第4回 植物の根性
植物の根性はすごい。根性の「根」は植物の根だ。
前々回、庭に適当に置いておいた、枯れたとばかり思っていた多肉植物がプリプリに復活した話をしたし、前回カピカピになりながら花を咲かせたコノフィツムの話をしたと思う。
それらもすごいが、「デビー」という紫色のグラプトベリアがすごかったんである。
こいつはその辺のホームセンターでごくごく当たり前に売られているような多肉植物で、エケベリアとグラプトペタルムの掛け合わせで生まれたものだ。
葉が花の形をした紫色の美しい多肉植物で、元気にぽこぽこ新芽の生えてくる愉快なやつなのだが、去年いろいろ忙しくて放置していたら、ボロボロに弱ってしまった。
可哀想だけど、水をやったくらいじゃ回復しないんじゃないかなあ。そう思ったが、水をやった。
その数日後、なんとなく見てみたら。
……見事にもとのデビーに戻っていたのである。
どんだけ頑丈なんだ……と、呆れながら見た。それ以来水やりをしていないはずだがいまも元気にプリプリしている。
デビーは分かりやすく頑丈だが、どうもベンケイソウ科の植物は徒長させて枯らしがちである。ベンケイソウ科というのはエケベリアやセダムやカランコエなんかをまとめて言う分類で、たぶんこいつらには光が必要なのだと思う。ホームセンターの多肉植物売り場にいるやつらはだいたいこいつらである。
あまりにベンケイソウ科を徒長させるので、ベンケイソウ科は個人的に禁じ手にして、当分メセンとハオルチアとサボテンだけにしようと思っている。可愛いんだけどね、エケベリア。
多肉植物は毎日水やりをするわけではないので、確認しない場合がけっこうある。でもよく見れば楽しい変化もあるので、まめに見るようにしなければ、と反省するのであった。
というか、多肉植物は水をやらないでカリカリに育てたほうが色合いがきれいに出がちである。デビーは水をやり過ぎると緑色になってしまう。グラプトペタルムのブロンズ姫もそうだった。これは紅葉と同じ理屈でよいのだろうか?
紅葉の理屈はともかく、寒くて乾いているほうが、多肉植物はおおむね元気である。
砂漠というのは夜が寒いのだろう。夏の湿気と高温に負けてしまうということは、乾燥した土地でわずかな雨を受け止めて育つことが彼らの本来の姿なのかもしれない。
逆に根性がなさすぎてびっくりしたこともある。冬にホームセンターで買ってきた多肉植物を、部屋に置いておいたら葉っぱがぽろぽろ落ち始めたのだ。寒さに負けて枯れてしまったのである。日中だぞ? 寒いっていっても日本の東北だぞ? 砂漠に生えてたらあんた一発で死ぬぞ? と、わりと真面目に悲しくなった。
そういう想定外の事態が次々起こるのも植物の楽しいところである(ギギギ顔)。
たぶんホームセンターの暖かい空気に慣れてしまって、ストーブのついてない部屋にびっくりしたのだろう。わたしは灯油の節約のために昼間は茶の間で過ごしているのである。
ギギギ顔になりながら枯れるのを見送った植物はたくさんある。
その一方ですごい根性で踏ん張っているやつもいる。そういうところが面白い。
よくテレビで「ド根性大根」とかそういうのを見る。アスファルトのわずかな隙間から芽を出し生長するアレだ。
植物はとてもシンプルな生き物で、「そだつ!」という意識しかないのだと思う。いや意識ってものがそもそもないな。とにかく上に伸びたり脇芽を出したりすること以外考えていないのだ。だから水をやれば吸収してそのまま伸びて大きくなろうとする。そしてわたしみたいな間抜けは水をやるタイミングを見誤りヒョロらせてしまうのだ。
多肉植物を育ててみてわかったのは、「本はアテにならない」ということだった。
世の中には多肉植物に限らず、植物の育て方の本がたくさんでている。信頼がおけるものもそうでないものも玉石混交状態で山のように。
わりとちゃんとしている、NHK趣味の園芸テキストの「栽培12か月」シリーズというのがあって、本当にいろんな植物の育て方の本が出ているが、多肉植物はたくさんの種類があるというのに「多肉植物」というくくりで出ている。せめて「ベンケイソウ」とか「メセン」とか、その程度でいいから分けてほしいと思ったが、資料になるものが欲しくて普通に買ってしまった。そしてその栽培スケジュールというのが、ほぼほぼ関東以西のものなのである。
関東以北は日本ではないのだろうか。札幌と新潟の間は暗黒地帯なのか(これは天気予報の大雑把なやつを見てよく思う)。
