第3話 秋田

 9月1日

 福田康夫首相は首相官邸で緊急の記者会見を行い、「首相および自由民主党総裁の職を辞することを決めました」と辞意を表明。


 9月2日

 日本相撲協会、先のロシア人幕内力士の大麻所持事件を受け、十両以上の関取を対象に行った抜き打ちの薬物検査により、大嶽部屋及び北の湖部屋所属のロシア人兄弟幕内力士2名からマリファナ反応が検出されたことを緊急記者会見で発表。


 9月5日

 事故米不正転売事件を農林水産省が発表。


 9月11日

  明治製菓と明治乳業が2009年春をめどに経営統合し、持ち株会社を設立することを発表(11月26日に両社が臨時株主総会を開催、持ち株会社の社名は明治ホールディングスとなる)。


 9月13日

 京都縦貫自動車道丹波綾部道路綾部安国寺IC - 京丹波わちIC間が開通。


 9月16日

  アメリカ証券会社大手リーマン・ブラザーズの経営破綻に伴い、同社日本法人リーマン・ブラザーズ証券および関連会社が東京地方裁判所に対し民事再生法適用申請。リーマン・ブラザーズ証券の負債総額は計約3兆9000億円と、2000年に倒産した協栄生命保険に次ぐ戦後2番目の大型倒産。

 

 9月17日

 大館に住む江川春奈は37歳、数年前に夫を亡くして今はすっかり容色があせてしまっていた。そんな彼女に秋田県警の四日市昭が求婚し、春奈も気が乗らないままに承諾した。彼女は四日市からの求婚を後輩刑事の綾瀬さくらに伝えるが、あまりいい顔はしなかった。

 春奈が相手のことを愛してないと知るや、「そりゃ良かった。男をいい気にさせちゃいけないよ」と言うほどだった。


 四日市は長く仲たがいしている上原裕貴から「たか子みたいに不幸にしたらダメだからな?」ときつく言われた。

 四日市、上原、神木たか子の3人は警察学校の同期だ。四日市はたか子とつきあっていたが、酔っては殴り挙げ句には流産させている。

 

 9月24日

 福田康夫内閣総辞職。同首相の在任期間は365日と、日本国憲法下では史上7位の短命政権となった。

 第170回国会臨時会召集。福田内閣総辞職を受けた首班指名選挙で、衆議院では自由民主党の麻生太郎総裁が、参議院では民主党の小沢一郎代表がそれぞれ内閣総理大臣に指名され、両院協議会で両院が合意に至らず、日本国憲法第67条の規定に則り、麻生太郎が第92代内閣総理大臣に指名される。

「何が『あなたとは違うんです』だ、ざけやがって!」

 テレビを消した上原は、大館市郊外にあるパン工場で働く稲石大志を訪ねるが、彼は無愛想に応じる。彼の片方の腕は義手となっており、そうなった事故の原因を作ったのが他ならぬ四日市だとまくしたてた。

「奴が結婚するだと?式場に時限爆弾でも仕掛けてやりたいくらいだ。アイツが無茶な潜入捜査を企てたせいでこのザマだ!」

 稲石は『飛車』という殺し屋組織に潜入したが、刑事であることがバレて日本刀で左手を斬り落とされた。上原が助けてくれなければ死んでいた。

 同情した上原は彼のアパートに行き、スパゲッティの食事をこしらえてやるが、そこでいきなり稲石はテーブルをひっくり返し号泣した。突然の出来事に呆然となる上原だった。

 

 10月7日

 アメリカの金融危機のあおりを受けて株価が下落を続け、日経平均株価が一時9916円21銭を記録。1万円を割り込んだのは2003年12月以来。


 同日、小林誠(高エネルギー加速器研究機構名誉教授)、益川敏英(京都大学名誉教授)、南部陽一郎(シカゴ大学名誉教授)3名のノーベル物理学賞受賞が決定。日本生まれの人物3人が同年にノーベル賞を受賞するのは史上初。


 10月8日

 海洋生物学者で理学博士の下村脩(ボストン大学名誉教授)、『緑色蛍光タンパク質GFPの発見と開発』の功績により、ノーベル化学賞の受賞が決定。


 東京株式市場の日経平均株価終値が前日比952円58銭安の9203円32銭となり、前日比9.38%の下落率を記録。この時点で1987年10月のブラックマンデー(14.9%安)、1953年3月のスターリン暴落(10%安)に次ぐ過去3番目の下落率だ。

