもぅ、ゆるはへると」

「あ、あのっ!」

 と、普段のボクなら諦めていたと思う。しかし、その時ふとある事を思い出した。

──バタフライ効果。蝶の羽ばたきが遠いどこかで竜巻を起こす。

 もしボクが勇気を出して、少し変わる事で未来が変わるとしたら──そう、思うと自然と体が動いていた。

「じゃあかぁしぃわ、ボケぇっ!」

 だがしかし、現実はそう上手くいかない。

 勇ましく助けようとしたものの、酔っ払いに思いっきり殴り飛ばされ、

「あ、わぁっ!?」

 運悪くガードレールで足をもつれさせてしまったボクは、


──ドッ、ガッ!!


「死んだぁっ! 絶対、死んだよ、ボクっ!! ……アレ、生きてる?」

 あの時、間違いなくボクは車に轢かれた。体中痛くて苦しかったのも、病院へ搬送された時に母さんが大泣きしていたのも覚えている。

 いや、まさか『泣かないで』なんてドラマみたいな台詞が自然と出てくるとは思わなかった──じゃなくて。

「もしかして、ここは病院?」

 白のカーテンに病院用ベッド。そして、患者衣に着替えさせられているから間違いないだろう。良かった、ボク助かったんだ……もし死んでいたら後悔で地縛霊になっていた、なんちゃって。

「オォー、良カッタヨ。 チャント起キタノネ」

 と、安心したところで白衣を着た白髪頭のお爺さんが部屋に入ってきた。

「あの、主治医の方ですか?」

「ノンノンノン。 ワタシハ、オオタケ博士ヨ」

「はい?」

「ワタシ、君ヲ復元シタ偉イ人ネ」

「あー、そうだったんですかー……待ってください、ここ病院じゃないんですか?」

「ココハ人類研究ノ聖地──ヒューズラボネ」

「人類、研究……っ!?」

「ア、人類言ッテモ旧人類。 所謂、オールドタイプネ」

「ちょ、え、えぇっ!?」

「アァ、メンゴ、メンゴ。 マダ目覚メタバッカリデ何モ知ラナイネ。 今ハ2169年、君カラスルト未来ネ」

 博士の言葉を聞いて開いた口が塞がらず、地縛霊になっている方がマシだと思った。


 ✳︎


「はぁ……」

 研究所の庭でため息をつく。

 ボクが目を覚ましてからはや一週間。あの後、博士に大体の事情は聞いたものの、あまりにデタラメで鵜呑みに出来ないでいた。

 詳しい経緯までは分からないが、ボクは重症のまま百年近くもコールドスリープしていて、それを発見した博士が復元(治療)した。

 そして、目覚めたボクは未来へ。

 正直、一般人のボクをコールドスリープさせている時点で信じられないが、博士の右手にはあのデバイスが埋め込まれていた。なので、少なくとも未来だけは本当のようだ。

 次に、旧人類はボクがコールドスリープした数年後に大きな戦争が起き、約9割が死滅。そして、僅かに残った人類は同じ過ちを繰り返さない為に機械(科学)と融合し、新人類へと進化した。

 まさにSF映画そのもので信じられない。だが、研究所内の機材やAI等の技術力の高さを見れば嘘とは言い切れない。

 しかし、それらが嘘どうこうよりも、この世界自体の方が問題だった。

 ここから外を見渡す限りボクが生きていた頃と大して変わらない外観──というか、見渡す限りの緑がある田舎だった。

 未来とは思えない見慣れた景色だが、この世界には"ボクが知る人"も"ボクを知る人"もいない。

 つまり、ここはボクの知らない新世界と言ってもいい。いきなり、そんな場所に放り込まれたのだから心細くて仕方ない……。

 悪い夢を見ているだけ、早く目を覚ませ、と何度枕を濡らしたか。出来る事ならこんな世界とはサヨナラしたいが、それも出来ない。

 何故なら、ボクは貴重なサンプル。今もドローンに見張られており、そんな事は絶対に許されない。

「なんで、なんで」

 "ただ変えたくて、勇気を出して行動した"。それだけなのに……。

「こんなことになるなら、あの時に」

 弱音とともに涙が溢れたその時、

──ヒュゥゥゥウウウッ、ドォッン!!

