第32話 彼女と家族の情景

 物心ついたときから、いつもパパとママは折り合いが悪かった。


 朝早く出かけて夜遅く帰ってくるパパに、家事と私の面倒を見るママ。

 

 今思えば、どっちが悪かったわけでもないのだろう。

 パパはパパで家庭を支えるためだと仕事に真面目だっただけだし、

 ママはママで私の面倒を見るのと家事に真面目だっただけなのだ。


 ただ、パパはいつも遅く帰ってくる自分の気持ちをわかってくれないとママに苛立っていたし、ママは子育てに協力してくれないとパパに苛立っていた。


 「なんでわかってくれないんだ!」「それはあなたの方でしょ!」

 

 そんな不毛なやり取りがいつものように繰り返されていて、私はいつもつらかった。

 耐えかねて家を飛び出した私は、決まって、仲が良かった「昴ちゃん」のいる結城家に避難していた。

 

 深夜なことが多かったのに、よく、おじさんもおばさんも受け入れてくれたものだ。


「好きなだけ居なさい。パパとママには言っておいてあげるから」

「そうよ。うちを我が家と思っていいからね」


 そう言って私を受け入れてくれた結城家の人たち。

 そして、頭をなでながら、泣き止むまで話を聞いてくれた、「昴ちゃん」


 そう優しく迎えてくれることが嬉しかった。

 でも、「昴ちゃん」もおじさんもおばさんも、家族ではない。

 だからと、ほとぼりが冷めると家に戻る、ということを繰り返していた。


 そんな毎日は、パパとママが離婚するという形で唐突に終わった。

 子どもながらに読書が趣味だった私は、「離婚」の意味はなんとなくわかっていて、

 ようやく、辛い日々から解放された、と少しほっとしたのだった。


 パパは、やっぱり、帰るのが遅かったけど、優しくしてくれたし

 「昴ちゃん」たち、結城家の人たちも、パパが居ないときの面倒を見てくれた。


 でも、私はどこか寂しかったのだと思う。


 それが少し変わったのは、小学校の入学式。

 パパとおじさんは朝から仕事があったので、

 私はおばさんと「昴ちゃん」と一緒に入学式に出たのだった。


 でも、「迷惑をかけてしまっている」と日頃から気にしていた私は、

 

「一人で帰る」


 と、勝手に帰ろうとしたのだった。

 

 そんな、私に「昴ちゃん」は、


「じゃあ、「僕」は家族だからいいよね」


 当然のように、そう言ってくれたのだった。


 それからの私は、相変わらずおじさんやおばさんには遠慮しつつも、

 「昴ちゃん」には心を許すようになっていった。

 

 いつも彼と一緒に行動して、何かあったら、彼に打ち明けて。

 彼と一緒にいるのがいつの間にか当然のようになっていった。


 そんな日々が変わったのは、小学校高学年のある日。


「あいつらできてるんだぜ!」


 そう言って、仲の良い男子と女子をからかう悪ガキたち。

 いつも彼と一緒にいた私は、次は自分たちが標的にされるのだ、と感じて、

 今までほどべったりとはしなくなった。

 呼び方も、「昴」に変えた。


 そんな日々を繰り返し、気が付けば私は高校2年生になっていた。

 昴と一緒に中学高校と進学する中で、ふと沸き上がった疑問があった。


(私は昴の事が「好き」なのかしら……)


 高校2年生にもなると、周囲にはカップルがちょくちょく居たし、そんな彼ら彼女らが

 いつも一緒にいようとするのを横目で見ていた。


 私も、いつも昴と一緒にいたいと思っている。

 それは、「好き」なのではないかと。


 そう思うようになってから、私はよく悩むようになった。


 昴に「告白」するかどうかを。


 振られることは怖くなかった。昴は私の家族だったし、一緒にいてくれると思えたから。

 でも、「好きかどうかわからない」のに「告白する」なんて聞いたことがない。

 小説でも、周りの話でも、どっちか好きになった方が告白して「付き合う」というものだった。

 彼に嘘の告白をして、付き合おうとは思えなかった。


 結局、迷った末


「恋人として付き合ってみたら、わかるんじゃないかって思ったの」


 そう正直に告げたのだった。


--


 物思いから覚めると、時計は23時を周っていた。

 手元には、書き終えたばかりの手紙。

 少し、ぼーっとしてしまっていたようだ。


 明日はバレンタインデー。

 昴とはデートをして、一緒にホテルで過ごす約束をしている。

 手作りチョコも準備済みだ。

 明日はどんな風に過ごそう。

 そう考えると心がうきうきとしてくる。


(ほんとに昔の私は何を考えていたのかしら……)


 既に好きになっていたのに、なかなか気づけなかったのだから。


 ふと思いついたことがあった。


(昔みたいに、呼んでみようかしら)


 彼はどんな反応をするだろうか。

 そんなちょっとしたいたずらを考え付いて、また、楽しくなってくる。

 明日が早く来ないかな。

 そう考えながら、眠りについたのだった。

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