 

 8日の夜遅くにさくらのアパートを突然、四日市が尋ねてキスを迫る。

 彼女もせきを切ったようにキスを返し、2人は関係を持ってしまう。

 翌朝、自分を深く戒める四日市の様子を見たさくらは、最初で最後のデートとして映画を観に行くことができれば、すっぱりあきらめると言ってきた。

 四日市も承諾し、アパートを去るとデートの準備に取り掛かる。久しぶりのパーマ屋で白髪交じりの髪を染め、通販で買った背広とブーツに身を包み映画館に現れた彼はまるで別人のようで、さくらも改めて惚れ惚れと見とれるのだった。


 同じ劇場のロビーでは江川春奈が医師の西村雅史と連れだって来ていた。

 一方で母の上原隆史はひとり曲げわっぱ手作り体験をしていたが、美しい女性と意気投合し、近くの軽食屋で食事を楽しむ。

 彼女の正体は青森県警察刑事課の中山葵管理官だった。

 そして四日市とさくらはと言うと、映画観賞の後、酒をくみかわすうちに名残惜しくなり、再びさくらのアパートへと向かった。月が煌々と輝く窓辺で激しく交わった。


 翌日、能代にある上原のアパートの部屋にくらが突然訪ねてくる。求婚しに来たのか、はたまた別れを告げに来たのか?

 2人は能代バスケットボールライブラリー&ミュージアムにやって来た。JR能代駅からは徒歩5分だ。上原は全国制覇を何度もしてる能代工業高校出身だ。『SLAM DUNK』の流川に憧れていた。この場所はさくらと最初のデートで来た。

「今までありがとう、私結婚するんだ」


 11月22日にさくらと四日市は結婚するがが、しばらくしてさくらに子供が出来ないという事実が分かる。

 四日市はひどく落ち込んで警察も辞めてしまう。思い余った2人は、横手に住む四日市の先輩、佐藤鉄矢警視に息子が誕生したというニュースを見て、彼の家に忍び込んで赤ん坊を盗み出してしまう。


 誘拐した赤ん坊を勇次と名づけ、しばし幸福感を味わう2人。しかし西村と春奈に嗅ぎ付けられ、勇次を巡る争奪戦が勃発する。


 テロリストに成り下がった前田憲男は戦闘ヘリ、AH-64 アパッチの操縦訓練を受ける事になった。男鹿半島上空で練習した。

「気づけばもう12月だな?」

 男鹿にはなまはげ伝説が残っている。またゴジラ岩という奇岩が存在する。


 12月21日午前0時25分頃、男鹿エリアにある真山神社で中年の男性が全裸で倒れているのを通行人が発見し、病院で死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は鼻と口を圧迫したらしい窒息死であり、目立った外傷はなく、左腕に強くつかまれたあざと出血があった。

 西村雅人の死因は窒息死じゃなくて、溺死だ。さくらはサイコメトリストだ。西村が入道崎から突き落とされるシーンが脳裏に過ぎった。

 真山神社は杉木立に囲まれており、なまはげゆかりの地として毎年2月に紫灯まつりが行われる。神社前庭には慈覚大師の手植えと伝えられる。

 現場から徒歩5分離れたなまはげ館・男鹿真山伝承館の屋外駐車場では、車の下部から西山が身に着けていたセーター、Gパン、下着、靴下、靴が入ったレジ袋2つが発見された。レジ袋は地元スーパーの物であった。


 クリスマス・イブ、大仙エリアでカジノを楽しむ四日市とさくらに1人の男が近づいてきた。金持ちのギャンブラー、谷村伸也である。谷村は四日市をポーカーで負かして膨大な借金を作らせたうえ、そのカタに自分とさくらをデートさせろと要求してきた。実はさくらは伸也の亡き妻、桜に生き写しだったため、彼女を横取りし結婚しようと企んでいたのだ。


 大晦日、谷村はさくらを強引に連れてハワイに高飛びしてしまう。彼女を奪い返すべく四日市は怒りに燃えた。

 

