タイトルは本文最後にあります。(実質、百合作品)

・テーマ「氷」 「扇子」 「リトマス紙」


✳︎


・「ヒーローの心」


 私の父は悪魔だった。

 天を衝く日本角、鋭い牙と爪、禍々しい黒い翼を持ち、先端が扇型の尻尾は鋼鉄を容易く切り裂いた。故に、『扇の悪魔』と呼ばれ、人々に暴虐の限りを尽くしていた。

 そんな父には宿敵がいた。

 愛を胸に人々を助け、悪を挫くヒーロー達だ。まさに父とは正反対の存在、互いに衝突するのは必然だった。

 父はたった一人で数多のヒーローを葬る程強かった。

 しかし、一人だけ勝てないヒーローがいた。父はそれが相当悔しかったらしく、負けて帰ると私に暴力を振るった。

 私は元から悪魔の父が嫌いだった。だが、悪魔であろうとも唯一の肉親である事は変わりない。だから、多少の家族愛を抱いていた。

 しかし、虐待で命を危険に晒されると、灰を吹き飛ばすように消えた。

 死にたくない私は父が眠っている間に家を飛び出し、遠くへ逃げた。父のいない何処かへと。

 そして、気がつくと人間達の住む街に辿り着いていた。

 当時の私は幼く一人で生きていくのは困難だった。だから、街の人達に助けを求めた。しかし、私の額にある二本角を見るや否や石を投げつけられた。

 当然だ。街を荒らし、散々自分達を苦しめてきた悪魔を助ける道理はない。

 だが、他に行く場所はない。だから、人目につかない場所で、苦い水を啜り、必死に生きた。亡き母の言葉を信じて。

 そして、

「ずっと、探していたよ」

「おじ、さん……だぁれ?」

「私はアレク。 又の名をマスクド・ナイツ。 君を助けに来た」

 暖かい手で私を救ってくれたのは鋼鉄のマスクを被ったヒーローだった。

 それからアレクに引き取られ、本当の娘のように育てて貰い、ヒーローになった。私にとってそれは最高に幸せで、アレクも喜んでくれていると思っていた。だが、アレクは私がヒーローとして成長すればする程寂しそうだった。

