第33話 バレンタインデート

 2月14日。バレンタインデー当日の午後。


 俺は、身支度を整えていた。

 今日は結衣とデートの予定だ。

 何度もデートはしているが、お泊りでとなると、クリスマスイブのとき以来だ。

 

「昴、嬉しそうね?」


 ニコニコしながら、母さんがそう問いかけてくる。


「まあ、そりゃ、な」


 照れくさくて、頭をかきながらそう答える。

 男としてはやはり、バレンタインデーに彼女とデートというのはロマンだ。


「お泊りか。ふふ。もう、ほんとにラブラブよねー」


 そうからかってくる。


「恥ずかしいから、ほどほどにしてくれ」

「もう付き合って結構経つんだから、慣れてもいいのに」

「今日はちょっと特別なんだよ」

「とにかく、楽しんでらっしゃい♪」


 そんな会話を交わしながら、結衣の到着を待つ。

 いつも通り、家で待ち合わせる約束だけど、結衣のやつ、いつもより遅いな。

 たまに何かに夢中になっているときに、時間がすっぽぬけることがあるが……。


 約束の時間から15分しても来ないので、さすがに心配になってくる。

 LI〇Eでメッセージを送ると、


【ごめんなさい。ちょっと本に夢中になってて……】


 ごめんなさいのスタンプとともに、そんな返事がかえってきた。

 とりあえず、何もなかったようなので、何よりだ。

 しかし、何の本を読んでいたんだか。


 数分後、インターフォンが鳴る。


「それじゃ、私は引っ込んでるわね。ごゆっくり~」


 気を遣ってくれるのはありがたいけど、それなら黙って引っ込んでて欲しい。


「おはよう、昴ちゃん♪」


 そんな言葉とともに結衣が現れた。

 服装は、上は白ワンピースに下はロングスカートだ。

 少し幼いイメージのする服装は、結衣にとても似合っていて、不覚にもどぎまぎしてしまう。

 

「あ、ああ。おはよう」


 動揺を悟られまいと、


(平常心、平常心……)


 少し視線をそらしながら、返事を返す。


「なんか……いつもとイメージが違うってか。でも、似合ってると思うぞ」

「ありがとう、昴ちゃん」


 そういうと、いきなり抱き着いてきた。


「お。おい」

「駄目?」

「駄目なわけじゃないが……」


 身体中をぎゅっと強く抱きしめられる。

 

---


 家を出ると、いつものように手をつないでくる…と思ったら、

 身体を思いっきり寄せて、腕を組んできた。


「お、おまえ、どうしたんだ?」


 いつもと違う様子の結衣にさっきからドキドキされられ続けている。

 

「昴ちゃんと、こうしてみたいと思っただけ。それとも、嫌?」

「嫌なわけじゃないが……」


 いつもと色々様子が違うのに、戸惑う。

 そういえば、呼び方も「昴」じゃなくて「昴ちゃん」だ。


「って、昴ちゃん?」

「やっと気づいた?」


 結衣の顔を見ると、いたずらっぽい笑み。


「……ってわざとかよ」


 結衣がこんなイタズラをしてくるとは思わなかった。

 やられた。


「どうだった?」

「不覚だけど、ドキドキした」

「私も、なかなかのものね」


 そんなことを言う結衣。


「で、どうしたんだ?」

「昴ちゃんを驚かせたくて。アルバムを見たのもあるかしら」

「呼び方はそのままなのな」

「駄目?」

「今日一日だけなら」

「じゃあ、それで」


 結衣なりに、今日のデートには気合を入れてきたのだろう。

 そう思うと、微笑ましく思えてきた。


---


 郊外のプラネタリウムに到着。

 予定より30分遅れたので、次の上映を待つ必要がありそうだ。

 どこかで時間を潰すか。


(ね、昴ちゃん)


 横から声をかけられる。

 見ると、上目遣いで、建物の物陰を指している。

 何か話したいことでもあるのだろうか。


 引っ張られるようにして、物陰に移動すると。


「ん……」


 いきなり、抱きしめられてキスをされる。

 しばらくキスを黙って受け入れていると、舌まで入れてくる。


 キスを終えて気が付くと、15分も経っている。


「お、おまえな……」


 顔が火照っているのが自分でもわかる。

 以前にも、何かのスイッチが入ったように、結衣はこういう状態になることがあった。


「なんだか我慢ができなくて」

「まあ、嬉しかったけど」

 

 さすがに、ちょっと場所は選んで欲しいところだ。


 それから、しばらくして、プラネタリウムに入場する。

 今回は、宇宙誕生から今日までをテーマにしたものらしい。


 無。ビッグバン。宇宙の誕生。超新星爆発。

 名前くらいは聞いたことのあるそういった単語とともに、宇宙や星空が投影される。

 ロマンチックというより、ドキュメンタリーのような感じだが、結衣が特に好きそうだ。

 解説を聞きながら、横目で結衣の様子を伺う。

 じっと真剣な目でスクリーンを見ているようだ。

 ひたすら何事かに没頭しているときの眼だ。


(何を考えているんだろうな……)


 そんな結衣の様子を眺めながら、プラネタリウムを楽しんだのだった。


---


 場所はプラネタリウム近くの喫茶店。

 夕食までまだ時間があるので、しばらくお茶をすることにしたのだった。


「そういえばさ」

「なに?」

「何を考えてるんだ?」

「何って……プラネタリウムのとき?」

「それもだけど。なんていうか、ずっと集中しているときの眼っていうか」

「眼?」

「って、結衣には自覚がないか。なんていうか、遠くの1点を見ているような感じがするときがあるんだよな」

「遠く……」


 考え込む結衣。


「いや、わからないならそれでいいけど」

「色々かしら。さっきだと、小さい頃の昴ちゃんの事とか、デートの思い出とか」

「解説は耳に入ってないのな」


 てっきり、宇宙とか天文について考えを馳せていたのだとばかり。


「もちろん、聞いていたわよ。ただ、不思議と、別のことが色々思い浮かぶの」

「一周まわって、そこまでできるのは才能だな」

「そうかしら。気が付いたらそうなってるのだけど」


 不思議そうに小首をかしげる結衣。

 未だにこいつの思考回路はよくわからないことだらけだ。

 ただ、それでいいんだろう。


---


 プラネタリウムの近くにある、少しだけこじゃれたレストランにて。

 

