第17話 クリスマスイヴと告白

 いよいよ、クリスマスイヴ当日。

 スポーツバッグに必要な着替えや荷物は詰めたが、再度チェックする。


 うん。問題なし。

 あとは結衣が来るのを待つだけだ。


「おはよう。さすがに今日は早起きね♪」

 

 既に今日のことを知っている母さんは、含み笑いをしながらそういう。


「そりゃあな」


 頭をかきながらそう答える。


「お邪魔します」


 噂をすれば。


「おはよう」

「おはよう、昴、おばさん」

「おはよう、結衣ちゃん」


 そういえば、結衣のやつ、母さんに対しても挨拶の仕方が少し変わったな。

 そんなことを今更思ったのだった。


「今日は楽しんでらっしゃいね」

「う、うん」

「は、はい」


 何のことかわかってしまうだけに、照れてしまう。


「「行ってきます」」


 いつものように家を出るが、今日はいつもとは違う。

 俺も結衣もスポーツバッグに、厚手のコート。

 今日は冷えるので、毛糸の手袋もしている。


 いつものように手をつなごうとするが、どうにも違和感がある。


「手袋だと、ちょっと変な感じね」

「ああ」


 結衣の手の感触が直接伝わってこないから、少し違和感がある。

 それでも、手をつなぎながら、駅まで歩く。


「ここから2時間くらいだっけ?」

「うん。途中で、特急に乗り換える必要があるけれど」


 不便だが、最寄の駅からだと直通の電車が出ていないらしく、数駅先で特急に乗り換える必要がある。


 電車に揺られながら、周りを見ると、カップルらしき二人組がちらほら見える。

 この人たちも、デートだろうか。


(この人たちも、俺たちみたいにデートかな)

(そうじゃないかしら)