 月日が流れ、私が学校を卒業する頃、悲劇は起きた。

「探したゼ」

「な、何で、ここに……!?」

「しばらく会わない内に随分よそよそしくなったナ、親子なのにィ」

 今になって父が私の元へやって来た。その理由は、

「カカ、悪魔がヒーローごっこをシてるなんて面白いじゃないカァ。 しかも、あのマスクド・ナイツの娘としてなんてナァ」

 私の幸せを壊す為だ。

「俺の宿敵との暮らしは幸せだったカァ?」

 その時、父が唯一勝てなかったヒーローがアレクだと知った。

「その可愛いオーバーボディはどうしたァ? 優しいパパが作ってくれたってカ?」

「…………」

「オイオイ、感動の再会をしたのに黙りは良くないナ。 もっと話そうゼ、こんな風にナァ!」

 父の尻尾が私目掛けて飛んでくる。しかし、それは鋼鉄よりも堅い拳によって弾かれた。

「カカァッ、会いたかったゼ、マスクド・ナァイツゥ」

「私は会いたくなかったがな」

「釣れない事言うなヨ。 コッチは礼がシたくて堪らなかったのにヨォ」

「フンッ、なら、当てが外れたな」

「……みたいダナ。 まぁ、いいサ、結果は同じだからナァ」

「アレク、私」

「リカ、今すぐここから逃げるんだ」

「で、でも」

「ここに居ても足手まといになるだけだ!」

「う、ぁぁ、うわぁぁぁぁあ!」

 私は泣きながら逃げた。しかし、父が見逃してくれる訳はなく、執拗に追われ──ついに父の攻撃が私を捉え、顔のオーバーボディを破壊された。

 そして、倒れた私に父の追撃を避ける術はなかった。だから、

「グワァァァッ」

 アレクが私を庇った。

「あ、アレ……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」

 血の雨が降り注ぎ、グラグラと視界が揺れ、世界が壊れていった。


 ──そこからの記憶はない。


 気がつくと父はいなくなり、血塗れのアレクが倒れていた。

「アレク、アレク、しっかり、して」

「リカ……私は……」

「良かった。 今すぐ病院に連れて」

 もう手遅れと言わんばかりにアレクがそっと目を伏せた。

「ダメ、だよ。 アレクはヒーローなんだから。 それに、それに……死んじゃ、嫌だよ……一人に、しないで……」

「……これ、を」

 アレクは命よりも大事なマスクを私に託し、

「……信じて、いる……────。」

 最後の言葉を言い終えると静かに息を引き取った。

「あ、ぁぁ、あぁ」

 その日、初めて大声を出して泣いた。

 アレクのマスクを被ると、形が変わり、私にピッタリなマスクになった。

「私、絶対に……なるよ。 アレクのようなヒーローに」



 数年後、私はアレクの実娘であるケイとバディを組み、数多くの悪魔を倒した。真のヒーローになる為に。

 そして、

「リカ、あたしは絶対にあんたを殺す。 いや、殺さないといけない!」

 最後は私だ。



・「仮面の少女」


 ダディが大嫌いだった。

 あたしの家は多くの優秀なヒーローを輩出してきた名門で、幼少の頃からエリート教育を施されていた。それはとても厳しく、他の子のように遊ぶ暇はなかった。

 さらに、家の仕来りで人前で素顔を晒してはならず、マスクを被って生活していた。つまり、女の子としてのオシャレをする事も出来ず、鬱憤は溜まる一方だった。

 それでも、あたしは必死に頑張っていた。しかし、ある日限界を迎え、家を飛び出した。そして、外の世界へ出たあたしは一匹狼となり放蕩の道を選んだ。

 でも、本当はすぐに家へ戻りたかった。けど、偏屈なあたしはズルズルとその生活を続けた。ダディが亡くなった事も知らずに。

 ある日、あたしの前に鬼を彷彿とさせるマスクを被った少女が現れた。

「そのセンスの悪いマスク……あんたのじゃないよね?」

 少し形は変わっていたが、少女のマスクはあたしの胸に強く焼きついているダディのマスクと同じ物だと直感的に分かった。

「えぇ、これは貴方の父、アレクのものです」

「何であんたがダディのマスクを……まさか」

 あたしが唇を噛むと、彼女は穏やかな声で、

「そうではありません」

 と言い、ダディの死を教えてくれた。



「嘘……何で……」

 この目で見るまで信じたくなかった。いや、この目で見ても受け入れたくなくて泣きついた。ダディの名が刻まれた冷たい石に。

「すみません、私の……せいです」

 力なく項垂れる彼女を糾弾する気は微塵も起きなかった。しかし、彼女の事が憎くて堪らなかった。

「あんたはダディの遺志を継いだんだよね?」

「はい」

「じゃあ、ダディの全てを」

「心得ています」

 あたしもダディから直接手ほどきを受けた事はある。しかし、それはごく僅かなもの。

 だが、彼女は違う。体つきを見れば分かる。嘘偽りなくダディの全てを受け継ぎ、あたしが手にする筈だったものを持っていた。

「ねぇ、お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「あたしとバディになってよ」

 だから、ヒーローになった。リカからダディの全てを奪う為に。



・「血を分けた悪魔」


 あいつは大バカだった。

「正気か、悪魔の子を育てるなんて」

「ジョン、聞いてくれ、あの子は」

「いいか、俺の時とは違うんだぞ! 見てくれを誤魔化したって、中身は悪魔だろうがっ!」

「違う、あの子は優しい。 それに──」

 あいつは必死に綺麗事を並べたが、俺には空虚な言い訳にしか聞こえなかった。

「まさか、アリーの事を忘れた訳じゃないよな?」

