古の塔
私は
さてフリーライター福原圭吾についてでございますが、彼は週刊奏書にて性平等に関するコラムを多々書いておりました。有名なのは『女性の解放が社会を堕落させる』という記事です。これには女性の方から多くの抗議、批判等が寄せられました。NPO法人から女性国会議員までもが記事の意図と説明の要求が為されました。彼は決して女性差別者でもなく、男尊女卑を掲げる者がでもありません。記事のタイトルが独り歩きをして、このような誤解が生まれたのです。彼は女性を尊重しておりますし、家事や教育に対しても真摯に向き合う人間でありました。記事をよくご覧になればそれは判るかと思います。特に『ジェントルマンはいつまで生きるのか』が彼の訴えたいことがよく判る記事かと思います。彼が一番伝えたかったのは真の平等は女性解放のみだけでなく男性の解放も必要であるということでしょう。
その彼が先月に自宅マンションの屋上から飛び降りて亡くなりました。その死は自殺と報じられております。しかし、不明不可解な点が多く、他殺の線も警察の中では当初はあったのです。まず彼は奇声を上げて逃げるように部屋を出て、階段を上り屋上へ向かったらしいのです。それは多くの人が目撃をしていました。そして彼は地面に対して仰向けで倒れていました。顔は恐怖で壊れ、死の間際に恐ろしい何かがあったのだということを雄弁に語っておりました。
私は彼の死の真相を独自に調べました。そして彼の残したメモに遺書に近い独白めいた数週間分の日記らしきものを見つけました。ですがそれらは常軌を逸した内容であまりにも書いたものの精神が不安定であることを証明しておりました。私は警察官にこれらの物を提出しました。最初は精神異常者の戯言と無下にあしらわれてしまいました。しかし、知己の警察官に訴えてなんとか話を聞いてもらいました。そして警察官と共に私は彼のメモや日記に記されている塔に登ることになりました。本来、その塔は地域の許可が必要であり私達は許可を得たのちに塔を登りました。そして私達は今後拭いえぬ恐怖を抱えて戻ってくることとなってしまったのです。
長くはなりましたが今から書くのは彼のメモと日記を元に私が編纂したものであります。
週刊奏書の編集者に『ジェントルマンはいつまで生きるのか』という記事をダメだしされた。編集者曰く、もう少しパンチが必要であるとのこと。俺からするといつも通りの攻めた内容であるのだが、どうやら彼らが欲しいのは炎上するようなもっと過激なものであった。なんでもここ最近発行部数が落ち込んでいて燃料を大量投下したいらしい。しかし、これ以上の過激な発言は俺の身の安全が危ぶまれる。前に『男性専用車両はいつか?』という記事を書いたとき、過激なフェミニストたちが俺に嫌がらせをしてきたのだ。それからまだ日は経っていない。そこに過激な記事は危険だ。今でこそ世間は俺の方に同情を寄せているが、ここで過激な記事を書いてしまうと世間は一気にフェミニストに傾くだろう。
俺は喫煙所で編集長を捕まえ、記事について話し合った。しかし残念ながら結果は没であった。今回は諦めようしたとき、編集長からある人物についての記事を書いてみないかと打診された。芸能ゴシップは畑違いで断ろうとしたが、どうやら芸能ゴシップではないらしい。話を聞くと女子大の黒谷学長と呼ばれる人物であった。編集長曰く、なんでも代々女性が学長を務めていて、これは男性への差別ではないかということでそれを記事にしたいという。しかし、女子大の学長が女性なのは別段おかしいとは感じなかった。むしろ当然のように思える。だが編集長はこちらの意思は無視して勝手に話を進めていく、さらにデスクに俺を連れ、資料を押し付けてきた。所詮、俺はフリーライター。編集長からの仕事を無下に断ることはできないので引き受けることになった。
まず自宅にて手渡された資料に目を通した。女子大の名は
まずは正攻法に。俺には福原圭吾以外に渡辺祐介というもう一つの名がある。これは大手出版社で働いている時の名である。それを使えば会うのは容易である。
そう考えていた。
だが正攻法のインタビューは無理であった。それから色々なアプローチで攻めてみたが黒谷灯は固く外界との接触を拒んだ。
俺は黒谷灯の素性について調べた。親兄弟、親戚、出身地、出身校、友人、知人等を。まず驚いたのは黒谷灯は出身地こそ黄路山女子大学のある
