第8話

パンを買い、色んな店を見て回り少し疲れた私は、取り敢えず座りたくて前回もリズと休んだ噴水のある広場へと向かった。

小腹も空いたので、購入したパンを食べるためにアリオスが飲み物を調達している間に、一人ベンチへ向かう。

木の実のパンも買えたし楽しみだなぁ~、とホクホクしながら歩いていると、何かがぽすんと足元にぶつかってきた。

「ん?」と下を見れば小さな子供が私の足にしがみついている。

「・・・・え~っと・・・どうしたのかな?」

私はしゃがんで、その子供と視線を合わせた・・・・と言っても、私の顔はフードに隠れてるんだけど・・・。

でも、私からよく見えていて・・・その子を見て、衝撃を受けたなんてものじゃないくらい、衝撃を受けた。

だって、年齢は・・・多分だけど、五~六才位?で、女の子なんだけど・・・

なんだけど、じゃなくって!その身なりよ!

恐らく元の生地は白だったんだろうけど・・・洗濯していないであろう服は黄色く変色し、少女の髪の毛もぼさぼさ。所々にフケが浮いている。垢まみれの顔の汚さと、においい。

そして何よりも、細い細い、腕・・・


なによ・・・これ・・・


確かに皆が皆、普通に暮らせてるとは思っていない。だって、自分がいた世界でもそうだったから。

ただ、私の身近にはいなかっただけの事で。

だから・・・これはあまりに衝撃的過ぎだ・・・・

愕然としながら少女を見ていると、少し離れたところから大人の罵声が聞こえてきた。

はっとしてそちらを見れば、少女より年齢が上なのか・・・身なりの汚い少年が、大人の男の人に突き飛ばされていた。

大人はそれこそ立派な服を着ていて、見るからに裕福そうな感じの人だ。

此処からは聞こえないが、何か捨て台詞を吐き少年から離れていく。

汚いだとか、くさいだとかそんな事は二の次だ。こんな事って・・・

私はやっと追いついてきたアリオスを見上げた。

「ア・・・リオン!これって、どういう事!?」

当のアリオスは少し目を見開いたものの、「孤児か?」と一言だけ。私はその言葉に「はぁぁんっ?」と凄みを聞かせ睨み付けた。

少女もびくりと身体を震わせたけど、私はにっこり笑い「このバカなお兄ちゃんと、ちょっとここでまっててね?」と、ごわごわの頭を撫でる。

そして、突き飛ばされて倒れたままの少年に私は走って行った。

彼が倒れていても、周りの大人は声を掛けるどころか、まるで汚いものを見るかのようにして通り過ぎていく。

正直その周りの対応には腹が立つが・・・でも、その大人たちの気持ちも少なからずわかってしまう自分が、無性に腹立たしい。

「大丈夫?」

私は彼の前で跪き、手を差し出した。でも、彼は何処か途方に暮れた様な眼差しでこちらを見ている。

そんな彼の事など無視し、手を掴むと引っ張り立たせた。

「怪我はない?」

服の埃を払おうとしたけど・・・・少女と同じで、汚れた服は、多分、叩けば叩くほど埃が出そうで、やめた。

取り敢えず彼の手を引いて、少女の元へと戻る。

「ねぇ、あなた達、二人だけ?他にお友達は、いる?」

すると彼は視線をはじめは戸惑う様におよがせたけれど、公園の奥の林を見つめた。

「よし、じゃあ、行ってみようか」

といえば、少女は嬉しそうに、少年は困惑したように私を見上げてきた。

そんな彼等を安心させるように私は笑う。・・・多分引きつってるかもしれないけど・・・・

そして「リズ!」と、近くで様子を見ているであろう彼女を呼んだ。

彼女は初めからそこに居たかのように、まるで違和感なく私の傍にやってきた。

「御用でしょうか」

