第10話 温泉でデート
先日のデートがあってから数日後の帰り道。
「ねえ、今度の土曜日空いてる?」
手をつなぎながらそう聞いてくる。
「ああ、空いてるけど」
デートの誘いだろうか?
「じゃ、一緒に温泉に行かない?」
「デートのお誘い?」
「うん」
「そうか」
別にデートのお誘い自体は不思議なことじゃない。
ただ、思い返せば、ある時期から、温泉とか肌を見せるのは
恥ずかしがるようになっていた気がするのだが。
というか、温泉って混浴とかOKなところだろうか?
「で、どうかしら?」
「もちろんOKだ。どこに行くんだ?」
地元に温泉らしき温泉があった覚えはないけど。
「電車で4駅くらいのところにある、スパなんだけど」
「スパか。そういえば、スパって温泉と何が違うんだろうな?」
前にネットで調べたときは、よく違いがわからなかった。
「私もよくわからないのよね。健康や美容を重視した施設があるかどうか、が違いみたいだけど」」
「そうか。まあ、いいんじゃないか?」
「じゃあ、土曜日空けといてね」
「うい。待ち合わせは?」
「部屋に迎えに行くから」
「了解」
頷きつつ、前のデートでは待ち合わせにこだわっていたのをふと思い出した。
あいつなりに思うところがあったんだろうか。
---
時間はあっという間に過ぎて、デート当日。
水着は学校の授業で使っていたのをそのまま使うことにした。
(あいつはどうするんだろうな?)
体育の授業では、男女別だったから、結衣の水着姿は中学以来お目にかかっていない。
あいつがいくら天然だからといって、スクール水着を来てくるようなことはないと思うが…。
(まあ、それはそれで面白いかもいしれない)
そんなことを考えていたとき、
「お邪魔します」
待っていたお相手が来た。
「おはよう」
「おはよう。おばさんは?」
「ママ友達の集まりだってでかけて行った。母さんなりに気を利かしたのかね」
「そ、そう」
しばしの沈黙。
「じゃ、でかけましょ」
「ああ」
「「行ってきます」」
誰もいないのに、つい習慣でそう言ってしまう。
「誰もいないのにね」
「癖っつうか。お前もだろ」
「そうなんだけど」
少し可笑しそうな様子の結衣。
(少し変わったような?)
先週のデート明けから感じていたが。
「そういえば、水着は買ったのか?」
「当然、買ったわよ」
「そうか。ひょっとして、スクール水着かとも…」
「いくら私でも、そこまではしないわよ」
「自覚はあるんだな」
ちょっと拗ねたようにそういう結衣。
以前より表情が自然になった気がして、思わず見惚れそうになる。
「…どうかした?」
「いや、ちょっと可愛いなって」
「あ、ありがとう」
お互いに照れてしまう。
そんなやり取りをしながら、電車に乗っていると、あっという間に目的地に到着。
「おお。スゲー立派だな」
「ほんとにね」
駅から歩いて5分。2階立ての建物丸ごとが、そのスパらしかった。
予約完了メールの文面を結衣が見せて、中に入る。
「あ、すまん。いくらだった?」
予約を結衣に任せたままなので、支払いにまで気が回らなかった。
「いいわよ。ここは私が払うから」
「いいのか?」
「うん。私のわがままだから」
無理しているようだったら、強引にでも割り勘にしようと思っていたが。
そういう様子もない。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
更衣室で別れて、さっと着替えをすます。
あいつはどんな水着を来てくるんだろうか。
「その。どうかしら」
「……」
出てきた結衣がまとっていたのは、露出控えめのワンピース型の水着だ。
水色の記事に白の水玉模様というデザインだったが、結衣の落ち着いたイメージによく合っている。
「うん。いや、すげー似合ってる。露出が控えめなところもかえっていいっていうか」
「あ、ありがとう。そう具体的に言われると、ちょっと恥ずかしいけど」
露出が控えめなのがかえっていいとか、ちょっとフェチっぽかったかもしれない。
「昴も似合ってるわよ」
「いや、俺は学校指定のだからな…」
