徘徊

 大学三年の頃、私はカナダの大学へと留学した。

 その留学で私はとあるパーティーに参加して摩訶不思議な体験をした。現地では学生らによる集団幻覚による暴動と報道された。

 でも真実は決してそうとは限らない。では今から語ることが全てかというとそれもまた違う気がする。私が体験したそれは朧気で確実性なものに欠けたことゆえ、断言は出来ないのだ。


 そのパーティーはある学生の親が旅行でいないということで、その学生の家で行われた。家はそれなりに広く、何十人もの生徒が押し寄せても余裕があった。人が多いせいか、はたまたここ最近パーティーが行われていなかったせいかは分からないが、パーティー参加者はそれなりにタガが外れ、恥ずかしげもなく騒ぎ喚いていた。

 そしてそのパーティーでマリファナが使用された。いつ、そして誰のかは今となっては分からなかったが、のちの大勢の人間は自分のではないと否定した。

 勿論、私はマリファナなんて所持していないので違う。


 カナダでは大麻が合法化され、チョコにも入っており間違ってお土産用のチョコとして購入、そして日本へ持ち帰ろうすると捕まるという事例もある。

 パーティーで使用されたのはマリファナということになっているが、私にはマリファナとは違うと感じていた。勘違いしないでもらいたいが私はマリファナを経験したことはない。違うと言えるのは麻薬による幻覚とは違う、実態のある幻を感じ取ったからだ。勿論、精神が正常になった頃にはあの時の見たもの、触れたもの、嗅いだもの、それら全てが記憶の中で曖昧模糊なものとして残り、現実か幻かと問われると勿論、証拠や勇気がないゆえ、幻と答える。だが、どうしても幻という言葉で括るのは後ろ髪を引っ張られる気がしてならない。


 その摩訶不思議な経験は私だけでなく、パーティー参加者全員が経験した。

 皆が一様にして同じ幻を見るとは考え難い。かと言って、現実に起こったこととは誰も口にはしなかった。だから私達は表向きは集団幻覚にかかったということにした。


 どのような幻覚作用が私達を襲ったのかというと、私達は皆、意識が戻ると夜の街にいた。ネオンと酒と欲の街。その街は私にとって記憶にない街だった。いつ移動したのかは不明。いつの間にか瞬間移動したかのように、私達はそこに立っていたのだ。

 夏の夜なのになぜか凍えるほど気温が低かった。夜空は墨を落としたかのように黒く、地面からは煙が足下を漂っていた。

 私達は街にぼんやり立ち、すぐ一つの異変に気づく。

 だれもいなかった。

 否、いなくなったと言うべきか。形跡はあった。それは生活した跡ではなく、人が生きていたという跡。周りは血の池。鉄の臭いが蔓延して、自分が鼻血でも出したかのような錯覚を感じる。

 一体何があったのか。


 誰かが悲鳴を上げた。なぜ悲鳴を上げたのかも分からない。私達はそれに呼応するように心は弾け、正常で健全な理性は一瞬にして無くした。駆ける者、暴れる者、泣き喚く者、隠れる者。様々だった。バラバラになり、私は独りなった。私も恐怖心で隠れるように路地へと入った。そしてあてもなくただ逃げ彷徨い続けた。


 疲れた私は歩みを緩めたが、足は私の意思とは関係なく前へと動き続けていた。それは意思ではなく恐怖の反射。恐怖が私を動かしていた。恐怖の対象が何かも分からずに。

 次第にパーティー参加者と遭遇した。互いに言葉を掛けることもなく、一緒に歩き続ける。まるで冷たい空気が喉を締めているようだった。あちこちに吐瀉物のように点在する血溜まりを避けて、私達はゆっくりと歩く。どこへ向かうのかも決めずに。ただ、ここに居たくなかったのだ。私達は探した。安寧を。

 人は徐々に元の数の分集まって来た。


 歩いていてちくちくと何かの視線を感じる。でも、振り返らない。視線を調べない。だって、もし何かと目が合うとどうなるのか。その時のことを考えると絶望と恐怖しかイメージにない。私達は意識して無視をした。


 路地を進み続けるとその奥に教会を見つけた。私達は教会を見つけるや否や、まるでゴールのように感じ、歩みは速くなった。

 そして教会に着くや、私達は暴力的に鍵を壊して勝手に中へと侵入。それから教会内の邪魔な長椅子を全て端へと移動させた。

 その後、私達は十字架の前に集まり祈った。よく一生分の祈りとか言うが、普通に余命分生きていても、その間の祈りの回数はこの夜の祈りに比べると少ないだろう。それだけ私達は必死だった。


 陽の光がステンドグラスを煌びやかに色輝かせた時、私達は朝が来たと知り喜んだ。

 それから警察が押し寄せて来て私達を不法侵入で捕まえた。

 警察という社会の一端を見て私達は戻ってきたことに神へ感謝した。


 現地では若者が集団幻覚で10キロ離れた街で暴動を起こしたということで締め括られた。否定はしなかったが心の中では私達はそうとは感じられなかった。けれど部外者を納得させるため、私達は集団幻覚による暴動と証言した。部外者の中には信じられない人もいた。それもそうだろう。10キロ離れた街に歩いて移動するだろうか。そして暴動を起こした私達を止める者はいなかった。いや、できなかった。あの時の私達は人とは思えぬ力を持っていたのだから。

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