音ゲー、ミスしたら死ぬ
早起ハヤネ
第1話 からす
からすはそれぞれすぐ近くの電線、一戸建ての屋外アンテナ、街路樹の枝葉の中へ逃げて行った。なにを考えているのかわからない不気味な黒い目玉が四つ赤松を見下ろしている。黒い目玉の向こうに得体の知れない何者かがレンズを通して見ているようなうすら寒さがある。
背を向けると襲撃される恐れがあったので正面向きながら後ろ向きにこの場を去った。
自転車に乗り登校する。赤松はこの春高校一年生になったばかりである。近くのコンビニで友達の
本当はいけないことを知っているのだが二人で並走して自転車をこいでいた。校舎の近くショートカットできる公園を通りかかった時、赤松の頭上をなにかがかすめて行った。からすだった。
あかみはカチンときた。
この世でいちばんからすが嫌いである。ガーガー鳴く大音量と攻撃的な姿勢が癇に障った。タカとかクマとか自分よりも大きな捕食者を小馬鹿にした態度でエサをかすめ取っていく図々しいところも嫌いだった。いつだったかあまりに警戒心をなくしてタカに近づきすぎたからすがタカにわし摑みにされて川で溺死させられた映像を見たことがあって、あれは最高に溜飲が下がった。
あかみはからすの巣を見つけると自転車から降りて木を蹴った。威嚇のため足元に転がっていた石も投げた。
「あかみやめなよー」ハタハタが諌めた。「いくら攻撃されたかってそういうの良くないよー」
「いいのよ別に。あっちからケンカ売ってきたんだから。人間の怖さを教えてあげないとますます図に乗らせるばっかじゃん」
「からすってあいさつをしたら襲ってこないらしいよ」
「あいさつ? どんな調子でやればいいの?」
「おっはよーとかこんちわっスとかチースでいいんじゃない?」
「逆に怒らせそうだよそれ」
からすはギャアギャア騒いでどこかへ行った。
逃げたふりして隠れてこちらの様子をうかがっているにちがいない。そして背を向けた瞬間に少しずつ枝を渡って近づいてくると頭を攻撃してくるのだ。たまにからすをわし摑みにして地面に叩きつけてやりたくなることがある。
教室に入り席につくなりあかみはイヤホンをつけてスマホのアプリを開いた。いわゆる音ゲーというリズムに合わせてタップしていくゲームである。赤松はこれが得意で全国でもトップ10に入るほどのやり込みようだった。
ホームルームで先生がやってくるまで続けた。
昼休みになってもあかみは音ゲーをやった。やりこみすぎて就寝前に音楽に合わせて飛んでくるマークが次々と脳裏でループして寝つきが悪くなるほどである。
「ねーあかみちゃん。あかみんっていうニックネームでランキング10位に入ってる子ってあかみちゃんでしょ?」
クラスメイトの
「ヒミツだからそれは言わなーい」あかみはもったいぶるつもりもないし、彼女とそれほど親しくもないのに明るい調子で切り返した。
「実はわたしもやってるんだけど最近初めたばかりで全然十万何位とかだよ。あかみちゃんすごいね」
「ゲームの順位が高くたってなんの飯のタネにもなりはしないわ」
謙遜しつつもあかみは自尊心が満たされていた。
「ところで知ってる? ある怪談ばなしなんだけど」
「なに?」
「その前に冬のあいだからすたちはなにをしているか知ってる?」
「ゴミステーションで生ゴミを漁ってるよね。雑木林にも秋に売れ残った果実とかあるんじゃないの? あとネズミとか小動物? 死骸も漁るかもしれないね」
「じゃあ冬を越せないで死んでいくからすがいることも知ってる?」
「あーそれは知らなかった」
「からすっていつもそこにいるから考えたこともないと思うけど意外と冬を越せないで死んでいくからすってたくさんいるの」
「それと怪談がどうつながるの?」
「ああ本題に入るわね。そのからすたちが人知れずひっそりと死んでいく場所はこの町のある雑木林の中にあってからすの墓場って言われているらしくてね、町じゅうから死期を悟ったからすが集まってくるらしいの。そこへ行ってからからすの死骸を見た後に音ゲー最高難易度をやってミスったら死ぬっていうね」
「なにそれ。マジ? ちょっと信じられないんだけどー」
「今度わたし試してみようと思うんだ」
「やめた方がいい」あかみは言った。「そんな怪談信じちゃいないけどさー森谷さんはさっき始めたばかりって言ったじゃん? 最高難易度なんてめちゃくちゃ難しいからね。怒濤のごとくマーク飛んでくるよ」
「じゃあもっと練習してからやってみよっと」
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