俺は現地である篝火市に足を向けた。広い市というのが最初に抱いたイメージだ。道路はどれも広く、建物の敷地も広く、さらに建物の一つ一つの間隔もまた広い。人は少なくはないが密集していないせいか少なく感じる。
俺は長居をするつもりはないがなるべく長居をしても懐に優しいホテルもしくは宿を探した。その時、ある幟が目に入った。その幟には地車虫干巡行と書かれていた。虫を干すとは一体どういう意味だろうか。その意味は見つけた宿の女将に教えてもらえた。地車とはこの地方の御輿のことであり、虫干とは外に出して天日干しすることであるという。つまりはこの地方の御輿を外に出して決められたルートを担いで通ることだという。情報はそれだけでよかったのだが女将は聞かれてもいないこの市の歴史について語り始めた。それを聞き流していたが黒谷灯の名前が出て俺は詳しく聞いた。
この篝火市には寺社仏閣とは関係のない遥か昔からの信仰があった。今ではこの地域の人間ですら通過儀礼か地元文化活動と認識していた。黒谷灯はその信仰宗教に絡んでいた。そして今回の信仰宗教の一つの行事が地車虫干巡行である。手がかりを手に入れた俺はすぐに信仰宗教について調べた。御神体や社はなく、古くからの塔と地車を保管している倉があるのみであった。そして代々地元の地車保存会が運営をしていることが判明。地車保存会について調べを進めた。するとある事実が判明。それを知ったとき俺は鳥肌が立った。なぜなら代々保存会の会長が黄路山女子大学の学長であったからだ。今代の会長が学長の黒谷灯であった。俺はここから黒谷灯へのアプローチを開始しようと努めた。まずは役所を経由しての堅実なアプローチを。しかし、それは失敗に終わった。成果はなかったわけではない。せいぜい地車虫干巡行の際に写真を撮る許可を得たぐらいである。次に保存会役員にアプローチを始めた。だがそれも黒谷までは届かなかった。たかが地元の信仰宗教なのになぜか外部からの接触を強く拒んでいる。
ここで手詰まりなった俺はフィールドワークに出た。まずは地車が保管している倉に向かうことにした。地元の文化が息づく町であるなら日本らしい建築や過去の文化遺産の一つは見られると考えられるがどこを見てもまるで最近区画整備された町のようであった。しかし、真新しいというわけではない。古くもなく新しくもない町並み。なぜか広い道路を歩く度に日本ではない国に来訪した気分になる。
倉は消防局隣りにあり、俺は消防局に中を見せてもらいたいと頼んでみたがやはりか頑なに断られた。次に俺は塔に向かった。塔は想像していたより高かった。事前知識なしでは給水塔と思っていただろう。給水塔の周りは背の高い塀で囲まれていて中には入れないようになっていた。諦めて帰ろうと思ったとき、塀の一部が欠けている箇所を見つけた。そこは腹ほどの高さで、もしそこに足をかければ塀をよじ登り越えることが可能であろう。俺にも良心と常識がある。いくらなんでも勝手に入るのは良くない。そんな時、ピンク色のボールが弧を描き塀を越えた。ボールが来た方角からセーラ服を着た中学生だろうか。お下げ髪の無垢な女の子が駆けてきた。その子は止まることなく塀に駆け寄って飛んだ。右足を欠けた穴に入れ、そして塀の天辺を掴み登った。その子は臆することなく塀を乗り越えた。しばらくして門扉側からボールを抱えて出てきた。そして何もなかったように走ってどこかへと行った。俺は門扉を押してみると動かなかった。引っ張ったり横に動かそうとしてもびくともしなかった。ではなぜ先程の子は門扉を開けたのか。考えられる点は関係者だろうか。関係者なら鍵を持っているはず。だが中学生の関係者なんているであろうか。それにどうして門扉から入らなかったのか。わざわざ塀を乗り越えるようなことをする必要はないはず。結局その日は謎を抱えたまま宿に戻ることにした。
夜、夕食を下げにきた女給に俺は塔について尋ねた。女給が言うには門扉は壊れていて内からだと鍵を掛けようが掛けまいが開けることが可能であるとか。そして地元の子供たちはあの欠けた穴に足をかけ塀を乗り越えるのが普通になっているらしい。ただし塔に登ることはきつく戒められているとのこと。
