第19話 本当の恋人として

(昨日はやけによく眠れたな…)


 今日はクリスマスの翌日、つまり12月26日だ。

 まだ朝なのに、気分はどこか浮かれ気味だ。


(「本当に」付き合い始めたんだよなあ)


 もちろん、結衣と男女交際を始めたのはもっと前だ。

 だけど、一昨日までは、それに「仮」がついていたような気がする。

 いうまでもなく、結衣が告白を保留にしていたからだ。


 だが、それも一昨日までのこと。


 浮かれた気分で洗顔をして、着替えて居間に出ると


「おはよう、昴。今朝はだいぶ早いわね」

「ああ、なんとなくな」

「クリスマスにいいことでもあった!?」

「な、なんで?」

「結衣ちゃんとお泊りでデートに行ってきてからだもの。何かあったのかなって思うわよ」

「まあ、なんでもないよ」

「そう?」


 信じてないけど、そういうことにしておいてあげる。

 そう言われているような気がした。


「ちょっと外出てくる」

「朝ごはんはどうするの?」

「すぐ戻ってくるから」


 ふと閃いたことがあった。

 いつもは結衣が部屋まで来ていた。

 今日はその逆をやってみてもいいのではないかと。

 明確な理由はない。


 結衣の家のチャイムを押す。

 

「ふわい。相羽ですけど」


 出てきたのは結衣だ。

 おじさんはもう仕事に出たのだろうか。


「昴だけど」

「昴ちゃん?うん。入って入ってー」


 少し寝ぼけたような声。

 しかも「ちゃん」付けだ。

 結衣の家に入ると、結衣が眠そうな顔をして

 ソファに寝ころんでいた。

 しかも、寝間着のままだ。


「無防備過ぎだろ……」


 いや、相手が俺だからなのかもしれないが。

 しかし、ここまで無防備な姿の結衣を見るのは久しぶりだ。


 冬用の白いもこもことしたパジャマが愛らしい。

 というか、こいつ、寝てないか?