「パンと飲み物、追加購入よろしく」

「畏まりました」

何個?なんてことも聞かず、踵を返すリズを横目に、私は二人の手を取って歩き始めた。


気持ち悪いのは、アリオスだ。あれから一言も口を開かない。

私が凄みを効かせたから?と思っていたが、どうもそう言う感じではなく・・・しいて言うなら『見定めている』という感じ。

彼はこの国の王子だから、平民の振りをしててもそうそう簡単に、軽率に動けない事はわかる。

だけど!それでも腹が立つ!!確かに国民全てが裕福な暮らしができるなんて、そんな夢の様な国があるとは思えない。

でもっ!自国民がこんな・・・しかも子供が・・・!

確かにこの子等二人を何とかしたからって、世の中が変わるなんて思ってはいない。

だからといって、目の前にこうして存在しているこの子等を無視する事も出来ない。


この子等を目の前にして、このバカ王子が何を考えているのかわからなくて、心の中がモヤモヤしてくる。

短気な私のイライラが伝わったのか、少女が握る私の手に力を込めてきた。ふと見れば不安そうに私を見上げている。

やばいやばい・・・きっと私の今の顔は、酷い顔をしている・・・

身体の中の怒気を追い出すかのように、一つ深呼吸して、改めて彼等に笑顔を向けた。

「大丈夫だよ」

そう言えば、安心したように少女は笑い、少年もどこかほっとしたように目元を緩ませる。

そんな二人に導かれるように、私たちは林の中へと入っていった。



林に入って少しすると、そこには東屋があった。訪れる人間がいないのか、木で作られたそれは屋根は既に半分落ちていて、周りの柱も今にも崩れそう。

そこに隠れるようにもう三人の子供がいて、私らの存在に一瞬警戒していたものの、一緒にいた少女――ティナと、少年――ルカを見つけると、嬉しそうに走ってきた。

いつの間にかリズとその後ろに何人かの男の人・・・多分、護衛の騎士の人だろうけど・・・が、荷物を持って立っている。

どれ、まず腹ごしらえしてから、色々と聞いてみようか。


私は、子供らに「食べてもいいよ」と、辛うじて残っている東屋のテーブルの上にパンと飲み物を広げた。

初めは、やっぱり警戒して食べ物に手を付けようとしなかったけど、ティナとルカが食べ始めると、ほかの子もおずおずと手を出し食べ始め、山積みにしていたパンは、あっという間に無くなってしまった。

満足そうにしている彼等を私はつぶさに観察する。

五人のうち、四人が女の子で男の子はルカだけ。着ている服も・・・っていうか、みんな、同じだ。例えば元がピンクの服で、今は黄土色っぽく見えてたり、元は黄色で今はこげ茶に近かったり・・・していても、多分、元の素材は良いものだ。

「私は桜っていうの。みんなの名前、教えてくれる?」

そう切り出せば、ほかの三人も名前を教えてくれた。

最年長は十二才のミリナ。次がルカの十才。ココとナナは双子で八才。最年少がティナの五才だ。

「君たちは何処に住んでるの?」

ココとナナはミリナにべったりしがみ付きながら、「あっち」と指さした。

指さした方を見れば、遠くに白い壁の紺色の尖がり屋根が見えた。

見た目が私的に「教会?」と思ってしまったが、リズが「あれは孤児院です」と教えてくれた。

「ねぇ、今日もあそこから来たの?」

私の問いに、最年長のミリナが答えてくれた。

「わたしたち、あそこから逃げてきたの・・・」

「・・・そう。いつ、逃げたの?」

「昨日・・・」

「・・・・昨日?」

昨日?昨日、家出だって?じゃあ、この子等の汚れ具合は、何??昨日今日で付く汚れじゃないよ?これ!

