第2話  音ゲー

 森谷さんが音ゲーを始めてから一ヶ月が経った頃だろうか。

 彼女が交通事故で亡くなったという報せを担任から聞いた。横断歩道を渡っている時に突然意識を失い信号が青になって走ってきた車に跳ねられたらしい。彼女の口から妙な怪談ばなしを聞かされたこともあり、まさかあの都市伝説のせいではないだろうかとあかみは勘ぐったがそんなバカげた話あるはずもないだろうと否定した。

「どう思う?」

 ハタハタに助言を求めた。

「わたしもその怪談ばなし聞いたことあるよ。音ゲー得意なあかみだから今まで話してこなかったけど隣町ではけっこう有名みたい」

「わたしも試してみよっかな」

「やめなさいあかみ」

「なんで? どうせただのフェイクよ」

「あかみ。あなたのその怖いもの知らずなところわきまえ方がいいと思う。神社のしめ縄をくぐって立ち入り禁止の森へ入るとか墓地で肝試しをするとか昔あったよね? 数々の罰当たりの所業覚えてる?」

「子供の頃でしょ。覚えてるけどわたしは神様仏様魑魅魍魎祈祷占いの類は信じないタチなの。知ってるでしょ?」

「知ってるけどいくら非科学的なことであっても畏敬とか敬意の念は持っておいた方がいいと思う」

「でも怪談は別じゃん」



 放課後、波多野が止めるのも聞かずにあかみは例の雑木林へ向かった。冬ということもあり日の入りは早かった。西の空が茜色に染まっている。遠くからでも聞こえる。からすのガーガー鳴く声が。からすの一羽一羽が黒いシルエットになっている。どこにこんなにいたのかと思うほど数え切れないほどのからすが雑木林に集まった。

 まるで死体を見つけて仲間にしかわからない合言葉で連絡を取り交わしているかのようだった。今ならまだ引き返せると思ったが怖いもの見たさで恐怖に魅かれる自分もいる。

 雪に足跡を残して雑木林に入った。思いの外深くてブーツに雪が入った。監視役を思われるからすが近づいてきて近くの枝に止まった。ガーガー警戒する声を響かせている。なんといってもこの鳴き声。

 どこへ逃げてもムダだと言わんばかりの威圧的で挑発的な声にはこの世のどんな動物の声よりも恐怖心が募る。からすは粘着質な性格なのだろう。人間の顔も覚えることができ別の機会に復讐されることもあるという。こちらか先制攻撃を仕掛けたり挑発行為に対して対抗するならまだマシなのだがここから先はからすたちの支配する国である。どうしても及び腰になる。

 あかみは勇気を振り絞って雑木林に入った。あちこちでからすが騒がしく鳴いている。その声のすべてが自分への威嚇と攻撃に向けられているのかと思うと逃げたくなる。だが都市伝説の真偽を確かめることへの好奇心の方が勝った。

 日がどんどん沈んでいく。雑木林に入るといってもどこまで行けばいいのか。夏にはこんもりと葉を茂らせて太る木々も今は寒々とした裸をさらけ出している。からすの巣がたくさんあった。住宅街に現れるからすはどこから来ているのかといつも思っていた。意外と長距離を移動するとは聞いたことはある。どこから来てどこへ去っていくのか。

 今わかった。こういう人気のないところにひっそりと巣を作っているのだろう。彼らはここに人間が近づかないことを知っているのだ。雪面に群がっているからすがあった。共食いだった。冬越せず力尽きたからすを食っているのだ。彼らの生きる術の一つなのだろう。それを否定はできない。

 ドサッと音がした。

 あかみはびくっとして振り返った。雪面にからすが横たわっていた。翼をバタつかせているがもう飛ぶ体力がないのだろう。からすが群がった。翼を引き裂いて目玉をくり抜いた。からすの口に収まった黒い目玉はあかみを恨めしげに見ているようだった。

 人の足跡があった。あかみのものではない。先にここへ来ていた者がいるのだ。こんな雑木林の中とくに何も目的がなければ普通は入らないだろう。

 …森谷苗。

 頭のてっぺんをからすがかすめていった。合図にするかのようにからすが次から次へと襲いかかってきた。髪を引っ張られたり耳をかじられたり服を引っ張られたりやりたい放題だった。

 からすに背後から襲われた時に振り向きざまにはたき落としてめちゃくちゃに羽根をむしり取ってやるイメージがあったが現実にはムリだった。あちこちついばまれてそれどころではない。

 あかみは逃げた。恐怖と緊張感とで息が切れている。

 雑木林を抜けて道路に出た。

 その時にスマホを落としたことに気づいた。

 どうしよう…。

 悩んだが取りに戻るほかない。落とした物が悪すぎる。いつの間にか完全に日が没していた。暗闇に包まれている。明日の下校時など明るい時間帯に取りに戻ろうかとも考えたが今夜は雪が降る予報だったし、何よりスマホを手放したままで友達から連絡があったらどうしようか。

 あかみはカバンからペンライトを出して雑木林にふたたび戻った。

 ふたたびからすの襲撃にあったもののカバンを振り回して叩き落とした。


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