積み上げる幸福。
・今月のテーマ
「シャボン」 「マスク」 「USBメモリ」
✳︎
ふわり、ふわりと宙を舞うシャボン玉
望んでツクったはずなのに
サケられない結末、弾ける瞬間がたまらなくカナしい
なら、初めからツクらなければいいのに
弾ける瞬間がキレいで、イトおしくて
また、ツクってしまう
✳︎
「私は兄さんの重大な秘密を握っています。 それをバラしてほしくなければ、今日一日言いなりになってくださいっ!」
朝早くに起こしに来たかと思えば、USBメモリを片手に不敵な笑みを浮かべる妹のキョウカ。その様は、某ロボットアニメのマスクキャラの如く意味深だ。本当に"重大な秘密"を握られているような気持ちになる。
しかし、僕はそんな物に一切心当たりがないどころか、生まれてこの方人に知られて困るような秘密を作った事もない。多分、これから先も作る事はないだろう。
故に、妹の言いなりになる必要は皆無だが、
「分かったよ。 何をすればいいの?」
可愛い妹の為ならばどんな事にでも付き合ってあげる。それが兄というものだ。
それに付き合わなかったら一日中不機嫌になりそうだし。
「では、朝食にフレンチトーストを作ってもらいます!」
「え?」
「ほら、はーやーくー」
「う、うん」
キョウカに急かされるまま、フレンチトーストを作ったが、
「ねぇ、キョウカって甘いもの嫌いだよね? 特に僕のフレンチトーストは」
「そうですけど」
「じゃあ、なんで?」
「今日はそういう気分なんです」
しかし、フレンチトーストを食べるキョウカの顔は幸せそのもので、嫌いなようには見えなかった。
「ふぅ、満足しました。 では、次はお出かけです!」
「出かける……あのキョウカがっ!?」
「何をそんなに驚いているんですか」
「だって、いつも家から出たくないって」
「だーかーら、今日はそういう気分なんです!」
「え、でもさ」
「ほら、早く準備してください!」
何だろう、今日のキョウカは変だな。甘いもの食べたり、休みの日は家から出ないと豪語していたのに出かけたり……あと、何かテンションも高い。頭でもぶつけたのかな──
「あのさ、デートって……こんなのでいいの?」
「いいんです」
デートと称してキョウカに連れて行かれたのは、小さい頃二人でよく遊んだ公園だった。しかも、特に何をする訳でもなく、ただ日向ぼっこをしているだけ。流石に、ここまで変な事が続くと本気でキョウカの頭が心配になる。よし、ここは。
「ねぇ、キョウカ──頭、大」
──ドゴッ!!
光速をも超えそうな拳が額にクリティカルヒットする。
「痛いよ、キョウカ……」
「私の頭は正常です」
まだ、言い終えていないのに……。
「それより……」
「それより?」
「次、行きましょうか」
「う、うん──」
公園から駅前の繁華街へ向かう際、ずっと気になっていた事を聞いてみた。
「そういえば、それどうしたの?」
キョウカの右手首には、見覚えのある水玉模様のシュシュが付けられている。それは、以前キョウカの友達であるミツキちゃんにプレゼントしたものとよく似ていた。
「あー、これですか。 今、こうやって付けるのが流行ってるんですよ」
「へぇ、そうなんだ。 髪を結ぶためのものなのに手に巻くなんて不思議だね」
「オシャレは大抵そうです。 見栄えが良ければ、元の使い方なんて関係ないです」
「ふーん。 にしても、水玉か」
「それが、どうかしたんですか?」
「いや、キョウカには似合わないなって」
「そんなの分かってます」
「じゃあ、なんで付けてるの?」
「人から貰ったものですから。 肌身離さず持っていたいんです」
「人から……あ、なるほど」
そっか、そういう事だったのか──
それから、デート(仮)を堪能した僕達は日が沈み始めた頃には家路を辿っていた。
「どう、上手くいきそう?」
「何の話ですか」
「別に惚けなくていいよ。 彼氏、出来たんだよね。 だから、今日はそういう気分なんでしょ?」
だから、好きでもない甘いものを食べて女の子らしく。公園で中学生らしいデートをシミュレーションして。流行り物のオシャレに気をつかい、僕と予行練習。我が妹ながらなんて健気なんだろうか。
キョウカは控えめに言っても可愛いんだから、そんな事しなくても大丈夫なのに。
「流石は兄さん。 お見通しなんですね」
「当たり前だよ。 だって、キョウカの兄だからね」
「そうですか。 じゃあ、コレ(USB)の中身も」
「もちろん──」
✳︎
あの人との出会いは、私が小学生の頃。友人であるキョウカの家へ遊びに行った時でした。
『いらっしゃい』
『あ、その、えと、きょ、キョゥ……』
『キョウカから聞いてるよ。 多分、もうすぐ帰ると思うから中で待っててよ』
『は、はぃ……』
私より何センチも大きい男の子。背丈の変わらないクラスメイトですら怖くて堪らない私からすると、それは想像を絶する恐怖でした。しかも、キョウカは不在。正直、心細くて、今すぐにでも逃げ出したくて仕方なかったです。
けど、
『えーと、ミツキちゃんでいいかな?』