 2009年1月4日

 田辺明慶は大仙エリアにやって来た。一連の殺人犯が潜んでいるという情報をもらったのだ。雪が降り始めていた。コートを羽織り、ニット帽をかぶっていたがあまり意味がなかった。JR大曲駅からタクシーに乗った。🚕

 約20分のところに旧本郷家住宅はあった。大仙市角間川地区は江戸時代から船運の要衝として栄え、地主の本郷家住宅は江戸末期から昭和期までの建築物の特徴が反映されている。屋敷の周辺におかしなところは見られなかった。

 タクシーに再び乗り込み、約15分のところに国指定名勝旧池田氏庭園がある。

 ⛄雪だるまが可愛らしげにあった。子どもたちが作ったのだろう。さらにタクシーで10分のところに、花火伝統文化継承資料館があった。ファン!ファン!🚓

 パトカーが館の前に停まった。

 田辺はタクシーから降りた。パトカーの助手席から美しい女性が降りてきた。警察手帳を見せてもらった。

『大曲警察署刑事課・主任・江川春奈』とあった。つい最近、大館署から異動になったらしい。大館市は忠犬ハチ公のふるさとだ。

「私は週間醜聞の田辺と申します」

 名刺を差し出した。

「花火が盗まれたの、仕事の邪魔しないでね?」

 随分辛辣だな?

「先月、真山神社で起きた殺人事件との関連性は?」

「分からない」

 もしかしたらスグ近くに犯人が潜んでるかも知れない。野次馬の中にフードをかぶった黒いジャンバー姿の男がいた。大柄だ。奴は田辺と視線が合うとそそくさと逃げ出した。

「待て!」

 田辺は男を追いかけた。雪は随分積もって、足を取られた。(クソッ!スノーシューズで来るんだった!革靴じゃ走りにくい!)

 男はタクシーに乗り込み大曲駅の方に向かった。田辺もタクシーを呼び駅に向かう。

 大曲駅前の花火通り商店街にある老舗喫茶店『ミルクハウス』でスパゲッティナポリタンを食べた。アツアツの鉄板に盛られてる。

 腹が減っては戦は出来ぬ!

『花火パフェ』ってのも人気らしい。

 店から出ると銃声がした。さっきの大柄な男が立っていた。両手でリボルバー拳銃を構えている。田辺はゲボッ!と血を吐いた。

 通行人が悲鳴を上げて逃げていく。

(クッ、クソッ!こんなところで死ぬなんて……)


 江川春奈は殺人現場にやって来た。白い雪は血の海が出来ていた。悲鳴を聞いて駆けつけた。今回は特例だ。

「たっ、田辺さん」

 口からは血だけでなくスパゲッティが出ていた。衝撃で胃から飛び出したのかも知れない。

 春奈は吐き気と必死に戦った。


 弘前署から応援に来ていた椎名は周辺を聞き込んでいた。『ミルクハウス』って店に立ち寄っていたことが明らかになった。

 自己都合退職をした四日市に変わり、青森県警から応援に来ていた中山葵が陣頭指揮を取ることになった。

 覆面パトカーから降りると、「下っ端は聞き込みに行きなさい」と冷たく言い放った。

(外様風情が!)春奈は思わず葵を睨みつけていた。

「何か文句でも?」

「いえ……」

 鈴木渚、大方ちとせ、明石圭、西村雅人、田辺明慶……これで5人。

 鈴木渚も銃で殺害されていた。

「犯人は北海道の人間?」

 春奈は歩きながら呟いた。

 田辺の血液を調べたところ、田辺は『ミルクハウス』の他に『旧池田氏庭園』と『旧本郷家住宅』に寄っていることが分かった。

 

 椎名は『なまはげ伝説殺人事件』のプロットを考えていた。秋田県では、藁で体をつくり、木彫りの面をつけた人形道祖神「鹿島様」を集落の入り口に設置する風習があり、高いものでは4mにも及ぶ。鹿島様となまはげは風貌は似ているが、なまはげ立像の設置に鹿島様のような宗教性があるとの言及は見られず、設置場所も集落の入り口とは限らない。

 近年の立像では、赤と青の1対のなまはげが設置される傾向があるが、伝統を受け継いできた数十の集落でこのような赤と青の1対が定番なのかは不明である。

 