「忘れてなどいないさ」

「だったら」

「忘れていないからだ」

「……分かったよ、手を貸してやる」

 ──俺にはあいつがその子を育てたい本当の理由は分かっていた。


 そして、あいつは俺の助けを得て、悪魔の子をヒーローに育て、死んだ。

 あいつが死んでから俺はさらに悪魔を憎み倒し続けた。

 しかし、いくら倒そうとも因縁の扇の悪魔へは辿りつけなかった。それどころか、あの日以来やつの目撃情報はなく、他の悪魔を締め上げても、何の情報も得れなかった。

 やつが見つからない事に苛立ちを覚え始めたある日。上からヒーローの中に悪魔が紛れこんでいると情報が入ってきた。

 言うまでもなく例の子だ。俺はまた上にバレないように手を回すつもりだった。しかし、もう一つの情報で事態は急変した。



「よぉ、ケイ」

「あ、ジョンおじさん、相変わらずの悪人面だね」

「ったく、悪人面はよせって言ってるだろ」

 正直、シャレになってねぇからな。

「んー、考えとく」

 あいつの愛娘のケイ。一時期は家出娘になっていたが、今では立派なヒーローだ。

 あの時は、あいつに頼まれて裏で支援するのが大変だったな。まぁ、それは今でも……か。

「何ニヤニヤしてるの?」

「あ、いや、何でもない、気にするな。 それより渡しておきてぇ物があるんだ」

 これが最後になるからな。



 草木が眠る頃、街外れの廃墟にやつを呼び出した。

「ようやく来たか」

「どうしてこんな場所に……」

 諸悪の根源たる悪魔の子──リカを。

「俺は無駄話が嫌いでね、単刀直入でいくぜ。 扇の悪魔さんよぉ!」

 懐から取り出しナイフで自分の腕を切り、血を見せると、リカは頭を抱えて苦しみ始めた。何かを恐れるように。

 そして、オーバーボディを貫き、扇型の尻尾が現れた。

「やっぱりな」

 悪魔は親子であろうと同じ特徴にはならない。つまり、特徴が同じという事は。

「ちが、う……私は……私じゃない」

「細けぇ事はいいんだよ、お前があいつの仇って事は変わらねぇんだからなっ!」


 ──あいつとの友情の為に、どうしても戦わなければならなかった。例え、無謀でも。


「チッ、ダメだな……俺は」

 黒い影が爪をジャキ、ジャキと鳴らしながら近づいてくる。

「カウントダウンか……粋だな」

 審判の時、容赦なく鋭い爪を腹部に突き立てられ、大洪水のように血が流れた。

「へっ、情けねぇな……あいつの為に、終わらせる……つもりが」

 その時、ポタリと涙が落ちてきた。

「お前……ったく、あいつは……」

 ──初めから分かっていたんだ、アリー。



・「リバース」


 苦しい戦いだった。

 リカはダディと同じ一族秘伝のパワー、フェイバリット・ホールドを使えるうえに悪魔の力がある。だから、あたしが付け入る隙は何一つなかった。

「さっきの威勢はどうしたんですか?」

「うるさいっ!」

「如何なる時も冷静に。 そう教えられた筈ですよ」

「なっ!?」

 勢いに任せて放った拳はいとも容易く受け止められ、瞬く間にアルゼンチン・バックブリーカーを決められた。

「ほら、早く抜け出さないと背骨が砕けますよ」

「グ、ァァ」

 ピンチの時、決まってヒーローは不思議な力で逆転勝利する。それこそリカが使ってみせた一族秘伝のパワーで。

 しかし、あたしにそれは出来ない。何故なら、ヒーローじゃないから。

 あたしはダディに見て貰いたくてヒーローを目指しただけ。正義の心なんてない。

 本当のあたしを見てくれないダディに怒り、自分勝手に生きるような愚者。素質もないだろう。

 ヒーローになったのはエゴで、リカだけがダディの全てを持っているのが嫌だったから。

 いつもダディの事ばかり。そう、あたしはただの甘えん坊だ。

「ダ、ディ……」

「っ!」

 だんだん意識が遠のいていき、諦めかけたその時、リカが泣いている事に気付いた。

「アレク、ごめんなさい……私、ヒーローになれなかった……血に……悪魔に逆らえなかった……」

 それは悪魔は悪魔でしかない悲しみ──あたしはリカの真意に気付いた。

 即座に技から抜け出し、全身全霊をかけてリカとぶつかりあった。



「見事、です」

 激しい攻防の末、辛くもリカを倒した。

「無事、アレクを……超えましたね」

 今にも消え入りそうなリカを抱き抱えると、体が震えた。

「泣かないで、ください……ヒーローが、悪魔を倒した、だけです」

「バカ……バカぁ」

「……これ、を」

 リカはマスクを外し、あたしへ手渡した。

「その顔……!?」

「醜い、ですか?」

「違う、あたしと同じ顔してる」

「同じ。 そう言って、貰えると……嬉しい、ですね」

 リカの声がどんどん弱々しくなる。あたしは、その話を続ける時間はないと悟り、口を噤んだ。

「信じて、います……ケイなら、スーパーヒーローに……なれる、って」

「でも、あたしは」

「大丈夫、です……貴方なら」

「リカぁ!」


 "あんたは本当のヒーローだよ、誰が何と言おうと"

 "その言葉……アレクと……ふた、りで……"


 ──あ、ぁぁ、あぁ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!


 その日、初めて涙が枯れるまで泣いた。


 日が昇る頃、リカの体は青ざめて冷たくなり、それと対比するようにあたしの胸は熱く真っ赤に燃えていた。




『スーパーヒーローとリトマス紙』

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