「なんか、いかにも、バレンタインデーのデートって感じよね」

「まあ、わかるけど」


 夕食を食べながら、小声で話す。

 せっかくなので、バレンタインデーなので、いかにもカップルが行きそうな

 レストランを予約したのだが、案の定、周りはカップルだらけだ。

 俺たちもその中の一人だけど、少し居心地が悪い。


「でも、美味しいわ」

「うん。美味い」


 今食べているのは、ヒラメのムニエルだ。

 普段、こういう料理を食べることは無いけど、たまにはこういうのもいいかもしれない。

 財布に痛いので、あまり贅沢はできないけど。


---


 夕食でお腹を満たした後、夜景の見えるホテルへ。

 部屋はツインルームで、カップル御用達って感じで気恥ずかしい。

 結衣も同じらしく、言葉少なだ。


 こういう時にキザったらしい言葉を言える奴は凄いと本気で思う。


 そういえば。

 チョコをくれるということだったけど、まだだろうか。

 結衣のバッグをちらちらとみる。

 さすがに、忘れているということはないと思うが……


「なあ、結衣」

「なに、昴ちゃん?」

「今日は、バレンタインデーだよな」

「ええ。それが?」


 何をいってるのだろう、といった声音と表情だ。


「いやその、チョコ……をくれるって話だったよな」


 催促しているようで、気恥ずかしいので声がどんどん小さくなっていく。


「チョコ……あっ」


 何か思いだした様子だ。

 って、本当に忘れてたのか?


「ご、ごめんなさい。すっかり忘れてて……」


 途端に動揺しだす結衣。


「別に忘れてたのなら、気にしなくても……」


 彼氏に渡すチョコを忘れてたとなれば、動転するのもわからなくはないけど。

 なだめようとしていると、結衣は、バッグを何かごそごそ明後日、ラッピングされた

 ハート型の箱を差し出して来た。


「はい、これ」

「あ、ああ。ありがとう。って、忘れてたわけじゃないのな」


 あの様子だと、忘れてたのかと思ったけど。


「さすがに忘れないわよ。渡すのを忘れてただけで」

「そういうことか」


 用意するのを忘れてたんじゃなくて、渡すのを忘れてたってことか。

 それだけ、気合を入れてきたんだろうけど、プランまで頭から吹っ飛ぶのはこいつらしい。


「開けていいか?」

「もちろん。でも、メッセージカードは、一人の時に読んで」

「いいけど。なんで?」

「恥ずかしいから」


 顔を赤らめてうつむく結衣。

 そんなこっぱずかしいメッセージなのか。

 気になるな。


「おお。よく出来てるな」


 ラッピングをほどいて、箱をあけると、そこには、見事な、手のひらより少し大きい、

 ハート型のチョコレートが。

 

「これって、型とかは売ってるのか?」


 もっと小さいものなら、通販で売ってそうだけど。


「さすがに、この大きさは売ってないわね」

「じゃあ、どうしたんだ?」

「作ったの。こんな風に、ホイルを使って……」

「へえ。結構手間がかかりそうだな」

「そうでもないわよ。最近はネットにやり方が載ってるし」

「でも。ありがとうな」

「ええ」


 ハート型のチョコにさらに、小さいハートのデコレーションを入れるという念の入れようだ。

 結構な手間暇がかかっただろうに。


「食べてもいいか?」

「どうぞ」


 造形を崩すのは気がひけるくらいの出来だったが、

 割って、ひとかけらを口に運ぶ。

 むぐむぐ。


「うん。美味い。甘すぎないのも、いいな」

「でしょ?」


 少し得意げだ。


「ほら、結衣も」

「え、私?」


 別のかけらを結衣の口にもっていく。

 

「……うん。美味しいわ。よかった」

「なんつーか、いかにも、カップルなイベントって感じで、恥ずかしいな」

「そうね……でも、悪くないわ」

「だな」


 そうやって、食べさせあいっこをした後。

 俺はベッドに身体を預けていた。


 結衣はシャワーを浴びている最中だ。

 お泊りはあの日以来なので、少し緊張する。


(そういえば……)


 メッセージカード、結衣のやつは後で一人のときに読んでといってたが。

 何が書いてあったのだろう?


 鞄に放り込んであったメッセージカードを取り出して、開く。


「大好きな昴ちゃんへ。

 今まで、ずっと一緒に居てくれてありがとう。

 昴ちゃんが、「家族」になってくれたあの日から、どれだけ救われて来た

 ことかわかりません。

 好きなことに気が付くのにとても時間がかちゃったけど、

 ずっと待ってくれていたのも嬉しく思います。

 クリスマスイブの夜のことはずっと忘れません。

 そして、きっと、今夜のことも……。

 これからも、家族として、ずっと一緒に居てください。

 結衣より 愛をこめて」


 読み終えると、身体中が熱を持っているのを感じた。

 読んでいるこっちが恥ずかしくなるぐらい直球のメッセージ。

 どれだけ俺のことを想って書いてくれたのかがわかる。


 一人のときに読んで欲しい、となるのも納得だ。

 俺もこの夜のことをずっと忘れられそうにない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る