第2章 深まる仲

第8話 初デート

 週末の土曜日。

 いつもなら昼前くらいまで寝ているところだが、今日は珍しく8時には起きていた。

 結衣とのデートがあるからだ。


 (待ち合わせは10時に駅前広場だったな)


 駅前に映画館があるので、そこで映画を鑑賞。

 それから、昼食と、結衣の希望で歴史博物館。

 その後のことは決めていないが、まあ、やることがなければ帰ればいいか。


 俺なりに服装は最低限清潔にしているつもりだが、せっかくのデートだ。

 いつもより洗顔を念入りにして、髪もきちんと整える。

 

 そうして準備をしていると、9時には出かける準備が整ってしまった。

 待つのも落ち着かないし、出かけるか。


 駅前の噴水がある場所が待ち合わせ場所だ。

 ちょっと早く来過ぎたかもしれないな。


 と思ったら、そこに見慣れた顔が。

 あ。

 目が合った。


「おはよう」

「おはよう…ってなんで既に来てるんだ?」

「それは、昴もだと思うけど」


 ごもっとも。


「それを言われると立つ瀬がないが。ちなみに、何時に?」

「ちょっと…前に」


 目をそらしながら、言う。

 それでわかってしまった。

 

「ちょっと前って具体的には」

「……9時丁度」


 早過ぎる。

 ほんとに嘘がつけないやつだ。

 つけないというか、嘘をつきたくないとでもいうべきか。

 でもまあ……

 

「ありがとうな」

「え?」

「それだけ俺のこと考えてくれてたんだろ?万が一にでも遅れたらいけないとか」

「うん……」

「ちょっと早いけど、行こうぜ」

 

 手をつないで歩きだす。

 

 さすがに、お目当ての映画はまだ上映開始していなかったので、

 館内で小説談義をしながら時間をつぶす。

 元々、小説は結衣の影響を受けて読み始めたものだったが、

 今はすっかり共通の趣味になっている。


 違うとしたら、俺はどちらかというとミステリ好みで

 結衣はSF好みという辺りだろうか。


 案内が始まったので、チケットを渡して二人で隣同士の席に座る。

 隣の結衣を見ると、既に真剣にスクリーンに見入っている。

 まだ、宣伝の時間で、始まってもいないだろうに。


 そして、映画が始まる。

 

---


「あれは観客を馬鹿にしてるよな」

「そうね…メタオチにすればいいってものじゃないのだけど」


 映画が終わった後、昼飯を食べながら語り合う。

 ちなみに、海鮮系の店で、二人とも刺身定食だ。

 高校生の男女がデートで来る場所としてはやや渋い気がするが、気にはすまい。


 件の映画は駄作…だったらまだしも、想像を超えた絶望を観客に叩き込む出来だった。


 人気ゲームの10周年を記念して実写化されたもので、俺たちも過剰な期待はしていなかった。

 期待していなかったのだが。


「せめて伏線があればなあ。いきなり、ゲームの中でしたとか、馬鹿にしてるにも程がある」

「ほんとにね……。ラストは、ゲームの中であっても、時間は本物だというメッセージを込めた、せめてもの救済だったのでしょうけど」

「救済になってないよな。作った人は何考えてるんだろうな」


 映画の上映が終わった後、観客席全体がざわざわしていたが、それも納得だ。

 

「パンフレットによると、監督があのオチを思いついたのが始まりだそうよ」

「よりによって、あれがいいアイデアに思えたのか。どうかしてる」

「手垢のついたオチだものね」


 映画に対する批判罵倒で変な方向に盛り上がる俺たち。

 これはこれで楽しいからいいんだけど、ほんとに映画作った人は何考えてるんだか。


「ごちそうさま。美味しかったわ」

「同感。普段外食とかしないけど、こういう店ならいいかもな」

「でも、私たちにはちょっと高いかも」

「まあなあ。でも、たまにならいいんじゃないか?」

「そうね」


 食べ物の好みが似通っていると、こういうところで気を遣わないでいいのが楽だ。


「あ、会計は一緒にお願いします」

「え?」


 結衣の分も一緒に払って、店を出る。


「出すわよ。えーと、二人分で2150円だから…」

「いいって。ここは奢るから」

「……じゃあ、ごちそうさま」


 ん?意外にあっさり引いたな。

 まあいいか。


「次は、歴史博物館か」

「ええ。郵便の歴史っていうのが、ちょっと興味があったの」

「普段授業では習わないよな」


 こいつは真面目は真面目でも、単に授業を頑張るタイプじゃなくて、

 興味を持ったことはとことん掘り下げていくタイプだ。

 どこで郵便の歴史に興味を持ったのかは知らないが。


 電車で5駅先に、それはあった。

 駅ビル内にある施設で、それほど大きくはないものの

 郵便の歴史を文章だけでなく、実在のはがきや切手、使われた時計など、様々なものを通じて紹介してくれるようだ。


 結衣は既に集中状態に入ったのか、展示や説明に真剣に見入っている。

 こうなると、声をかけても、生返事だ。

 

