プロローグ



 とてつもなく大きな耳鳴りがして、目の前が真っ暗になっていく中で『良かった』それだけが頭の中に浮かんで俺は死んだ……


 はずだったんだけど。



 夏のクソみたいに暑い日差しを浴びながら、日雇いの肉体労働に従事している俺、田崎たさき 和信かずのぶ(40歳独身)は、いつもの様に近所のスーパーの、半額シールの貼ってある、冷たくなった日持ちしない惣菜2パックと、500ccのアルコール度数5%のチューハイを1本購入して帰宅したんだ。



 いつもなら、俺のバイクが倉庫に入ったと同時に、和室から玄関まで、廊下を走って来る雄猫のガンモ(猫の名前)の足音がしなくてさ。

あっ!脱走してる!と思って、後ろを振り返って庭の方に向かって、ガンモーって呼ぼうとしたら、玄関前から見える県道の向こう側から、俺の持ってる惣菜の入ったビニール袋目掛けてダッシュしてくるじゃないか。


 そこまでは良かったんだ。


 遠くまで行って、迷子になったりしなくて良かったと思いつつ、でも大型車の近付いて来る音が聞こえて、それに驚いてガンモがうずくまってしまったから、さぁ大変!



 持っていた惣菜とチューハイが入ったビニール袋も放り投げて、今まさにトラックに跳ねられそうになってるガンモを、初老に差し掛かっているが、日々の肉体労働でそれなりに動ける体で、ヘッドスライディングからのキャッチ。

抱き抱えた瞬間に、もの凄い衝撃と音がして、アスファルトの上にガンモを抱いたまま叩きつけられたんだ。



 あぁこりゃダメだ。


 意識は有るが、まぶたすら閉じられない。ガンモ大丈夫だったかな……


 と思っていたら、うなぁうにぁとガンモの声がして俺の顔の近くに歩いてくる。


 怪我もしてなさそうだ、良かった。


 飼い始めた時には、老衰で死ぬまで甘やかして、毎日沢山遊んであげようと思っていたけど、こんなに早く俺がダメになってごめんな、うちの両親に可愛がって貰えよ。


 なんて思いながら、大型車の運転手の声が何処か遠くに聞こえつつ、『良かった』と思いながら、意識がブラックアウトしたんだ。



 その後に、まるで電灯のスイッチが入ったような、パチンと頭の中が切り替わった感じがして、目の前が明るくなってきた。


 ここはアレだろ?

『知らない天井だ』って言わなければならないシチュエーションだろ?

なんて考えていると、自宅の和室の布団の上で、知ってる天井だった。


 でも俺は、布団から少し浮いて寝てる? んだ……


 おー! 幽体離脱か! って考えてたんだよ。

でも周りにさ、最近は滅多に帰省しなくなった兄夫婦や妹夫婦が居てさ。


 俺の顔には、白い布が掛けられててさ……


 やっぱり死んでた。



 幽体離脱じゃなくて幽霊か? なんて冷静に考察してみたり。

久々に見る親戚達が老け込んだなあ、とか考えてたら、ガンモが隅っこでグルーミングしてた。


 ん! 『怪我もしてないし元気そうだから、俺が死んだだけなら良いや』って思えたんだ。



 いざ幽霊とやらになってみると、そりゃもうはっちゃけるよ!


 俺の葬式の最中に、昔から苦手だった親戚の爺さんの顔の前に、パンツをずらして生ケツを近付けたり、顔の前で障害物無しの直屁じかっぺをこいたり。


 法事の時にいつも来る、近所の寺の住職のツルツルの頭に浮き出てる血管を指でつついてみたり。


 半泣きで正座してる両親の前で、土下座しながら「俺の生命保険で余生を楽しんでくれ」と言ってみたり。


 親友と呼べる唯一の奴の前で、中指立てて「息が酒臭いぞ!」 と叫んでみたり。


 そんな事をしてたけど、誰もなんにも反応が無いから、つまらなくてテンションだだ下がりでさ……


 でもガンモだけは反応してくれるんだ。


 触れないけど。

ハゲ頭の血管には触れたんだけどな……



 近くに行くと、いつもの様に足元に寄って来るガンモ。

俺が座ると足の右っかわの方に来て、だらしなくゴロンとしながら、ヘソ天して寝転んでくれる。


 触れないから撫でてあげられないけどさ、元気そうだったから、安心しつつ癒されてたら葬式も終わって出棺の時間でさ……


『焼かれてる自分を見るのもなんだなあ』と思っていたら、出られないのよ家から。


 玄関とか窓とか、全部に見えない網戸みたいなのがあって、窓の外も見えるし玄関の先も見えるんだけど、家から出られないんだよ。


 ガンモもどっかに行っちゃって、暇で仕方ないから、葬式の手伝いの近所のおばちゃん達の話を聞き流しながら、ボケーっとついてるテレビのニュースを見てた。


 いつも通り、相も変わらずケンポーガーセイジカガートナリノクニガーってニュースしかやってなくて、仕方ないから自分の部屋に行ってみるかと思って、部屋に入った瞬間にソレは起こったんだ。

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