黄色いコート①

 あの独り肝試しから大学での俺の立場は変わらなかった。いつも通りボッチのまま。違うのは俺への視線。疑惑と恐怖。

 誰も近づかないため、あの独り肝試しのことは誰にも話していない。

 内心、一人くらいはあの時のことを聞きに来る者がいると感じたが、誰も尋ねにはこない。少し拍子抜けであった。


 そして一ヶ月が経った。

 相変わらずボッチ。ただ俺への恐怖心が強くなっている気がする。いや、気のせいではない。確実に強くなっている。

 だがなぜだ?

 独り肝試しの時、俺以外はなくなった。けれどそれは俺だけを残して事故が発生したからだ。俺は何も悪くはない。だがそれを周りは知らなかったらどうなるか。元々肝試しはゼミの女子達に誘われてのもの。ならば疑うのは彼女達だ。それでも、もし俺に対して疑惑を持っているなら警察に通報すればいい。それをしないということは彼らも本当は理解しているはず。にも関わらず、俺を疑うのは答えがないからだろう。どうして俺が生きているのかという答えが。


 大学での生活はそれを除けば、他は問題ない。生活面でというとほんの少しばかり、心覚束ないことがある。それは黄色いコートだ。いつから部屋にあったのか分からない。ある日、ハンガーに掛けられていたのを見つけた。着用した覚えはない。友人知人もいないので他人の物とは言い難い。

 不気味だった。だが、その想いは不敬に感じた。そしてなぜか捨ててはいけないような感じもあり、今も捨てずに部屋にある。

 黄色いコートは時折、誰かが使用したようにハンガーの位置が変わっていた。そして香水のような香りがあった。


 その黄色いコートのせいか俺は変わった夢を見ることが多くなった。

 コートを着て、大学や街を散策したり、ある人物を付け狙っていたりとか。


 黄色いコートを見つけた頃と同じく大学では異変があった。ただ、友人知人もいない俺には情報が入ってこず、大事になるまで知り得なかったのだが、我が校の学生が殺されたらしい。その情報が俺の耳に入ってきた頃には殺害された学生は2桁を超えていた。

 掲示板では夜遊び注意、不審者注意、なるべく二人以上での行動をという張り紙が貼られた。


 それから連続殺人犯は黄色いコートを着ているという新情報が出た。

 それを知った俺は心臓が跳ね上がるほど驚いた。

 まさかとは思い、すぐに帰宅し、黄色いコートを調べた。返り血があるのか、ポケットに何か入っていないのかと。

 入念に調べた結果、何もなかった。あるのは香水のような香り。

 俺は男だから香水というものを知らない。もしかしたら香水ではなく、柔軟剤の匂いなのかもしれないし、洋菓子類の匂いなのかもしれない。

 だが、仮にそうだとしても一体誰のコートなのか杳として知れない。

 捨てるべきかと考えたが、今ここで捨て、誰かにバレたら犯人扱いされる可能性は高い。ならば、しばらくは部屋に隠しておくべきだろうか。


 夢を見た。また黄色いコートを着た夢だ。夢の中で俺は夢を見ていると認識している。明晰夢というやつだろうか。

 夜の町を歩いている。

 夢の中の俺は女を見つけると後ろを尾ける。女が角を曲がり、俺は追いかける。そして女の肩を掴み、振り向かせる。それと同時に包丁を突き刺す。


 チャイムが鳴った。無視をした。

 ドアが叩かれた。無視をした。

 息を殺し、部屋の中でじっとする。

 元々、人は嫌いだった。だから居留守をするのは平常運転。訪れる者も基本は営業。新聞、ネット回線、NHKの受信料の徴収、そして怪しい宗教。本当にうっとうしい存在。貧乏学生から金を取るな。しかもこいつらはいつも夕方に来るからなお厄介。だから玄関からすぐのキッチンは常にカーテンを引き、電灯は点けないようにしている。ドアは叩き続けられている。そろそろ隣りの住人が怒鳴り出て来てもおかしくないのに、なぜか現れない。

 まだドアは叩かれている。まるで俺が居留守をしているのを知っているかのように。リビングの灯りも消すべきかと考える。電灯の紐を掴もうとしたその時、ノック音は消えた。しばらくはまだ実は外にいるのではという考えが頭にあり、数分か十数分か俺はじっとしていた。ゆっくり音を立てずに俺はドアに近付き、ドアスコープで外を確認する。

 誰もいなかった。胸を撫で下ろし、振り返る。

 そして振り返った俺は驚き、ドアに背をぶつけた。いつの間にか男がいたのだ。見たことない男が部屋の中に。その男と目が合うと意識が遠のいていく。


 また奇妙な夢を見た。

 俺は黄色いコートを着て、夜の町を徘徊していた。そして獲物らしき女を見つけるといつものように後を追う。女が角を曲がり、俺も少し遅れてから角を曲がる。するとどうだろうか。女が俺を待っていたではないか。

 その女の手には包丁が握られている。女が手を前に突き出し、包丁が俺の胸に突き刺さる。

 夢にしては熱く、そして電流のような痛みが走る。力は穴の空いた風船のように抜け、俺は倒れる。生暖かい血が服をコートを濡らす。肺を損傷したのか肺に血が溜まり、俺は大きくむせる。すると粘っとした血が口から溢れ出る。鉄の味と匂いがする。

 夢にしてはこの痛みと不快感はリアルだ。

 もしかしたら夢ではないのか?

 これはリアル?

 俺は死ぬのか。

 夢なら醒めてくれ。

 醒めてくれ。頼む。

 嫌だ。死にたくない。


 目が覚めると俺はアパートの部屋にいた。万年布団の上にいつの間にか寝ていた。昨夜は謎の男がやって来て、それで俺は玄関で倒れたはず。それなのにいつの間にか寝ていた。男が俺を運んだのか。というか男はどうやって部屋に入った。そして男の目的は。

 部屋の中を確認する。荒らされた形跡はない。貴重品も盗まれていない。だけど一つだけ異変があった。それは黄色いコートだけがなかったのだ。


 一ヶ月後、ニュースで黄色いコートを着た男が包丁で胸を刺されて、路上で倒れ、絶命の姿で発見されたというのを知った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る