第2回 ジャングル庭

 植物にとって雨は間違いなく文字通り恵みの雨である。


 なにを根拠にそういうのか、というと、枯れたと思った多肉植物を庭に放りだしておいたところ、雨の翌朝にぷりんぷりんに復活していたことが根拠である。

 どうも雨水というのは植物にいいもののようで、大昔ミク●ィで多肉コミュに参加していたころも、「雨にうっかり当ててしまったら逆に元気になった」という書き込みをみたこともある。


 基本的に多肉植物というのは雨に当ててはいけないものだが、種類によっては簡単に地植えができるものがある。前回取り上げたマツバギクもそうだし、センペルビブムの仲間も近所に地植えにしているお家がある。センペルビブムは寒さにとても強く、北海道では公園に当たり前に生えていると聞いたこともある。ほかにもオロスタキスの子持ち蓮華というやつは、よく地植えにされているのを見る。


 雨の話から始まったが、庭の話をしようと思う。地植え繋がりで許してほしい。


 我が家にはそこそこスペースのある庭がある。しかし、草むしりが趣味だった祖母が亡くなり、雪つりをしてくれていた祖父も亡くなり、我が家の庭は大崩壊状態である。


 笹やヤブカラシがボーボーに生え、木々は形が崩れてぐっちゃんぐっちゃんである。完全なる野生の庭だ。ヤブカラシの別名は「ビンボウカズラ」という。なんて貧乏な庭なんだ。


 それでも毎年律儀に、庭の古い白梅は春になれば淡い香りのする花をつけるし、夏になればやたら背丈の高くなってしまった夏椿が真っ白な花をつける。

 山椒の木もあるのでアゲハチョウもやってくるし、庭の藪になっているところにキジが巣を作っていたこともある。完全なる野生である。


 キジというのは野山を駆けまわっている桃太郎のお供というイメージだが、意外と里にいる鳥である。わたしの住んでいるところはまぎれもない田舎だが、普通に街っぽいところもあって、その道路をてくてく歩いていたり、空を必死で飛んでいるのを見る。キジは里に集まってくる生き物なのだそうだ。


 ヤマガラやシジュウカラやスズメも頻繁にやってきて、壊れた雨どいで水浴びをしたり怯えずに家の近くをぴょんぴょんしていることもある。

 以前冬の時期、庭に小鳥のエサを撒いたりひまわりの種を専用の鳥のエサ台にいれて置いていたことがあって、そのときはすごい数のスズメやシジュウカラが押しかけた。それ以来毎年、「今年はレストランやんないっすかね」とでも言いたげに、スズメやシジュウカラがくるようになってしまった。そして、小鳥が集まるということは、それより食物連鎖の上位である生き物もやってくるということである。


 野良猫くらいならまだ分かる。もっとすごいのが来た。ハヤブサである。


 ハヤブサは冬のある日に現れ、スズメかシジュウカラを捕まえて、雪の上でその小鳥を分解し羽をむしりばりばりと食べていた。いくらなんでもものすごいのがきた、とそのとき思った。


 というわけで、野性の庭というのはとても面白い。鳥が木に巣をかけて、カラスに襲われているのも見たことがある。

 またハヤブサみたいなものすごいの来ないかな、と思いながら庭を見てニコニコしている。


 貧乏庭ではあるのだが、うちの庭は祖母が昔植えた花がぽつぽつ咲く。母が植えたものも咲く。祖母の植えたものはおもにわたしには名前のわからない山野草で、母が植えたのはわたしが幼稚園のころ育てた水栽培のヒヤシンスの球根を植えたものである。


 ヒヤシンスの水栽培はとても面白かったことを覚えている。早く花を咲かせようとむしって叱られたり、ヒヤシンスの花の香りがものすごくてびっくりしたりもした。


 いま思えばそのころから花が好きだったんだなあ、と思う。

 わたしは小学生のころ、「マリーのアトリエ」「エリーのアトリエ」シリーズの、ゲームボーイカラーで出ていたやつを熱心にプレイする、錬金術大好き小学生だった。小学生のうちから澁澤龍彦の「毒薬の手帖」を熱心に読んでいたし、中学にあがってからは中島らもの「アマニタ・パンセリナ」なんかをよく読んだ。錬金術から発展して毒薬が大好きになり、植松黎の「毒草を食べてみた」という新書を夢中で読んだ。


 もちろん実際に毒薬を錬成したりはしていないが、スイートピーの毒を飲んでしまうと足が棒になるだとか、ケシからアヘンを作る方法だとか、烏羽玉サボテンには幻覚作用があるだとか、そういうことを知識として蓄積していった。