 江川春奈は椎名正孝と旧池田氏庭園にやって来た。

 旧池田氏庭園は仙北平野のほぼ中央部に位置し、約4haの敷地は東に奥羽山脈、西に神宮寺岳、南西に鳥海山を遠く臨む広大な田園地帯に囲まれている。

 約42,000平方メートル(12,700坪)の広大な敷地は、池田氏の家紋にならって亀甲の平面形を呈しており、周囲は石垣を伴う堀と土塁で区画される。仙北平野を特徴づける屋敷林をともなう散居でもとりわけ傑出した景観を有している。庭園は明治29年(1896年)の陸羽地震により家屋が倒壊したのを機会に耕地整理事業と併せて所有地を集約し、大正時代にかけて、後に近代造園の祖と呼ばれた造園家長岡安平により造られた貴重な文化財であり、観賞上の価値だけでなく、学術的な価値もきわめて高い。


 池泉廻遊式の庭園や笠の直径が約4メートルもある巨大な雪見灯籠、1922年(大正11年)竣工の洋館(私設図書館)を配している。現在、過去の地震で倒壊した高さ4.8メートルの石造五重層塔も復元されている。

 

 庭園には上原裕貴の姿もあった。上原は友人を連れ立っていた。

「あれ?椎名警部」

「上原さん、どうしてこんなところに?確か、能代でしたっけ?」

「うん。まさか、あれからずっとマークしてたのか?」

「いえ、マジで偶然です」

 上原の友人の義手を見て椎名は顔を顰めた。

「お辛いでしょう?」

「アンタ誰だ?」

「私、こういう者です」

 椎名は警察手帳を掲げた。

「銃撃事件、解決したのかよ?」

 椎名は初対面なのに馴れ馴れしいな?と不快に思った。

「いえ、まだです」

「俺も昔はアンタと同じ仕事してたんだよ」

「刑事だったんですか?」

 椎名はコートの横ポケットの中に手を突っ込み、ホッカイロを揉んだ。

「四日市の野郎、奴のせいで人生台無しだ」

「四日市さんってこの間まで県警で勤務してましたよね?」

 椎名は言った。

「アイツはとんだ悪魔だ」

「ところであなたのお名前は?」

「イナイシタイシ」

 椎名はメチャクチャ驚いた。イナイシって、大方ちとせを尋ねてきた謎の男が探していた男だ。

「あなた、誰かに恨まれるようなことしてませんか?」

「椎名さん?」

 春奈が椎名の顔を覗き込んだ。

 椎名は経緯を話した。

「大方ちとせ、知りませんね?」と、稲石。

「あれだけの大事件ですよ?」

「事件のことは知ってるけど、会ったことはない」

 椎名は寿退社した瀬島祐希を怪しんだ。大方ちとせを尋ねた怪しい男が『イナイシ』を探してるという情報を持ってきたのは彼女だったはずだ。

「情報自体が嘘だったってことか?もしかしたら、大方ちとせを殺したのは瀬島かも知れない」

 思わず椎名は口走っていた。

「瀬島?誰です?」と、春奈。

「いや、何でもない」

 確たる証拠もないのに疑うのはよくない。

 椎名は仲間にメールを送った。

『義手の男を尾行しろ、ソイツがイナイシだ』


 椎名は正門を眺めた。椎名は建築学にも詳しい。形式は薬医門である。親柱の寸法470×350㎜、控え柱の寸法235×235㎜の太さをもつ大型の門である。

 上原と稲石が正門を出る。


 冠木は化粧棟木間は両端および中央に束(木鼻付)、その間、左右に雲水の台座をもつ池田家の家紋である『亀甲桔梗』の彫物が入っている。門の両側にさらに脇口を構えるなど、大資産家の正門としての重厚さ、格式をよく表している。


 庭園周辺はモミジ、オニグルミ、ソメイヨシノ、ノムラモミジ(赤)、サワラ、タラノキ、ヒバ、モミなどの様々な木が囲んでいる。

 

 今村敬輔が設計したこの洋館は、大正11年(1922年)の竣工で、秋田県内で最初の鉄筋コンクリート造建築物である。数年後、2017年に『旧池田家住宅洋館』の名称で国の重要文化財に指定される。