 そう声を潜めて話し合う。


 特急の出発駅にたどり着いて、乗り換える。

 指定席だけあって、二人で並んでゆっくり座れそうだ。


「あ、そうそう。これ」


 そう言って、結衣がバッグから何かを取り出す。

 みかんだった。


「家に送られて来たの」

「ああ、おじさんの友達か」


 昨今、そういう付き合いはあんまりなくなっていると聞くけど

 裁判官同士の間ではまだまだつながりは根強いらしく、季節ごとに果物などが送られてくる。


「はい、これ」


 皮をむいたみかんを差し出してくる。


「お、さんきゅ」


 ありがたくいただく。

 ほどよい酸味と甘みがまじりあって、美味しい。


「和歌山産だって」

「へえ」


 和歌山といえば、確かにみかんのイメージがあるな。


「あ、そうそう。スプラト〇ーンやろうぜ」


 バッグからSwit〇hを取り出す。


「いいわね」


 結衣も同じく、Swit〇hを取り出す。

 前夜に暇つぶしのために、Swit〇hを持ち寄ろうと決めていたのだった。


 幸い、このゲームはローカル通信で遊べる。

 二人してイヤフォンをしながら、しばしゲームに興じる。


「相変わらずローラー好きだなあ」

「自分のペースで塗れるのがあってるのよ」


 細かい動作の切り替えが苦手なこいつらしいチョイスだ。

 俺はオーソドックスにシューターだ。


「ほい。いっちょあがり」

「うう…」


 塗るのに夢中になっていたところを、シューターで撃墜する。


「隙を見せすぎだ」

「ちょっと武器を変える」


 ちょっとムスっとした様子だ。

 結衣は武器をチャージャーに変えて再戦。

 やられたのが悔しかったから、狙撃でやり返そうって腹か。

 もはや、何のゲームかを忘れていそうな気がするが。


「よっと」

「当たらない!」


 結衣は集中すると視野が狭くなるので、それを利用すれば

 狙撃から逃れるのも造作はない。


 結局、俺が連戦連勝してしまった。

 正直、スプラト〇ーンは結衣に向いていない気がする。


 そんなこんなで、気が付けば、あっとう間に温泉旅館のある駅に到着。


「寒っ」

「ほんとに、寒いわね」


 山に近い温泉地だからだろうか。

 それとも、風のせいだろうか。

 地元よりもかなり寒い気がする。


「早く旅館に行こうぜ」


 そう言って、手をつなぐ。


 駅から歩いて約10分。

 そこには、5階建ての豪華な旅館があった。


「おおっ」

「きれいね…」


 フロントに入ってチェックインを済ます。


「203か」


 渡された鍵は2Fのものらしい。

 旅館には備え付けのエレベーターもあるが、これなら階段でいいだろう。


 階段を上ると、すぐに、部屋が見えてきた。

 扉を開くと、そこは立派な和室だった。


 窓際には景色を見るための席があり、外側には貸し切り露天風呂らしきものも見える。

 トイレもウォシュレットと近代的(?)だ。


 年代物の掛け軸や置物は、うっかり壊してしまいそうで、少し怖いが。


「いやー、さすがに凄いもんだな」

「そうね。ページを調べててピンと来たんだけど、良かったわ」


 宿を決めた手前、良いところが気になっていたのだろう。

 結衣はほっと胸をなでおろしていた。


「で、どうする?先に風呂に入るか?」

「え、ええ?」


 何気なく聞いたつもりだけど、結衣は凄く動揺している。

 結衣の視線の先を見て、その理由を理解した。


「あ、いや、そっちの方じゃなくて、大浴場の方」

「な、なるほど。そっちね。びっくりしたわ」


 こっちこそびっくりした。


「そうね。私も、先にお風呂に入ってみたいわ」

「じゃあ、それで」


 二人して、着替えの浴衣と下着を持って、大浴場に向かう。


「天国、天国。ってオッサンくさいな」


 屋上の大浴場で、俺は一人そんなことをつぶやいていた。

 まだ時間が早いせいか、大浴場には誰もおらず、貸し切り状態。


 大浴場からは、海が見える。絶景だ。


「結衣のおかげだな…」


 心の中で感謝して、ゆっくり温泉に浸かったのだった。


 大浴場を出て、休憩場で待っていると、結衣が出てくるの見えた。


「あ……」


 ロングの髪を後ろで縛った格好で浴衣を着ている。

 少し濡れた髪に上気した肌がなんとも色っぽい。


「いい湯だったわ」

「そ、それは良かった」

「どうかした?}


 挙動不審な俺が気になったようで、覗き込んでくる。


「い、いや。浴衣、凄い似合ってる」

「あ、ありがとう」


 前にもこんなやり取りをしたような。


「そ、それよりだ」

「なに?」

「コーヒー牛乳でも飲まないか?あれ」


 温泉で販売しているコーヒー牛乳を指す。


「いいわね」


 二人してコーヒー牛乳を買い、一気に飲み干す。


「ぷはー」

「うん。おいしい」

「懐かしいな。小学校の頃だったか、確か」

「そうね。一緒にいったことがあったわよね」


 記憶が確かなら、団地の部屋のお風呂が一時的にメンテナンスのために使えなくなって、

 近くの銭湯に一緒に行ったのだった。


 しばし、昔の想い出にひたった後、部屋に戻ったのだった。


 部屋に戻ると17時。夕飯まで、まだ1時間はある。


「まだ夕飯まで時間あるな。何する?」

「トランプでもどうかしら」


 そう言って、バッグからトランプを取り出す。


「お。いいな。何のゲームにするか…」

「シンプルにババ抜きでいきましょう」

「おっけー」


 数分後。

 俺のカードが残り2枚、結衣のが残り1枚。

 結衣がカードを引く番だ。


「うーん…どっちかしら」


 そう言いながら、素早く俺の手札からカードを引き抜く。

 あ。


「はい。あがりね」

「うーむ」


 結衣は長考するときは長考するが、こういう、どっちを引いても確率的に等しい場面では、

 さっさと選ぶ札を決めてしまうので、心理戦が通じない。

 逆に、結衣がババを持っていても、表情を変えないので、これも心理戦が通じない。

 つまるところ、1枚と2枚になった時点で単なる運比べだ。


 その後、ブラックジャック、ポーカー、大富豪、などなど、色々なトランプゲームを

 楽しんでいると、女将さんがあらわれて、食事の配膳をしていった。


 海が近いだけあって、海の幸が豊富だ。


 各種刺身盛り合わせに、蟹、焼いた鯛、鱈の鍋物。


「おお。さすがに豪華だな」

「海が近いだけあるわね」


 向かい合って、いただきますをして、食事に箸を付ける。

 まずは刺身からだ。


「美味い!鮮度が違うのがわかるな」

「ええ。刺身は近海産のものを、冷凍せずに直送だそうよ」

「それはすごいな」


 それなら、このおいしさにもうなずける。

 

 次は、焼いた鯛だ。

 焼いた鯛に塩がふってあって、シンプルだが食欲をそそる。


「んん。これも美味い!」

 

 ボキャブラリーが貧困なのが我ながら情けないが、美味いのだから仕方ない。


「それに、全然臭みもないわ」


 この鯛も鮮度が高いんだろうな。


 そうして、出された料理を楽しむこと約1時間。


 見事に完食していた。


「食った、食った」

「オジサンくさいわよ」

「う、うるさいな」

「まあいいけど」


 くつろぐために、窓際の席に移動すると、結衣も向かい側に座った。

 時間は19時。もう夜だ。


「はー。温泉に、美味しい食べ物。ほんとに来て良かった」

「私も」


 顔を見合わせて、お互いに微笑みあう。


「そっち行って、いいかしら」

「ん?ああ」


 結衣が、椅子を横に寄せてきた。

 そういえば、今日がどういう日だったかを不意に思い出す。


「ちょと話、いいかしら」

 

 さっきまでと違って真剣な声色でそう聞いてくる。

 いよいよか、と思うと緊張する。


「ああ」

 

「最初から話せばいいのかしら?」

「最初?」

「ええ。なんで付き合って欲しいっていたのか」

「それは、聞いたと思うが」

「その、もっと前」


 どういうことだろう?