『……ぅ、ん……』
『ゲームは好き?』
『や、やったこと……ない、です』
『そうなんだ。 じゃあ、一緒にやろうよ!』
『……ぁ……』
あの人の笑顔が、それを泡にして飛ばしてくれました。どこか遠くへと。
そして、あの人とするゲームはとても楽しかったです。少しの間とはいえキョウカと遊ぶ為に来ていた事を忘れる程に。
この時、心の底からキョウカが羨ましかったです。
それから、何度もキョウカの家へ遊びに行き、ひょんな事からお泊まりをする事に。あの時の事は今でも忘れません。
お手洗いを借りにいって廊下であの人とすれ違っただけて顔から火が出る思いになったのも、あの人が浸かった後のお湯に浸かっていたと知りドギマギした事も、キョウカとあの人の思い出話を聞いて胸を焦がした事も。
そして、朝食に作ってくれたフレンチトーストの味も。
『うへぇ、甘すぎ……ほっんときつい』
『え、そうかな。 一応、キョウカに合わせて控えめにしたんだけど』
『これで控えてるとか片腹痛いわ! ミツキもそう思うでしょ?』
『え、私は……これくらいが、ちょうどいい……かな』
『ほら、ミツキちゃんもこう言ってるし、これくらいが良いんだって』
『二人ともゼッタイおかしい……うっ、これで甘いものが嫌いなったら責任取ってもらうからね……』
『いや、それくらいじゃならないよ。 大体、責任って何を──』
『…………』
そう。本当に、これくらいが。ちょうど、いい。
私が二人の間に割って入るのは星を掴むくらい無理な事は理解していました。
それでも、
『あの、これ』
『誕生日プレゼントだよ。 開けてみて』
『……ぁ……』
『今、シュシュが流行ってるんだってね。 それで、その水玉が似合うと思って……。 う、腕! 腕につけたりしてもいいらしいし! それに──ミツキちゃんの髪は綺麗だから、ね』
夢を見ずにいられなかった。
『ありがとう、ございます。 大切に、します』
どんなに遠く離れていても、いつか叶う気がして。
でも、夢はあくまで夢のまま。いくら目の前にあろうと、触れる事は叶わない。
私が中学生になり、髪も腰ぐらいまで伸びた頃。とある問題が起きました。
『もうしっんじらんない! あたしより先に彼女作るとかあり得ないし!』
キョウカの怒り。それは、ただのヤキモチとは言えず、おもちゃのようにコクコクと相槌を打つ事しか出来ませんでした。
何とも滑稽で、何とも哀れです。
しかし、もっと滑稽で哀れなのはその日の帰り。公園で見知らぬ女性とあの人が一緒にいるところを見かけて、
『ごめん。 僕、好きな人がいるんだ』
あの人の気持ちを知ってしまった事。
いや、ずっと知っていた。あの人の瞳には"キョウカ"しか映っていない事ぐらい。
でも、言葉として──実感としては知らなかった。
だから、どうしようもないくらい。空っぽに、胸に穴が出来てしまった。
言うまでもなく、私はあの人と距離を置く為に適当な理由をつけてキョウカと遊ばないようにした。しかし、後にそれを後悔する事になる。
『一家を乗せた乗用車が、逆走したトラックと衝突し──』
ニュースを見た時、冷や汗が止まらなかった。いきなり水の中へ放り込まれたかのように息が詰まった。
そして、糸が切れたようにへたり込み、
『あ、ぁ、ぁぁ、あ……あ゛ぁ゛──』
慟哭の嵐が吹き荒れ、胸を悲しみに染め上げた。
あの人の両親は一縷の望みすらなく、辛うじて意識のあったキョウカも、
『ごめん、なさい……私……』
『……な、に……てんの……わ、け……ない、よ……』
糸を掴む事はなく、助かったのはあの人だけ。しかし、あの人も意識がなく、長い間眠りについていた。
私は何度も足を運び、何度も祈り、何度も悔いた。
そして、ある日。あの人が目を覚ました時、
『良かった。 本当に、良かった』
『キョウ、カ……何、泣いてるの?』
『……え……』
私は、ミツキは死んだ。
医者の話によると記憶が混濁し、一時的に私を妹と認識しているだけで、時間が経てば元に戻ると言われた。
しかし、いくら時間が経っても、私はキョウカのまま。それどころか、あの人の時は止まり、前へ進まなくなった。どんなに辛い現実を突きつけても、あの人の記憶には残らない。
もうあの人には"キョウカ"しか見えない。
だから、私はあの人に褒めてもらえた髪を切り、口調を変え、キョウカの──妹の
例え、"私"がいなくなっても"キョウカ"としてあの人の
なのに、一年に一度。誕生日の日だけは"私"を見てほいと、願ってしまう。残らない記憶をUSBメモリに溜めてしまう。
そんな事をしても、"空っぽのまま"だと知りつつも。
✳︎
「──僕らの思い出でしょ?」
「……え……」
「どうしたの? なんで泣いてるの?」
「い、いえ……当たる、と……思わなくて……どうして、分かったんですか?」
「だって──」
"去年も、その前の年も、その前も、一緒に過ごしたよね。 ──ちゃん"
fin.
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