第7回 植え替え上手になりたいぞ
「鉢花 愛の劇場 第三話」
朝になった。シクラメンは玄関先に運ばれていった。玄関先は薄暗く、とても寒い。
なぜわたしはこんなところにいなくちゃいけないのかしら。シクラメンはつぶやく。
もう台所が恋しかった。ガーベラとお喋りがしたかった。
自分の葉が一枚、少し黄ばんでいることに気付いて、シクラメンは猛烈に恥ずかしくなった。こんな黄色い葉っぱで、あの優しいガーベラに高圧的に接していたのか。
そう思うと、顔から火が出そうになった。カガリビバナだけに。
その夜も、シクラメンは台所に運ばれた。玄関先はキリキリに冷えていて――この辺の言葉で「シバレる」というらしい――、さっきまで反射式ストーブの灯っていた台所は、ほのかに暖かかった。
シクラメンは、開口一番ガーベラに謝った。
「ごめんなさい。わたしなんて葉が一枚黄色いのに、あんなに偉そうにして」
「え、ちょ、どうしたんです? 顔を上げてください」
ああ、ガーベラは優しい。ガーベラはおだやかな表情で、
「わたしだって秋まで庭にいたので、葉っぱに蜘蛛の巣ついてますし。気になさらないで」
「でも……新芽が青々としていてきれいだし」
「――シクラメンさんは、完璧主義者なんですか?」
ガーベラの鋭い切り返しに、シクラメンはしばし考えて、
「……完璧主義者に、見えて?」と、尋ね返した。予想外の質問だったからだ。自分が完璧主義者だなどと考えたことがなかったからだ。
「質問に質問を返すのはルール違反です」ガーベラは胸を張って言う。
「なによそのルール……」シクラメンは苦い顔をした。シクラメンは毒なので、ブタノマンジュウとか言われていても食べてはいけない。
もしかしたら、このガーベラという子は、話して打ち解けるうちに陽気な性格が見えてくるタイプなのかもしれないとシクラメンは思った。なんせあの太陽神みたいな花を陽気につける植物である。きっとすっごい陽気なのだ。
「ガーベラさん、あなたって意外と面白い方ね」
シクラメンはそう言い、ふふふと笑った。
「い、意外と面白い? どういうことです? わたしのなにが、どこが、面白いんです? 子供の落書きみたいな花ばっかり咲かせる上に今は葉っぱしかないのに」
「そういうところよ。わたしなんか子供の落書きにすらならないんだから」
シクラメンは笑ってそう答えた。ガーベラもあははは、と陽気に笑った。
「わたしたち、友達になれますか?」ガーベラの質問に、シクラメンはちょっともったいぶってから、「ええ、なれるわ」と答えた。
◇◇◇◇
そろそろこの謎のミニコーナーに慣れてきたな(慣れるな)。
きょうはちょっと気になっている植物と、これからやることの話をしようと思う。
単刀直入に言う。パキポディウムが気になる。インスタでフォローしている植物関係のアカウントがしょっちゅう流してくるからである。いわゆる「塊根植物(コーデックス)」というやつで、木の胴体から根にかけてまるまると太るかわいいやつだ。
パキポディウムはマダガスカルやアフリカの植物らしい。あきらかにわたしの住んでいるところと環境が違うので、枯らしてしまう予感しかしないのだが、塊根植物にはとてもそそられるものがある。
ただなかなか売っているところを見ない。多肉植物としてはすごくニッチなジャンルなのかもしれない。分かりやすいベンケイソウやメセンと違って、寄せ植えにする感じじゃないし、どちらかと言えば盆栽に近いのかもしれない。
というか盆栽もとてもとても気になっている。ただ盆栽は育て始めたら最後旅行にいけなくなるということを植物男子ベランダーで学んだ。でも梅の盆栽とかはちょっと欲しい。庭の梅はガチで春にならないと咲かないので、冬に室内で咲いている梅というのにもそそられる。
あと玄関先に水の入った大鉢を置いて、金魚なんぞ泳がせながら蓮やホテイアオイを育ててみるのも楽しそうだ。でもすぐ緑色になりそうだしと何年も挑戦未遂している。
植物をインテリア扱いするべからず、というモットーがある。玄関先に蓮やホテイアオイを置くのもインテリア扱いのような気もするからやめておこう、と今思った(ハッタリか)。
欲しい植物の話をしたので、これからやりたいことを書く。