 とにかく、話を促す。


「私が小さいころ、パパとママ、離婚しちゃったわよね」

「そうだな」


 夫婦喧嘩のあおりを食って、よくうちに避難しにきてたから、よく覚えてる。


「私ね、それから、好きってことがわからなくなったの」

「わからなく?」

「ええ。だって、お互いが好きだったから結婚したはずなのに、あんなにあっさり離婚しちゃったんだもの」

「……」


 物心ついたばかりなのに、さんざん夫婦喧嘩を見せられて、その末に離婚とくれば

 確かに、好きだ愛してるだのが信じられなくなるのも無理はないのかもしれない。


「でもね。昴といると、不思議と安心していられたの」

「そりゃあ、おまえんとこの夫婦仲がああじゃ、無理もないんじゃないか?」

「どうなのかしら。でも、だからかかしら。「家族だ」って言ってくれたのが凄く嬉しかったの」

「……」

「だって、好きとかそんなこと関係なく、一緒にいていいんだって、そう思えたから」

「そうか。それで」


 俺としては遠慮し過ぎている結衣を強引にでも引っ張るつもりの言葉だったが

 結衣にとってはそういう意味があったのか。


「でもね。成長していくにつれて、それでいいのかって疑問がずっとあったの」

「なんでだ?」

「だって、好きじゃなくても一緒に居られる、ってそんなこと聞いたことがなかったもの」

「そりゃそうかもだが」

「だから、おばさんに聞いてみたの」

「ああ、前に言ってたやつな。「ときめいてはいないけど、この人なら一生をともにして」うんたらだったか」

「ええ。それで、私にとって昴がそういう人なのかなって、それから漠然と思ってたわ」

「なるほどな」


 それで、あのときの言葉につながるのか。


「でも、昴と一緒に居るときの気持ちはそれだけじゃ説明がつかなくて。一緒に居て安心するのはそうだけど。もっと近づきたいって思ってるこの気持ちは何なんだろうって、ずっと思ってた」

「それで、その気持ちを確かめたくなったってことか?」

「うん。そんな気持ちでごめんね」

「それでも、俺は嬉しかったから。で?まだ続きはあるんだろ?」

「最初のデートのときだけど。凄く楽しくて。もっと一緒にいたい、今日はずっと離れたくないって。そう思ってる自分に気が付いたの」

「それでか」


 あのときに頬にキスをしてきた意味がようやくわかった。


「ただ、あのときは、なんだかふわふわとしてて。気持ちに自信が持てなかったから待ってもらっちゃったけど」

「まあ。結構待たされたな」


 ちょっと茶化すようにいった。


「好きよ。昴。家族としても、男の子としても。だから、あらためて私と付き合って欲しい」


 一息にそういう結衣。


「……それで、返事が欲しいのだけれど」

「いやその返事って」


 と言いかけて、結衣が今初めて、「ちゃんとした告白」をしているのだと気が付いた。

 なら、俺も真剣に答えないとな。


「結衣。俺もお前のことが好きだ。女の子ととしても、家族としても。だから、付き合おう」

「うん。喜んで」


 その返事で、ようやく結衣は安心したように微笑んだ。


「……」

「何か言って欲しいんだけど」

「じゃあ、その、キス、していいか?」

「う、うん」


 結衣の顔をこちらに向けて、顔を近づける。

 そして。


「……なんだか変な感じ」

「変な感じってなんだよ」

「そ、その悪い意味じゃなくて。なんだか実感が湧かなくて」

「俺も似たような気持ちだけど。それで、この後大丈夫なのか?」

「この後…あ」


 今日がお泊りなことを思い出したのだろう。

 湯気が出るんじゃないだろうかという程、顔だけでなく、うなじまで赤くしてうつむいてしまう。


 俺も大概緊張しているが、こいつ、大丈夫だろうか?


「いや、今日無理にとか言わないから。な?」


 えっちなこと云々の前に倒れてしまいそうだ。


「ううん。大丈夫。また後にすると決意が鈍っちゃいそうだし」

「わかった。でも、怖くなってきたら言えよ?」

「初めては痛いものだと聞いてるから。我慢するわ」


 我慢されると、それはそれでこっちが辛いんだが。


「わかった。優しくするとか気障なことはいえないけど、できるだけ痛くしないようにするから」

「は、はい。お願いします」


 何故か敬語になる結衣。


 布団を敷いて、電気を消して、浴衣を脱いで同じ布団に入る。


「なんだか、凄くドキドキしてる。怖いっていうだけじゃなくて」

「ああ、俺もだ。でだ、あらためていうが」

「なに?」

「ほんとに無理しないでくれよ。途中で倒れられたら、トラウマになりそうだ」

「善処するわ」


 そうして、俺たち二人の夜が更けていったのだった。

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