 空から何かが降ってきた。

「な、何、今の……?」

 すぐさま、その何かが落ちた場所へと向かう。

 そして、

「嘘……でしょ!?」

 カノジョと出会った。


 ✳︎


「は、博士! 大変、大変なんですっ!」

「ドシタノ、ソンナ慌テテ」

「空から女の子が、メガネをかけた女の子が降ってきたんです! なんか、こうポッドみたいなのに入ってて」

「ハァ?」

「ちょ、なんですかその反応! 本当に空から」

「ドローン、反応シタ?」

「してませんけど」

「ダッタラ、タダノ不法投棄ネ」

「それどういうことですか?」

「アノドローンハ生命体ニ反応スルヨ。 ダカラ、反応シナイ=ロボット、恐ラク上カラ捨テラレタネ」

「上からって、まさか空に人が住んでるんですか?」

「逆ネ。 ココガ地下ヨ」

「え、太陽が見えてるのに?」

「言ッテナカッタケド。 アレ、ワタシノ作ッタホログラムネ」

「嘘っ!?」

「ヨク出来テルデショ」

「そ、そうですね」

「ソレジャ、ワタシ忙シイカラコレデ」

「待ってください! カノジョはどうするんですか……?」

「間違イナク壊レテル。 ダカラ処分ネ」

「そんな……博士にはなおせ、ないんですか?」

「専門外ネ」

「……だったら、ボクにください──」


 ✳︎


 カノジョと出会って以来、ボクは日記を書くようになった。


6月19日

 キミと一緒にいると博士が人形遊びをしているみたいで様になっている、なんて茶化してくる。

 けど、ボクは小さい頃から人形遊びをするような子じゃなくて、どちらかと言えば外に出てボール遊びをする方が好きだった。

 だから、アイツと出会えた──


──……ギッ。


6月25日

 今日は朝から雨が降っている。と言っても、ここの雨は博士が植物への水やりを横着する為だけのスプリンクラー。

 けど、そんなものでも、学校からアイツと一緒にずぶ濡れになって雨の中を駆けたことを思い出す──


──ギ、ギギッ。


7月7日

 今も七夕はあるのか博士に尋ねてみたら、一応あるらしい。せっかくなので星空にしてもらい、キミと天体観測──いや、正確にはプラネタリウムかな。

 そうだ、アイツとも天体観測をしたことがあったんだけど、あのバカは星を観る前に寝ちゃって最悪だった。

 日頃、ロマンうんたらとうるさいくせに、自分はロマンのカケラもない──


──カチッ。


7月18日

 海開きのシーズン。

 流石に、ここでは海を見ることしか出来ないけど、別に構わない。そもそも海は嫌い。

 だって、アイツの鼻の下が伸びるから。

 そういえば、キミも海は苦手なのかな? ロボットだし──


──カチャ。


8月5日

 夏の風物詩、蛍。

 ここに飛んでいるのは博士の作ったロボットだけど、本物と同じようにか弱い光で暗闇を照らしている。

 それは、とても幻想的で、儚くて。夏祭りの日、アイツの横顔を眺めることしか出来なかったボクと同じに見えた──


──カチャ、カチャ。


8月27日

 明日は、アイツに彼女が出来た日と同じ28日。ボクが轢かれた28日。本当にロクでもない28日。

 だって、もうアイツに会えないから──


──カチャンッ。


 -8月28日 当日-


 "・・・・"


「ん、んぅ……おはよぉ……ん、って、えぇっ!? な、なんで動いて、博士はもう動かないって」


 "・・・・"


「え、ボクの名前はミナセ トモエだけど」


 "・・・・"


「ま、マスターっ!? いや、ボクはキミを……その……」


 "・・・・"


「えっ、あ、うん、よろしく……じゃなくて、じゃなくてぇ──」


8月28日

 今日はとても良い日だった──


 ✳︎


 "そういえば、どうしてキミはメガネをかけているの? ロボットなら必要ないよね?"


 "・・・・"


 "あ、ごめん。 そうだよね、覚えてないよね"


 "・・・・"


 "そっか。 大切な人に、もらったのは分かるんだ"


 "・・・・"


 "え、それは……その『メガネ』が好きだから、かな"



fin.

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