Tel・照ル・がーる。

 ・今月のテーマ


「携帯電話」 「約束」 「巫女」



 とあるマンションの一室。ケータイを大切なクマのぬいぐるみかのように抱え、悶々とする一人の少女がいた。

 その表情はまさにBAD。大雨の中で膝を抱えているかのように暗く、ジメジメとしていた。そんな少女とは対照的に外は快晴。太陽は悠々自適に人々を照らし、絶好のお出かけ日和となっていた。

「巫女も随分と変わりましたね」


「確かにな、袴がミニスカみたいに短くなっちまって、もう。 やつら平気な顔で太ももを晒してやがる。 控えめに言ってえっちだ」


「いえ、服装じゃなくて巫女自体の話です」


「あぁ? どういうことだ?」


「昔、巫女は清楚、厳格、邪を祓う神聖な人で有難くも近寄りづらい印象だったじゃないですか。 でも、今ではコスプレの一種になり、そのカケラもなくなりました。 さらに、場所によってはコンビニ感覚で会え、身近な存在になったと言っても過言ではないです」


「まぁ、ものの印象なんてきっかけ一つであっさり変わっちまうもんだしな」


「そう、まさにそれです」


「ん、何がそれなんだ?」


「巫女がコスプレの一種になったのも、些細なきっかけで書き換えられた印象。 つまり、どんなものでもきっかけさえあれば印象を書き換える──変わることは簡単なのです」


「それで?」


「わたしは…………」


「急に黙り込んでどうしたんだよ。 朝から悪いモンでも食って腹が痛くなったか?」


「違います……周りからの印象よりも、先に……自分を変えないといけないです」


「ほう、自分を変えないと、ねぇ」


「おかしいですか?」


「いや、今さらイケイケになりてぇなんて殊勝なことだと思ってな」


「い、イケイケ!? そうじゃありません!」


「じゃあ、何で昨日は夜遅くまで女性誌と睨めっこしてたんだ?」


「そ、それは……」


「陰キャのオタク女から変わりたくなったんたろ? 大好きな彼のためにさ」


「……だ、だだだ、大好きな!? ち、ちがっ! ……うぅ」


「別に、隠さなくたっていいじゃねぇか。 俺はよーく知ってんだからな」


「……そうです、彼に相応しく……明るくなりたいんですっ! 一緒に陽の下を歩いても恥ずかしくないようにっ! でも、何をしたらいいのか分からなくて……」


「そんなの俺にも分からねぇぞ」


「……ですよね」


「そう焦るなよ、変わるのに時間がかかることもある。 それに、その気持ちがあれば大丈夫に決まってるさ」


「そうだと、い……っ!」

 その時、トゥルルル、トゥルルルルとケータイの着信音が鳴り響き、少女の言葉を遮った。

「ちょーっと、すまねぇな。 はい、もしもし──」

 しばらく話し込んでから電話は切られた。すると、少女の胸にドッと波が押し寄せてきた。重く、激しく、水圧で押し潰すかのように。

「……ッ。 ……ぅ。 …………」


「フゥ、いやぁ、今日は大事な約束があったのをすっかり忘れてたぜ」


「彼、気が短い方ですから遅刻なんてしたら大変ですよ」


「だな。 んじゃ、そろそろ行くわっ!」


「……そうですか、じゃあ……」

 少女は、しばらく考え込み、ペチャンと、何かが潰れたような気持ちになった。そして、それから逃れるようにベッドへダイブした。

「はぁ……ダメだなぁ、わたしって……」


「おう、全くもってダメダメだぜ」


「……ハッキリ言わないでください」


「うるせぇ、この陰キャオタク女。 いや、根暗ジメジメ女がっ!」


「……そこまで言わなくても……酷いです」


「ハッ、俺に言わせりゃドタキャンしたお前の方が酷いぜっ!」


「うっ、確かにそうですけど……だって……」


「だって、じゃねぇ! 楽しみにしてたのは嘘だったのかよっ!」


「……嘘じゃないです……行けば、きっと楽しい……だから、本当は行きたいです……でも、陰(いん)ならまだしも陽(よう)の場所は……私には、辛いです……学校さえギリギリなのに……休みの日にも、なんて……」


「かぁーっ、これだからお前ってやつは。 暗すぎるぞ!」


「……分かってます、そんな事ぐらい……でも、そう簡単には……」


「いつまでもそんなんじゃ、すー、てー、らー、れー、るー、ぞっ!」


「……そんなの……」

 少女が唇を噛み締めたその時、

「へぇ、誰に捨てられるって?」

 不意に背後から声をかけられた。無論、突然の出来事に少女はギョッとした。少女は、すぐさま体を起こし、入り口へ視線を向けると、しかめっ面でドアにもたれかかる青年を目にした。

「ちょちょっ、ちょえ、とフ……不法侵入っ!?」

「わりぃな、ちゃーんとインターホン鳴らして入ったぜ」

「うっ……ママのバカぁ……」

 不測の事態に頭を抱える少女。それに構わず青年はゆっくりとした足取りでベッドへ近づき、少女の隣に腰掛けた。

「あ、あの……怒ってますか?」

「別にぃ。 怒っちゃいないさ」

「…………」

「ところで、サイン貰っていいか? 名女優さん」

「わわっ!? これは、その……そうじゃ、なくてぇぇぇっ!!」

 頰を真っ赤に染めた少女は慌てて手に持っていたケータイを背後へ隠すも時すでに遅し。写真との一人芝居は、青年にバッチリ見られていた。

「……怒ってますよね」

「…………。 なぁ、そんなに行きたくなかったのか?」

「うっ……んぅ」

「なら、行くのはやめにすっか」

「えっ!?」

「何、驚いてんだよ」

「てっきり、わたしを迎えに来たのだとばかり……」

「お前なぁ。 俺が嫌がる女を無理矢理外へ連れて行くようなやつだと思ってたのか?」

「……ちょっと」

「かぁーっ、信用されてねぇなぁ。 泣くぞ」

「だ、だって」

「だって、じゃねぇ! いいか、俺は惚れた女にワガママを押し付けたりしねぇよ。 分かったか?」

 青年は呆れたような表情でこめかみを二回、トントンと叩く。それを見た少女はクスっと笑い、言うまでもなく青年は首を傾げた。

「小学生相手に高校生がワガママを言う訳にはいきませんもんね」

「ったく、茶化すなって」

「ふふ、やですよーっだ!」

「ハッ。 ほんじゃまぁ、今日もお家デートといきますか、お姫様」

「はいっ!」

 満面の笑みを浮かべ、ゲーム機を取り出す少女。それは彼女には似つかわしくない程眩しいもので、それを知るのはたった一人だけだった。

 だがしかし、

「 ところで」

「おい、何すんだ! 対戦中にポーズはナシだろ!」

「一つ聞きたいことがあるんですが……」

「いきなりなんだよ」

「巫女喫茶って興味ありますか?」

「ああ? そんなのあるわけねぇだろ」

「……ですよね。 まぁ、別に……いいんですけど」

「いや、なんだよ今の!? 変な揺さぶりかけんなよ!」

「…………」

「ちょ、いきなり始め、んなっ!? おいおい、そんな隠し玉があるなんて聞いてねぇぞっ!」

 それで二人の仲が進展する事はなく、外でデートをする日はまだまだ遠いのであった。

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