第5回 地元のホムセン最強説
(今回の前半は予定を変更して、鉢花・愛の劇場をお送りします)
「つまらないところね」
シクラメンはそうつぶやいた。玄関。果てしなく玄関。家族三人分の靴が並べられ、キーケースが置かれ、玄関のガラス戸のむこうには雪が積もっている。
シクラメンがここにきてそろそろ二週間が経とうとしていた。しかし花を新しく開くには、いささか寒すぎた。明らかに、夜の気温は五度を下回っている。そんなところでは咲けないし、玄関は日当たりがよくなくて日光不足。乾くべき鉢も乾きすらしない。
退屈だ、と何度言っても退屈であることは変わらないので、退屈だというのを我慢して、シクラメンは寒い玄関で花を保っていた。その白い花の美しさには自信があった。
シクラメンは美少女である。
ソロモン王の冠を飾った血筋の、高貴な出自の美少女である。
それがなぜ、こんな貧乏くさい家にいなければならないのか。そもそもホームセンターの初売りセールに並べられたのが没落の始まりで運の尽き、といったところだろうか。
そもそもこの家の人間はわたしを世話する気はあるのかしら。シクラメンはそう考える。たいていの人間は、シクラメンをワンシーズン楽しんだだけで枯らしてしまうという。枯れたくなかった。命を希求し、シクラメンは花を咲かせていた。
――ある宵のことだった。
急に人間がシクラメンを持ち上げて、台所に移動させた。台所は玄関以上に雑然としていた。海苔やらピザソースやら醤油やら、電子レンジやらトースターやらの並ぶ台所に、無神経に置いておかれたシクラメンは、かちんときていた。
なんで。なんでこんな扱いをされなくちゃいけないの。わたしはソロモン王の王冠を飾ったシクラメンの末裔であると、シクラメンは怒りに震えた。
「あ、あの、」
恐る恐るだれかが話しかけてきた。そちらを見ると、鉢から葉ばかりぴょいぴょいと飛び出した、奇妙な鉢植えがいた。
シクラメンはとっさに、その鉢植えが友達にふさわしいか考えた。
シクラメンは無数の花をつけていて、堂々と咲き誇っている。しかしその話しかけてきた鉢植えは、明らかに葉っぱばかりの、まさに季節外れの貧相なものだった。
普段なら、シクラメンはその鉢を「あなたはわたしの友達にふさわしくないわ」と無下に扱ったろう。しかし、この家にいるということは、シクラメン同様に、大きな花を咲かす植物であることが想像できた。シクラメンはその葉ばかりの鉢植えに訊ねた。
「あなたはどなた?」
「が、ガーベラです……」
これが、シクラメンとガーベラの、出会いであった。(つづく)
◇◇◇◇
なんだこれ(困惑)。
なんでこんな得体のしれないコントを始めたのかというと、NHKの植物男子ベランダーというドラマで、前半と後半に挟まるミニコーナーとして「多肉・愛の劇場」というのをやっていて、それをうちにいる花でやってみたくなったのである。
植物男子ベランダーはすごく面白いドラマだったのだが、一期と二期は地上波でやったものの、三期は地上波では放送されていない。すごく面白かったので三期も観たい。NHKはときどきものすごく野心的なドラマを放送するので馬鹿にできない。たとえば「ちかえもん」とか。
そういえば「ひよっこ」というわたしの大好きな朝ドラのラストも、茨城の農家であるヒロインの実家で新しい作物として花卉栽培を始める、というお話だった。一面の花畑に帰ってくる有村●純。うつくしい。
そんなこたぁどうだっていいんである。
きのう(2020年1月15日)、シクラメンを日光浴させてみた。冬空の晴れ間に、ほんのちょっと風除室においてやっただけなのだが、あきらかに元気になってびっくりした。
それから夜は寒そうなので玄関から台所に取りこんだら、若干花芽が緩むくらい元気になって、やっぱり寒すぎたのかあ、と反省した。
どうにも、かつてミク●ィの多肉コミュで見た「メセンはなるべく鉢を動かさないこと」というルールが頭にあって、メセンでないものも鉢を動かしていいのだろうかと悩んでしまう。そして多肉植物ばっかし育てていたせいで、ふつうの植物の水やりのタイミングがさっぱり分からない。花の育て方の本には、だいたい「土の表面が乾いたら水やりをする」とあるが、どういう状態が「土の表面が乾いた」状態なのかよくわからない。