こいつのことだから、本心からなのだろうが。
見ると、フロアには色々な温泉があるようだ。何から入ろうか。
「あれ、どうかしら?シルキーバスっていうの」
「おお、面白そうだな」
結衣が指さす先にあったのは、乳白色の液体に満たされた温泉らしきものだった。
「おお。なんか、ちょっと不思議な感じがするな」
「シャンプー、石鹸…何かちがうわね。何かの薬品に浸かっているような」
「薬品って、おまえな」
こいつなりに、一番当てはまる言葉を探したのだろうが。
「でも、面白いわね。肩の力が抜けていくっていうか」
「同感」
普段お風呂に入るときとはまた違う、身体が癒されていくような感じがする。
しばらく浸かった後。
「今度は足湯とかどうだ?」
「いいわね」
さっきの温泉で結構温まったので、また全身が浸かるとのぼせてしまいそうだ。
「足ツボって効果あるのかしら」
「さあな」
続いて入った足湯には、足ツボ刺激コースというのもあるが、効果があるのかどうか。
「ちょっと歩いてみるか」
「ええ」
足湯にあるコースを歩いて回る。
「うむむ。刺激されるっていえば刺激されるんだけど」
「よくわからないわね」
二人して、首を傾げたのであった。
「あの、電気風呂ってのどうだ?」
「ほんとに電気が流れるのかしら。ちょっと怖い気がするけど」
「さすがに大丈夫だろ」
連れだって、電気風呂に向かう。
「ほんとに、ビリ!ってくるわね。電気が流れてるのがよくわかるわ」
「ああ。ずっと入ってるとムズムズしてきそうだ」
電気風呂は、文字通り、少しの電気が流れているお風呂らしい。
入ると、静電気でパチン!と来る、あの感覚が身体全体を包み込む。
いつも入りたいとは思わないけど、なかなか楽しい。
「電気で刺激するのはどういう効果があるのかしら」
「ピリピリとした電気を与えるものです、だってさ」
あんまりにもあんまりな説明だが、どうなんだ。
「電気を楽しむってことかしら」
「わからん」
「電気を使った各種治療法は聞いたことがあるけど。それを応用してみようってことかしら」
「どうなんだろうな。まあ、楽しめればそれでいいんじゃないか?」
「それもそうね」
本気で考え込みかねないので、ストップをかける。
その後も、座湯に冷水、炭酸泉、と色々な温泉を巡る。
気が付けば、もう15時。
「そういえば、お昼を食べてなかったわね」
「ああ、完全に忘れてた」
普段浸かる機会の無い温泉を楽しむのに夢中だった。
「上がってから、何か食うか」
「そうね」
そうして、俺たちはスパを後にしたのだった。
ちょっと遅い昼飯を食べたのは、干物専門の定食を出す店だ。
頼んだのは、二人そろって、金目鯛の干物定食だ。
お値段は1500円とお高いが、金目鯛の干物なんて普段食べる機会がない。
「ん。おいしい。ジューシーっていうのかしら」
「わかる。これはなんと表現していいのか」
二人で思う存分、金目鯛を味わったのだった。
店を出ると、もう空がオレンジ色になっていた。
「17時か…そろそろ帰らないとな」
「うん…」
なんとなく、名残惜しくて、そう言った。
結衣も心なしか寂しそうだ。同じように思ってくれているのだろうか。
最寄りの駅について、二人して、家への道を歩く。
「今日はありがとう。一人じゃスパなんて行けなかったけど、楽しかったわ」
「それはこっちこそ。色々面白かった」
もちろん、楽しそうな結衣と一緒に居られるのが一番だったけど。
ちょっと、言葉すくなになるけど、気まずくは感じない。
団地の前に着くと、結衣がこちらをじっと見つめているのに気づいた。
「どうかしたか?」
少しどきどきしながら、そうたずねる。
チュっ。
頬に冷たい感触。もしかして。
「あ、ああ。ありがとう」
こういうとき気の利いた言葉が言えない自分がもどかしい。
「こちらこそ」
そう言って、照れ臭そうに、でも、ちょっと嬉しそうに、結衣は去っていった。
(そのうち、唇にも…)
なんて、少し色ぼけたことを考えながら、家に帰ったのだった。
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