 外壁は白磁のタイル張りで、御影石の基壇がめぐり、車寄せの柱には国外から取り寄せたと言われる白色大理石が使われている。洋館内の随所にシャンデリアがきらめき、貴重な高級壁紙金唐革紙が部屋を彩る、ルネサンス様式を取り入れた洋館である。

「綾辻行人の『館シリーズ』に出て来そう」と、春奈が言った。

「誰それ?」と、椎名。

「『人形館の殺人』とか知りません?」

「さぁ?ちょっとお手洗いに行ってきます」


 春奈は男子トイレに入った。腹が痛いわけじゃないし?おしっこがしたいわけでもない。ましてや間違ったわけじゃない。田辺が入ったのなら残尿思念、いや、残留思念が残ってるかも?残念ながら水は流されていた。

「一応やってみるか?」

 稲庭うどんが脳裏に浮かんだ。田辺が稲庭うどんを食べたとは限らないが行ってみる価値はある。ノックされた。

「おい!そこ、男子トイレだぞ!?」

 椎名の怒鳴り声がした。

 春奈はトイレから出た。「間違えましたぁ!私、少し目が悪いんですよねぇ……」

「目じゃなくて頭じゃないのか?」

「ヒドイですよぉ〜、それよりお腹空きません?」

「うん」

「稲庭うどん食べません?」

「秋田の名物だよね?」

 池田庭園のスグ近くに『幻夢堂』って蔵のような外観のうどん屋がある。なめらかな舌ざわり、つるつるした食感。

「稲庭うどんの独特の技法が確立したのは寛文5年なんだ」

「椎名さん、寛文5年って?」

「1665年だ。稲庭うどんってのは秋田藩御用達の干しうどんなんだ」

「椎名さんって歴ヲタなんですか?」

「うん、ごまのつゆも美味いけど醤油もうまいな?」

 春奈は店主に田辺の遺体の写真を見せた。

「ウゲッ!何だよいきなり?」

「あっ、すみません。私は大曲署の江川って言います」

 春奈は警察手帳を見せ、銃撃事件について話した。

「物騒だよなぁ?」

「この店に田辺さん来ませんでしたか?」

「いや、こんな人見てないな?まぁ、忙しいから客の顔なんかイチイチ覚えてないけどな?」

 ピーピー♪椎名の無線が鳴った。

「はい、椎名です。えっ!?」

「どうしたんです?」と、春奈。

「稲石が殺された」


 葵は愕然としていた。

 クレヨンしんちゃんのパパ、野原ひろしが大曲出身だった。確かにそれも驚きだったけど、稲石が殺されてしまうとは!

 稲石はコンビニの男子トイレの和式便器に顔を突っ込み死んでいた。背中には銃痕があった。

「またしても射殺?」

 死体を発見した豚みたいに太った男性店員は腰を抜かしている。

 警察学校時代、『第一発見者を疑え』と習ったが、どう見ても殺し屋には見えなかった。稲石は何も購入していなかった。相棒の上原は大曲駅に、彼は駅前のコンビニに入り葵は稲石を尾行した。上原は別の人物がマークしている。

 バタバタ!と足音がしたので振り返ると江川春奈がいた。

「大曲署の小娘か!何度言ったら分かるの?下っ端は基本現場に入れないの!」

「分かってます!私、サイコメトリストなんです!」

「私をからかうのがそんなに楽しい!?」

「葵さん、彼女の言ってることは嘘じゃありません」

 椎名が後ろからやって来た。

「正孝?」

「数年前のテレビに出てたのを思い出しました。彼女は江川春奈、有名な名探偵のお孫さんです」

「まさか、江川乱舞か?大正から昭和にかけて活躍した人よね?」

 エガワランプが正式な読み方なのだが、ずっとエガワランブと間違って読んでいた。

「そうとは知らずに失礼しました」

 葵は正直、手詰まりだった。

「分かればよろしい」

 江川春奈は背中から流れた血液に念力を送った。

「ゔ〜ゔ〜!」

「お腹でも痛いの?」と、葵。

「読めた!」

 真犯人の顔までは分からなかったが、そいつは確かに大曲駅から、東京行きの秋田新幹線こまち号に乗った。

「緊急配備をお願い!」

 春奈は腹の底から吠えた。

 

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