シクラメンは底面灌水といって、底のほうから水をやるのがいちばんいいらしいのだが、あいにくうちのシクラメンちゃんは買ったときから普通の鉢に植えてある。底面灌水は専用の鉢があって、それに植え替えるにしてもどこにいけば底面灌水用の鉢を売っているのかわからない。だいたい、底面灌水用の鉢っておいくら万円するんだろうか。
シクラメンには肥料が必要、と軽く調べものをしたら出てきたので、アンプルタイプのものを買ってきた。シクラメンに肥料をやってまで次のシーズン咲かせようなんて酔狂なひとがこの僻地にいるとは思えなかったので、最初はネットショッピングのサイトを調べてみて、「なんだ、ひとつ三百円とかじゃん。これにしよ……って送料~!」となった。なんで東北は送料八百円なんだ。千円札がぶっとぶじゃろがい。そう思ってホームセンターにいったら普通に二百円で売っていた。買い物はなるべく地元で済ますのがお得だ。
地元の経済を潤すのが大事である。
シクラメンやエニシダを買ってきたホームセンターは、小規模な地元密着でやっているところで、たまにいくとすごく珍しい多肉植物を売っていたりする。
たとえばハオルチアの「万象」。こいつはふつうのやつでも一鉢四千円するすごくお高い多肉植物である。なんでそんな値段なのかというと、「万象」には猛烈なコレクターというのがいて、斑入りのものはン万円で取引されているとかいないとか。とてもじゃないが手が出ないし枯らしたらショックなので「うはーすげーこれがレアものかあー」とか思いながら見ている。
そのホームセンターは花の専用コーナーがあって、ただ店のエリアを区切っているとかでなく、ガラス張りの部屋に花が置かれている。そして、いろいろな種類の花をたくさん売っている。クンシランとか、シャコバサボテンとか、そういうのが主だ。植物に手厚いホームセンターがあるというのはとてもありがたいことである。しかし、そのホームセンターは外観がぼろっちくなって、いつ潰れるやらと心配になる佇まいだ。
一方で、郊外にできた全国チェーンのホームセンターは、休日になると親子連れでごった返す。ペットショップやペットサロン、熱帯魚コーナーが店内にあるため、娯楽の少ない田舎町では動物園代わりに見に来る人間が少なからずいるのである。これが地方の現実である。
そういえば以前カクヨムに掲載していた「花屋と魔法使い」の資料を探していて、花卉市場の画像はないかとグーグル先生に聞いてみたら、パソコンやスマホの壁紙用の、海外のきれいな花市場の写真ばかり出てきて「節子、それ花卉市場やない。花市場や」となったのであった。下げ競りの機械とかを見たかったのだが、普通の人のあまりいかないところなので、そういうものの画像というのはなかなかないようだ。
そんなこたぁ(略)。とにかく地元密着でやっているホームセンターは本当にありがたい。小さいしちょっと汚いのだが、とにかく植物の種類が多いのである。ほかの、大手チェーンではなかなか見ないハオルチア・オブツーサを売っているのを見たこともある。
そのホームセンターでクンシランをたくさん売っているのを見て、(ランてバラと同じで品種改良が進んで育てやすいって聞いたことあるな)とも思ったのだが、親戚の植物が大好きなおじいさんのお家で、クンシランの鉢が一部屋ぜんぶ占領していたのを思い出して、これは相当な沼だぞと却下したのであった。ランとバラは手を出したら最後のような気がする。
まあ多肉もだいたい沼なんだけどさ……。
なによりそのホームセンターのすごいところは、予算と内容だけ伝えて具体的になんの花、と言わなかったとき、「プレゼント用ですか?」と訊いてくれたことである。もちろん自宅用なのだが、教育が行き届いているなあと感心したのだった。
ちなみに、単純に「花屋」として営業している店も近所に三つか四つくらいあるのだが、どこも「入ったら何か買わないと出られないザンス」というオーラを醸していて近寄れない。植物男子ベランダーのように「なじみの花屋」というものがあればいいのになあと思うのだが、贅沢だろうか。
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