その、「栽培12か月」シリーズにはシクラメンの本もあって、どう育てたものか、ネットで検索すると「ワンシーズン楽しんだら枯れさせて……」というようなものばかり出てくるので、どうあがいても関東以西の内容であるのを覚悟して買ってきた。
まだ水やりすらしていない(土が一向に乾かないのである)のでいささか慌て気味というか、チキンレースを失敗したというか、この薄くて小さい本が950円(税抜き)……と思ってしまったのだが、でも写真がいっぱい入っていて楽しい。
植物の本の恐ろしいところは写真がカラーでいっぱい載っていることである。
きれいなものを眺めていたいわたしを仕留めにきている。
コラムのコーナーの、ヨーロッパの花市場ではシクラメンは球根で売られているとか、和名を「ブタノマンジュウ」というのはヨーロッパで「豚のパン」と呼ばれていたから、とか、愉快な話がいっぱい載っているのもうれしい。
個人的にストライクだったのは、多肉植物の本で、「唐印」という和名の多肉植物が、「カランコエ・シルシフローラ」という名前の「カラ」と「シルシ」を由来に「唐印」と名付けられたのではないか? というコラムだった。この手の名前ネタに、わたしは非常に弱いのである。
たとえば聖書の「エレミヤ」が英語だと「ジェレミア」になるとか、「マルタ」が「マーサ」になるとか、そういうのが小さいころから大好きで仕方がないのである。
脱線してしまった。
とにかく植物の育て方のハウツー本というのは、東北民にはヒッジョ~にアテにならない。
手探りで育ててみるほかないのだ。ネットの、県内で個人で育てているひとのブログを見ていた時期もあるが、それもだんだん植物の趣味が合わなくなって見るのをやめた。
いまいちばん困っているのは、シクラメンちゃんの球根がすっぽり埋まっていて、どうすればよけて水をやれるかわからないことである。ここでしくじったら、来年「ウヒ(略)」できなくなってしまう。底面灌水といって底から水をやる方法もあるらしいがそれ専用の鉢でないとできないようだ。どうしたものだろう。わたしはどうしても、来年も「ウh(略)」したいのである。
帝玉と同じ結果にならないように頑張ってみるしかない。ここがわたしの、根性の出しどころである。
それに今年の春こそ適切なタイミングで「蒔くだけでお花畑」をやりたい。
さんざんアテにならないとは言ったものの、なんだかんだでわたしは植物の育て方のハウツー本が好きで、本棚には何冊か並んでいる。わたしはとても不器用で、本で実際に植え替えしている先生方のようには植え替えはできないが、それでも勉強するつもりで読んでいる。
でも本当にリトープス以外のものはだいたい植え替えを失敗しているのであるが、どうすればいいのだろう。ちぎれた葉っぱから新しい株を生やす葉挿しも成功したことがない。
要するにこらえ性がないのだろうか。こらえて、完璧に根っこが乾いてから植え替えるとか、葉挿しの子株が大きく育ってから植え付けるとか、そういう根性が必要なのだろうか。
とにかくこらえ性のない人生を送ってきたことについては絶大な自信がある。なんせわたしは5歳のころ水栽培のヒヤシンスの花を強引に開けようとした人間である(んなこと自慢すな)。
根性というものが大嫌いで通して生きてきたので、そこは植物に学ばねばならない。
根性があればもうちょっとマシな人生を送っていた気もする。しかしどうあがいても植物のようにシンプルにはなれないのが人間である。それは仕方がない。人間にはやらなくてはならないことがたくさんある。植物の根性は、人間の根性とはちょっと質が違う。
でも、カピカピのコノフィツムが咲いたように、ボロボロのデビーが復活したように、わたしもどんなことがあってもまっすぐに生きていけたらいいなと思う(ここまで書いて、NHKのドキュメンタリー番組がラストをポエムで〆がちなのを思い出して一人ムムム顔になっている。なにかよいオチはないだろうか)。
オチが見つからないので一発芸でもしたいところだが、あいにくエッセイで一発芸をするのは難しいので、来年も「ウヒヒヒ……シクラメンちゃんはきょうもかわいいでちゅねえ……」をするべく根性出して頑張るしかない、と思ったことをお伝えしておく。後からシクラメンの本で見たら買ってきたシクラメンはどちらかというとよい状態のものだったようなので、頑張って来年も「ウ(略)」するぞ、と決意するのであった。
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