そして何よりも、此処にいる子供らの体格。

ティナやルカを見てもそう思ったけど・・・年齢より、多分、遙かに小さいよ・・・

「何で、逃げたの?」

それには、ルカが答えた。

「だって、ミリナがどこかの貴族に売られることになったから・・・そんなの、嫌だから、逃げた」

「・・・・あそこって、孤児院だよね?」

あまりの事に私の思考回路が追いつかなくて、つい確認してしまうんだけど・・・孤児院って、人身売買するとこなの?この世界では・・・

疑惑の目で私は、隣に座るアリオスを見た。

「いや、孤児院は孤児院だよ」と言いながら、先ほどまで傍観を決め込んでいた様な顔だったけど、何か考える様に眉間に皺を寄せている。

・・・普段もこんな真剣な顔したらかっこいいんだけどね・・・と頭の片隅で思いながらも、私は考えを巡らせた。

「あそこって、国が経営してるの?」

何が何だか分からなくなってきた私は、取り敢えず一つ一つ確認する事にした。私の世界の常識とすり合わせながらね。

「いいえ。この国での孤児院は全て、貴族の善意で経営されております」

ズレて顔が見えそうになったフードをさり気無く治してくれながら、リズは事務的に答えた。

「なら、あれもどこかの貴族が?」

「はい、フレデリック伯爵といいまして、何でも先の戦争で武勲を挙げ伯領を賜ったらしいです。ですがそれは先代の伯であり、現当主に関しては、はあまり良い噂は聞きません」

「噂って?」

「元々この孤児院は、前当主が戦争で親を亡くした子供たちの為に建てられたもの。ですが今の当主に代替わりしてからは孤児院から、表向きは自立したと言っておりますが、子供たちが消えると囁かれております」

「この国では、そう言う噂が聞こえてきても、善意で経営してくれてるんだからって、調査にも入らないの?」

「いいえ、三度ほど入っております」

「それは、抜き打ち?」

「二度は正当な手順を取って、一度は抜き打ちで入っております」

「何もでなかったの?」

「不審なところはありませんでした」

つまりは、内通者がいるってことね・・・

「最近はいつ頃入ったの?」

「3ヵ月ほど前でしょうか・・・」

私はそれを聞いて、がっくりと脱力した。

そして、抑えきれない怒りが静かに沸き上がるのを感じた。自分でも驚くくらい・・・私はこんな風に怒れるのかと・・・

誰に対する怒りなのか・・・何に対する怒りなのか・・・

グッと握る手に力を込めると、その手にポンと大きな手がのせられた。

「あんまり怖い顔ばっかりしていると、子供達に嫌われるぞ」

と、アリオスが笑う。それはいつもの軽薄なものではなくて、何て言ったらいいんだろう・・・あまり見ることのない、頼りがいのある笑み・・?

少し冷静さを取り戻した私は、これからどうなるのかと不安そうにしている子供らを見て・・・パンッと頬を叩き気合を入れ直す。

そして再度、新鮮な空気を脳みそに送る為に、深呼吸した。


私は黒いものを白と言えるほど、人間が出来てない。

確かに自分の世界で起きた事で、テレビ画面の向こうの事であれば他人ごとで済ませてただろう。

身近で起きていても、一市民の私は己の無力さを突きつけられ、罪悪感を抱きながら生きていったかもしれない。

此処での私も権力も人望もあるわけじゃない。まぁ、平たく言えば自分の世界以上になにも持っていない。


そう、ない。だから、怖いもの無しってことよね!

そして何もないはずの私は唯一、隠し持っているものがある。

それは、この国最強の『コネ』。


ふふふ・・それを使わずして何を使うのだ!桜!!

うん!その『コネ』を最大限に活用しようっ!

だって本来はその『コネ』自身が解決しなきゃいけない事なんだもん。


私は立ち上がると「リズ、力を貸して!!」と彼女に振り返る。

その横で「え?俺じゃないの?」と、一応、この中での最高権力者が情けない顔を向けてきた。

そんなのはスルーして「作戦会議を始めますっ!」と、私は高らかに宣言した。

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