さて、2月も半ばに入って花屋がカラフルな花で飾られるようになった。最寄のスーパーの花屋でもいろんな花が売られている。通りかかるたびいいなーいいなーと言っているが、最大の目標を忘れてはいけない。ガーベラを咲かすことだ。
水はわかるのだがどういう肥料を与えればいいとかそういうことがわからない。たぶん、「NHK趣味の園芸よくわかる栽培12か月」シリーズでガーベラは出ていないのではあるまいか。調べたわけじゃないからわからんけど。
たぶん日照不足だと思われるひょろった葉っぱが続々出てくるのだが、どうすればいいのだろうか。今日はびっくりするほどシバレて寒い。日当たりがいいからって玄関先に出したら枯れてしまう。
たかだか千円の鉢植えに必死こきすぎだと思うのだが、植物の主体性を尊重したいのである。植物にとって花が咲くということはこれすなわち植物の増えたいという意志だ。おそらくいま台所にちんまり置かれているガーベラは「咲きたい……しかし日光が足りない……ぐぬぬぬぬ……」と思っているに違いない。
とにかくガーベラ咲かせよう作戦は進行中である。あとで肥料について調べてみなければ。
シクラメンも夏を越させなければならない。まだ開花期でそういうことを考えるのはあとでいいのだが、シクラメンの夏越しには「休眠」と「非休眠」の二パターンがあるらしい。おそらく我が家のような気候のところなら「非休眠」でいいのだろうと思うのだが、なんだか不安である。初めてリトープスの夏越しに挑戦したときもこんな気分だっけ。
植物は命である。簡単に枯らしてはいけないと、エニシダを枯らしたときに思った。
エニシダの美少女の香りをもう楽しめないと思うと悲しいというほかないし、ほかにも枯らしてしまった植物の屍を乗り越えながら、わたしは「植物女子エンガワー」をやるほかないんである。そういや植物男子ベランダーの主人公もライターだったな。
屍ではないのだが、完全に徒長させてしまったハオルチアをどうしたものか考えている。
人気のオブツーサである。ガラス玉のように美しかったハオルチア・オブツーサは、いまはすっかり色のくすんだ小汚いエッフェル塔になっている。山の形に葉が出て、それが長~く徒長してエッフェル塔になってしまったのだ。いや通天閣かもしれない。
だから初売りのホームセンターで、五百円で売られていたハオルチア・オブツーサ・トゥルンカータを見た時欲しいと思ったのだが、絶対に徒長させるよな……と諦めたのであった。
もしかしたら百均の「多肉植物の土」というのがよくなかったのだろうか。
百均で売られている便利アイテムなのだが、「これ……ホントに多肉の用土……?」というような質感なのである。もっと砂っぽくて乾いた土のほうがよさそうなのだが、「多肉植物の土」と書いてあるし、これでいいかなと見切り発車でこれに植え替えた多肉が続々と徒長して枯れているのだ。リトープスやコノフィツムは高価なのでちゃんと赤玉土1:鹿沼土1に混ぜ込み肥料、という組み合わせに植えている。その結果リトープスは元気なのだから、……やはり土の問題なのだろう。これも今年の課題である。
ハオルチアには軟葉系と硬葉系があって、うちには硬葉系もいる。十二の巻というとても一般的なやつで、黒々とした雄々しい見た目をしている。
こいつが最近子株をぽこぽこ出していて、これももうちょっと育ったら植え替えたほうがいいのかな、と思いながら悩んでいる。
今年の目標は「植え替え上手」だな……などと考えている。
やはりもともと育った環境とわたしの住んでいるところの環境はどうしても違う。日本の生産者が育てているにしたって暖かくて乾いた温室なのだろうし、このシバレ雪コ降る北東北でどうやって育てるべかということをよ、考えねばねえんだな……。
わたしは祖母から買い物大好きの遺伝子を流し込まれた人間である。どうしようもなく、衝動買いしたくなるときがある。しかし植物は命だ。ここにいるわたしと何ら変わらない。それをむやみに潰えさせるのは申し訳ない。
もう衝動に任せて植物を買うのはやめようと思うのであった。
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