「おい、結衣」

「あ、昴ちゃん?どうしたのー?」

「寝ぼけてる?」

「寝ぼけてないよー」


 いや、絶対寝ぼけてるだろ。


 こんな機会はめったにないのでちょっと、頬でもつついてみる。

 ぷにぷに。


「どうして頬をつつくのー?」

「面白そうだから」

「そっかー。面白かったー?」

「うん。面白い」

「そっか。なら良かったー」


 ふわふわとした声で、まだ夢心地のようだ。

 しばらく様子を見ていると、少しずつ頭が覚醒してきたようで。

 俺の顔を見ると、びくんと跳ね起きる。


「す、昴!?どうしてここに!?」

「たまには、俺の方から行くのも面白いかなと」

「さっきの、見た、わよね」

「ああ。面白かったぞ」


 笑いながらそう答える。


「なら、昨日のうちに言っておいてよ!」

「いや、思いついたのがさっきだし」

「もう、恥ずかしい思いをしちゃったわ」


 顔を真っ赤にしてそういう。


「俺は役得だけどな」

「今度は私が昴の寝起きを襲うから」

「襲うってお前な」


 つか、起こしに来るのは時々やってるだろ。


「で、どうしたの?」

「いや、ほんとに何でもないんだ。せっかく恋人同士になれたんだし、いつもと違うことをやってみてもいいかなって」

「付き合い始めたのは数か月前からでしょ」

「ちゃんと告白してもらったのは一昨日からだと思うけど」

「う。それはそうだけど。とにかく、準備するから、家に戻ってて?」

「待ってちゃダメなのか?」

「ダメ…じゃないけど。わかったわ。待ってて」


 そうして、結衣が身支度をするのを待つことになった。

 思い付きでやってみたことだけど、いいものが見られたな。


「お待たせ」

「おう」

「行ってきます」

「行ってきます」

「いつもは昴の家で言うのに。ちょっと不思議な気分だわ」

「奇遇だな。俺もだ」


 二人揃って、俺の家に戻ることになった。


「あら。おはよう、結衣ちゃん」

「おはよう、おばさん」

「もう、これは、ほんとに何かあったわね?今度詳しく聞かせてもらうから」

「遠慮しといてくれ」


 そりゃ進展はあったけど、報告するのも恥ずかしい。


 いつものように、朝食をとって、家を出る。


「「行ってきます」」

「二人とも、仲良くね」


 心なしか、可笑しそうな声でそう言った母さんが印象的だった。


「おばさん、絶対感づいてるわよね」

「そりゃな」

「昴があんなことするから」

「すまんすまん」

「怒ってるわけじゃないけど。今度からは事前に言って欲しいわ」

「言ったらいいのか?」

「恥ずかしいけど。嫌な気分じゃないから」

「そ、そうか」


 恥ずかしがらせただけかと思ったが、嬉しく思ってくれたらしい。


 今は通学路の途中だけど、周りには人通りも少ない。


「なあ」


 結衣の身体を少し強く引き寄せる。


「な、なに!?」

「キス、しないか?」

「急になんで?」

「いや、したくなったから」

「う、うん」


 素直に身を任せてくる。

 そんな結衣の顔を引き寄せ、そっとキスをしたのだった。


「いきなり昴が積極的になった気がするわ」

「それだけ嬉しいってことだよ」

「待たせちゃった私も悪かったけど」


 そんなやりとりをしながら登校したのだった。


 登校後。


「しまったわ」

「どうした?」

「お弁当、すっかり忘れてた」

「あ、そういえば。学食でいいんじゃないか?」

「不覚だわ…」


 そんなやりとりをしていると、


「おはよう、お二人さん」

「おはよう、倫太郎」

「おはよう、倫太郎君」


 倫太郎が登校してきた。


「それにしても、珍しいね」

「珍しい?」

「結衣ちゃんが弁当を作り忘れるのが」

「言われてみれば」

「君たちが付き合い始めてから、いつも結衣ちゃんがお弁当持ってきてたから」

「あ、ああ。そうだな」


(何かあった?)

(ああ、ちょっとな。後で話すよ)

(わかった)


 そう小声で倫太郎と話す。


 1限目の休み時間。

 倫太郎と連れ立って空き教室に行く。


「それで、どうしたんだい?」

「まあ、見ての通りっていうか。結衣から正式に告白されてな」

「おめでとう!思いがかなって良かったね」


 本当に嬉しそうに言う倫太郎。


「ああ。見守ってくれてありがとな」

「いや。僕は何もしてないし」

「話を聞いてくれただけでも、助かったよ」

「そうか。それなら良かったよ」


 しかし、恩返し、というか、今度は俺の方がお節介を焼きたくなってきたな。


「で、お前はいい人いないのか?」

「いや、それは前に言ったでしょ」

「その時から時間は経ってるだろ。どうなんだ?」

「さんざん僕の方からも聞いたからね。少し気になってる子はいるかな」

「お。お前もか」

「まだ、全然進展はないんだけどね」

「お前くらいいい奴なら、大丈夫だろ」

「どうだろう。相手の気持ちあってのことだからね」 

「そうか。まあ、話くらいなら聞くから」

「ああ。ありがとう」


 キューピッドなんて柄じゃないが。

 少しでも助けになれれば。

 そう思ったのだった。


 放課後。

 いつものように、結衣と連れ立って帰る。


「今日の昴、なんかはしゃいでる気がしたわ」

「そうか?」

「どう見ても」

「そうか。それはスマン」

「いいわ。そういうのを見るのも楽しいもの」


 そういってクスクス笑う。

 告白されてたった2日後だけど。

 ずいぶん距離感が変わった気がする。


 なにげない会話を交わしていると、

 あっという間に団地の前だ。


「ちょっといい?」

「ん?」


 結衣が顔を寄せてくる。


「ん…」


 唇にキスをされたのだと、気が付いた。


「朝のお返し」

「なんか、すごい恥ずかしいな」

「私の気持ち、わかった?」

「ああ。まあな」

「これからも時々してあげるから」

「じゃあ、俺の方も」


 お互いに恥ずかしくなりながらも、こんな調子で会話をしている。


(青春してるなあ…)


 そう思った一日だった。

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