第3話 宝来神社
ルートCは帰り道で
雷一は階段を登り始めた。階段を三百三十三段昇ると、頂上の宝来神社に着く。
雷一はおでこをさすりながら、ひたすら階段を昇る。一段一段、右足、左足とスニーカーを見ながら登る。上を見ながら登ると、階段の多さに気が滅入るのだ。
「こんにちは、雷一君。」
声に反応して雷一が見上げると、団子ばあちゃんが笑いかけている。団子ばあちゃんは、ほぼ毎日、宝来神社にお参りする信心深いおばあちゃんだ。決して出不精ではない。おばあちゃんの名前は知らない。雷一が神社の境内で友達と遊んでいた頃、団子ばあちゃんがお供えに持ってきた団子を、雷一達におすそ分けしてくれた事があった。団子ばあちゃんの手作りの団子は、砂糖控えめでおいしかった。いつしか、みんなで団子ばあちゃんと呼ぶようになった。
「団子ばあちゃん、こんにちは。」
雷一はペコリと頭を下げた。団子ばあちゃんは、しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、雷一の顔をじっと見つめた。雷一も思わず団子ばあちゃんの顔をじっと見た。
「雷一君。あんた、おでこに模様が入ってるねえ。」
団子ばあちゃんは、雷一のおでこを指さして笑った。笑うと金歯がキラリと輝いた。雷一は言われるままにおでこに触った。確かにおでこに
「ちょっと、色々あってねえ。」
「近頃の小学生は大変だねえ。雷一君。悪い事があったら、次は必ずいい事があるからね。
団子ばあちゃんが、また金歯を光らせてニコッと笑った。雷一は照れ笑いをしながら団子ばあちゃんに頭を下げると、階段を駆け上って行った。きっと、昼休みにドッジボールで付いた跡だ。
「勇太の馬鹿野郎。なんであんな事をするんだよ。」
思い出すだけでも、雷一は腹が立ってくる。
勇太は、雷一の亀の子作戦を前にして、最初は大声でどなり続けた。
「ひきょう者。」
「いくじなし。」
「オカマオンナ。」
ありとあらゆる、勇太が思いつく
「わかったよ。俺の負け。お前の作戦勝ちだよ。もう、昼休みが終わっちゃうよ。」
ボールを手放す音がした。
「やったー、亀の子作戦が成功したー。」
そう思って雷一が顔をあげた瞬間、正面からボールが向かってきた。ものすごいスピードボール。
「バチーン」
雷一のおでこにヒットしたボールが地面に落ちた瞬間、昼休みの終わりを告げるベルが鳴り始めた。
「ひっかかったな。弱虫亀の追い出し作戦、大成功―。ちょっと早いけど、俺からのお年玉だ。」
雷一がひりひりするおでこをさすりながら見上げると、勇太が左にちょっと曲がった鼻をひくひくさせながら高笑いしていた。
雷一は神社の頂上にたどり着いた。誰もいなかった。五年生の時は、夏休みにここでみんなでドッジボールをしたものだ。あの頃は勇太も仲よく遊んでいた。
「なんで僕を目の敵にするのかなあ。」
雷一はぶつぶつ呟きながら、鳥居の前まで歩いた。十メートル程先に向かい合った狛犬が
「あー。」
次に向かいに座る狛犬に向かう。参拝客に撫でられて両足の表面がつるつるしている。顔をじっと見つめると、今度はその狛犬の顔を真似て口をへの字に結んで唸った。
「うーん。」
雷一はこの神社に来ると行う一連の儀式を終え、参道を本堂に向かった。今日の一番の目的だ。左のズボンのポケットから、小さくたたんだ紙切れを出した。破ったノートに勇太の悪口をびっしりと書いてある。
「どうか、勇太に天罰が下りますように。朝起きたら、おちんちんの先っちょが痛くなってますように。おさい銭は今度来るときに必ず持ってきます。」
雷一は紙切れをきれいにたたみ直すとさい銭箱に投げ入れ、大きく
「この神社は、本当に人気がないなあ。」
雷一は呟いた。この神社には人は住んでいない。
「暗くなる前に帰ろう。」
雷一は本堂の左側に回った。本堂の裏に細いけもの道があった。そこを下ると国道に出る。そのけもの道を使えば、小学校の指定した登下校ルートより、家までだいぶ近道になるのだ。その時、遠くで犬の鳴き声が聞こえた。腹をすかせて食べ物を探しているのか、悲しそうな、か細い泣き声だ。最近、野良犬が増えたので登下校時は気を付けるようにと、校長先生が終業式で言っていたのを雷一は思い出した。雷一は足早に、けもの道を下り始めた。昨日の雨で足元がすべる。その時、後ろにまた気配を感じて振り返った。今度はいた。子犬だ。悲しそうにこっちを見ている。
「ブルドックかな。」
どっかで会ったことがある顔だ。雷一には思い出せない。自分の体が引き込まれて行きそうな神秘的な
「ごめんよ。僕の家じゃ飼えないんだ。」
雷一はそう言うと、けもの道を急ぎ足で下った。後ろから子犬がじっと見ているのが背中に感じられる。後ろを振り返りたい
「ごめんよ。」
雷一は呟くと、国道を目指した。すると、急に目の前にさっきの子犬が現れた。
「うわー。」
雷一はびっくりして
「やっと、会えたね。」
しゃべった。そしてニヤリと笑った。確かに笑った。人間のように口を横に広げて。その横に広がった口を見て、雷一は気づいた。
「
『そんな、ばかな。』
雷一は自分の体が、ゆっくりと後ろに倒れていくのを感じた。
「おさい銭をあげなかったから、ばちが当たったのかなあ。」
気が遠くなっていく。狛犬が碧い瞳で、じっとこちらを見つめている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます