第9話 彼女の変化

 デートの翌日。

 いつものように、母さんに起こされて、居間に出る。

 

「お邪魔します」


 いつものように、結衣が来たようだ。

 昨日の今日だから、少し会うのが気恥ずかしい。


 居間に来たあいつと目が合う。


「おはよう、昴」

「お、おう。おはよう」


 少し声がうわずってしまった。

 いつものように、黙々と朝食を食べる。

 

 いつも通りだ。

 いつも通りなのだが…


 昨日あんなこと(キス)してきた後にしては、普通だな。


 そんなことが少し気になった。


「「行ってきます」」


 そんな声とともに、いつものように登校する。

 

「……」

「……」


 こんなふうに黙々と登校することは珍しくない。

 ないのだけど。


「なあ」

「なにかしら?」


 返すこいつの声色はいつも通り…というか、心なしか嬉しそうな。

 こいつはいつも堅い表情のことが多いが、今は少し微笑んでいる。


「昨日の夜のことだけど」

「うん。あれは、私なりの、今の正直な気持ち」

「ああ、うん。それは伝わってる。やけに平然としてる…ちがうな、機嫌が良さそうっていうか」

「そうなのかもしれないわ。何といえばいいのかしら、少し安心したといえばいいのかしら」

「安心…か」

「ちゃんと昴のこと好きでいられてるって、そう思えてきたの」


 嬉しそうにそう言う結衣。

 こいつなりに素直な気持ちを口にしたのだろうが、聞いているこちらが照れてくる。


「あ、ああ」

「でも、ちゃんとした告白とかはまだ待ってほしいの」

「もちろん。だけど、理由は聞いてもいいか?」

「まだ少し気持ちを持て余していてはっきりとした言葉にできそうにないから」

「なるほどな」

「駄目かしら」

「いいんじゃないか?言葉にできるまで待つさ」


 女性は感性を優先するというけど、こいつはその反対というか、昔から、色々なことを言葉にすることにこだわる奴だった。

 そんな性格の現れだろうか。


 教室についてからも、変化は続いた。


「昴。お昼だけど」

「うん?」

「今日も作ってきたから」

「ん?ああ」


 まだチャイムが鳴る前で、周囲には倫太郎や加藤もいる。


「おお!」

「お熱いねー。お二人さん。休みの間に何かあったのかなー?」

「色々ね」


 そう嬉しそうに返す結衣に、からかおうとした加藤も二の句が告げなくなったようだ。

 

 お昼になっても。


「はい。昴」


 俺に合わせて買ってあったのだろう。

 なんの変哲もない弁当箱を渡される。

 いや、なんの変哲もないというか、弁当を作ってきてくれたのだが。


「サンキュ。どれどれ…お。普通だな」


 もちろん、悪い意味じゃない。

 前が気合が入りすぎていただけだ。

 ご飯に卵焼き。梅干しに野菜炒め。

 ちゃんとバランスも考えられている。


「もうちょっと頑張った方が良かったかしら?」

「逆。前が気合い入りすぎたからな。作ってきてくれるだけで十分だ」


 いつものように、いただきますを言って、箸をつける。

 うん。卵焼きは固すぎず、ほどよい甘さ加減。

 野菜炒めも、もやしを中心に緑黄色野菜を数種類のシンプルなものだが、美味い。


「うん。美味い」

「うん…まずまずね」


 日の光の入る窓際の教室で、ほのぼのとする俺達。

 気がつけば、周りの視線を集めている。


 しまった。

 しかし、結衣は至って平常心を保っている。

 俺だけが動揺するのも、恥ずかしい。

 

 (平常心、平常心)


 気持ちを落ち着けながら、そうして食事を終えたのだった。


 放課後。


「行きましょ、昴」

「ああ」


 何でもないことのようにそう言う。


 二人で手をつなぎながら、いつもの道を帰る。

 横目で様子を見るが、相変わらず機嫌が良さそうだ。

 単純に嬉しいんだろうけど。

 「好きかどうかわからない」と言ってきた奴の態度とも思えない変わりっぷりだ。

 それでいて、まだ、ちゃんとした言葉にできていないから、告白は待って欲しいというのだ。

 

 まったく、待たされる方の身にもなって欲しい。


 少し複雑な気分の一日であった。

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