(まあ、そっとしておくか)


 結衣の後をついて展示を見ていく。

 しかし、展示に集中している割に、よく、人込みにぶつからないな、と思えてくる。

 展示物に集中しながらも、人が通ろうとすると、すっと避けている。

 

 そんな風に、結衣の様子を観察しながら、時間を過ごす。


「また、悪い癖が出ちゃったわ」

「気にすんな。いつものことだろ」


 博物館を出たところで、ようやく我にかえった結衣は、

 自分が失態を犯したと思ったようで、激しく動揺していた。

 そのため、落ち着かせるために、とりあえず近くの喫茶店に引っ張ってきたのだった。


「でも…せっかくのデートなのに」

「なあ、前も言ったけど、ちょっと気合入れすぎじゃないか?」

「……」

「お互いが楽しめればそれでいいだろ?何を気に病んでるんだ?」

「…だって」

「?」

「好きかわからないけど、ずっと一緒にいたいって、そんなの失礼じゃない…!」


 その言葉でようやく合点がいった。確か、恋愛できなくても、一緒に生きていけると思った、

 だったか。

 俺はそれはそれで構わなかったんだけど、こいつなりに気に病んでたんだな。

 大切な幼馴染の葛藤に気づけなかったことが少し悔しい。

 でも、


「正直な。俺も、おまえとなら、一緒に生きていけると思ってる」

「うん」

「だったら、ゆっくり行こうぜ?一緒に生きていくことは決まってるんだから、好きかどうかなんて後から考えればいいさ」


 正直、異性として好きになりたい、というこいつの気持ちは嬉しい。

 俺としても、異性としてみてもらえるのに越したことは無いし。

 でも、そのために無理をするのはちょっと見ていられない。


「それでいいのかしら」


 正直、結衣の考えは「普通」からしたら、いびつなものだろう。

 でも、俺はそんなところも含めて惹かれたんだ。


「俺たち二人の問題だろ?俺がいいって言ってるんだから、気にする方が逆に俺に失礼だ」

「うん、そうね。なんだか吹っ切れた気がするわ」

「それは何より」


 その後は、カラオケに行ったり(俺はゲームソングOnly、結衣は洋楽Onlyというフリーダムな

 選曲だった)、

 普段行かない神社に行ってお参りしたり(結衣が提案)、

 本屋を回ったり、

 と二人一緒の時間を楽しんだ。


「もう、こんな時間か」


 気が付けば、17時。日も暮れ始めている。

 そろそろ帰らないといけない時間だ。


「あっという間だったわね」

「ほんとにな」

「ほんとに楽しかったわ。二人でこんなに遊んだのは、ほんとに久しぶり」


 結衣は、万感の思いを込めて言う。

 喫茶店の一件で吹っ切れたのか、その後の結衣は興味の赴くままにあれこれ提案してりしては楽しそうだった。


「おまえとこんなに遊んだのは、いつぶりだろうなあ」

「5年と3か月ぶりよ」

「だから、なんでおまえはそんなに覚えてるんだよ」


 嬉しいことは嬉しいんだが。


「今日で、ちょっと自分の気持ちがわかった気がする」

「ん?」

「そうか。俺は言った通り、ゆっくり待つから、焦らずな」

「うん。別に、もう焦ってるわけじゃなくて…ねえ、ちょっと耳を貸して?」


 手招きする結衣。

 周りに人はまばらだから、そんなに近づく必要はないと思うんだが。

 とにかく、言う通りにしてみる。

 頬に少し冷たい感触。


「お、おまえ……」


 結衣にキスされたのだと気が付いた。


「その、これが今の私の気持ち。まだ、唇には、してあげられないけど」

「けど?」

「たぶん、遠くないうちにしてあげられると思う」


 これは、何を言えばいいんだろう。

 顔も身体も熱くなってくる。


「そ、そうか」


 そう返すのが精一杯だった。

 その後、俺たちは、少しだけぎこちない感じで、帰ることになったのだった。 


---


 その夜。


(あのキスはやっぱり…)


 男としても意識してます、って意思表示なんだろうけど。

 唇にはまだってのがややこしいよな。

 気持ちに自信が持ててないんだろうけど。


 ともあれ、一歩どころか十歩前進と言えそうな出来事に、

 内心小躍りしたい気分で終わった1日なのだった。

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