 いま思えばなかなか変態な子供である。中学の朝読書でそういう本を読んで、クラスメイトに「毒草、食べたの?」と聞かれた。しかし朝読書で「毒草を食べてみた」という本を読んでいるやつに、「食べたの?」と聞くやつは馬鹿なんではなかろうか。食べていたら教室にはいないし、食べる度胸がないので毒草の本を読んでいるんである。そういう君は「泳ぐのに安全でも適切でもありません」という状況で泳いだのかい? と聞いてやりたい。


 どうも毒薬や毒草に興味を持つやつは変態に見えるらしい(当たり前だ)。


 実際大人になって「ウヒヒヒ……シクラメンちゃんはきょうもかわいいでちゅねえ……」とか言っている変態なわけだが、しかしそれにしたってあんまりではないか。毒草を自分で食べるほどの変態ではない。東京に遊びに行くと科学博物館の干し首やミイラを見たがる子供だったが、毒草をリアルガチで食べる人間ではない。


 なお、植松黎の「毒草を食べてみた」だが、当然毒草を実食した本ではなく、毒の成分や毒草にまつわる文学、毒草を食べてしまって大変なことになった事件なんかを取り上げた本だった。すごく面白いのでみなさまぜひ読んでみてほしい。これを書いていて再読したくなってきてしまった。


 毒草は面白い。庭にふつうに植えてあるスズランやイチイで手軽に死ねると知ったときは悪いことを知ってしまったみたいでドキドキした。

 スズランは有名な猛毒植物である。スズランを活けていた水を飲んだだけで死ねるらしい。スズランは愛らしい花でいい香りがするが、もし毒がなかったら香りもしないのではないか、と荒唐無稽なことを考えてしまう。


 幼いころから庭で遊んで育ったことがわたしを幸せにしたのかもしれない。

 小さい頃は庭をジャングルジムの代わりにして遊んだ。木に登って物置きの屋根に飛び移ったり、ちょっと植えたら大量にのさばったペパーミントを摘んでお茶にしたりした。楽しいとはこういうこと、というのを庭から学んだのである。


 いまわたしは庭にはノータッチだが、それでも花が咲いていればうれしいし、植物をみて季節の移ろいを感じる。いずれ庭にも手を入れたい、とは思うのだが、枝を払うだとか草をむしるだとか、そういうスキルが足りなすぎる。ちょっとまえスマホの広告動画でよく見た、ハゲたおっさんが主人公のガーデニングゲーム状態である。あのゲーム、やたら広告をみたが実際にプレイしているひとを見たことがない。家族や知人くらいしか会わない生活をしているので当然といえば当然だが、それでもツイッターにシェアしている人とかも見たことがない。シェアする機能がないのかな。自分でやる気はないのであった。


 庭といえば、庭と家の境界部分にあるコンクリートのスペースに鉢花を並べる台をおいて多肉植物を飾っておいた時期もあったのだが、我が家は古い日本家屋なのでひさしが長すぎて陽があたらない。結局のところ部屋の窓辺にならべるのがいちばん効率がいい。


 日照時間のとても短い北国に住んでいるので、そもそも多肉植物を育てられる環境ではない気もする。ハスキー犬を本州以南で飼ってはいけないのと同じだ。

 それでも去年はサボテンのペンタカンサも咲いたし、リトープスのオリーブ玉も咲いた。自力でリトープスを咲かせるのはこれが初めてである。ペンタカンサが咲いた時もすごく面白かったがそれは別の機会に書こうと思う。


 それから去年は花が咲くものが欲しくて、「蒔くだけで花畑」という花の種を買ってきたこともあるが、蒔くタイミングが遅すぎて結局なんも咲かずに終わった。ちゃんとタイミングを確認して蒔かねば駄目である。


 種から育てるのも、庭を手入れして木々を茂らせるのも、すごくロマンがあるが、しかしながら結局わたしは鉢植えにちんまりと収まっている植物が一番好きである。


 植物を買ってくるときは、完全に「標本を手に入れた」という気分だ。

だから寄せ植えもしない。なんというか、寄せ植えやテラリウムは「飾り物」という印象を受けるのである。


 植物は命である。いつか枯れてしまう命である。それを、人間の都合で瓶に押し込むのは可哀想だとわたしは思う。

 でもネットで見た、海外の古いテラリウムで何十年も茂り続けているツユクサというのは、ちょっとすごいと思った。そういう植物の実態に即したものならいいんである。

単に「えーなにこれ可愛いー」みたいにして瓶に多肉植物を植えるのが好きになれないだけなのだ。


 春までに庭をなんとかする方法を考えねばならない。でも結局モサモサにしちゃうんだろうな。

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