夢であると気づくのが明晰夢というらしい。今、俺は塔への羨望からか夢の中で塀の前にいた。門扉でなくあの欠けた箇所のある塀の前に。そして俺は欠けた穴に右足を入れてよじ登った。夢であるなら何の後ろめたさもない。塀を越えてとうとう塔の前に。鼠色の石の塔は天高く伸びていた。俺は意を決して扉を押した。両開きの扉は軋みながらゆっくりと笑うように開いた。
中は暗かった。でも俺には暗くても物の輪郭がハッキリと判った。塔の中は色々な物でごった返していた。階段は塀を沿うようにとぐろを巻くように上へと伸びていた。俺は物色することなく階段を上り始めた。夢であるのにいやに実感があった。気温は冷たく、空気はかさついて、黴臭さがあり、そして床の軋む音が妙に生々しい。階段は長く、上を見上げども終着地点は見えない。上るたびにどうして俺はこんなことをしているのかと自問自答をする。階段を上るだけなので暇ゆえか、はなまた疲れゆえなのか。俺は帰りたかった。だから元来た道を振り返ろうとした。そこで異変に気づいた。振り返ることができなかったのだ。
体は、足は俺の意思に反して階段を上り続ける。恐怖に心を掴まされた。どうしてだ。なぜ上る。やめてくれ。俺は何度も叫んだ。いや、心の中で叫んだ。声ももう自由出すことができない。どうしてだ。夢だからか。ああ、そうだこれは夢なんだ。夢だからこんなことが起こっても不思議ではないのだ。俺はそう決めた。そうすることで心を安らかにしたのだ。そして俺は上り続けてとうとう天井が見えた。何もない暗闇から天井が現れたことはとてもうれしかった。階段は天井を突き破っていた。つまり天井の向こう側に辿り着くということ。そこには一体何があるのか。
天井を越えて辿り着いた先は屋根裏部屋のような空間だった。その部屋の床中央には幾何学的な魔方陣が赤黒い線で引かれていた。梁や柱には謎の象形文字が。部屋の奥には祭事用の台があり、その台の上には木製の赤い宝箱が一つ。俺の体は宝箱へ歩く。中央の魔方陣を踏みたくはなかったが俺の意思が通用しない今では魔方陣を無視して踏みつける。宝箱を開けると鼠色の普通より一回り大きい鍵が入っていた。その鍵を取ると宝箱は消え、重力を強く感じた。それは体が戻ったということだ。自分の意思で体を動かせるようになり俺は喜んだ。その時、急に後ろに視線を感じ振り向いた。するとそこにはあの時の中学生の女の子がいた。塔つながりで現れたのか。その子の姿に変化が現れた。背は少し伸び、体は大人の稜線を持ち、三つ編みはほどけ、顔は大人っぽく変わりつつ化粧が施され、セーラー服が黒のスーツに。俺はその姿に驚き後ろへ引いた。変化した女の子は黒谷灯だった。黒谷は微笑みながら俺に近づく。俺は後ろへ下がろうとするも足が動かなかった。黒谷は一歩一歩近付いてくる。俺は声を上げることもできない。そして黒谷は俺の目の前まで止まった。ほっとしたのも束の間、俺は黒谷に突き飛ばした。突き飛ばされた俺は倒れるはずだった。しかし、俺の体は床にぶつかることもなく、床にぽっかりと開いた深い穴へと落ちる。どこまでも深く。
目が覚めて俺は反射的に胸を抑えて起き上がった。目覚めたここは宿だった。現実世界だ。窓を窺うと外はまだ暗く、世界は青かった。俺は呼吸を整え、現実に戻ってきたのだと強く認識し安心した。そして胸に硬いものを感じた。それは右手に持っている鍵であった。なぜここに鍵が。まだここは夢なのか。俺は両の手の平で頬を数度叩いた。痛みはある。ここは現実だ。しかし、どうして夢の中で手に入れた鍵ここにあるのか。そしてこの鍵は何の鍵であるのか。
俺はもう一度、塔に向かった。門扉に鍵穴があり、俺は夢で手に入れた鍵を差し込み、そして回した。すると解錠の音がなり、門扉を押すとゆっくりと開いた。さらに塔の扉も鍵で開くことができた。塔の中は夢と同じだった。唯一違うのは暗くて中が分からなかった。夢の中では暗くても輪郭が理解できたのに現実ではそれすらもない。俺は持参してきた懐中電灯で中を照らし階段を登る。天井までは夢の中とは違いさほど遠くはない。しかし、疲労があった。天井まで辿り着き、俺は開いた口から天井の向こう側へと足を踏み入れた。部屋は夢と同じ構造だった。俺は床の魔方陣を踏みつけないように宝箱を乗せた台に近づいた。一体宝箱には何が入っているのか。夢ではな鍵であった。その鍵は今、持っている。なら宝箱の中は空なのか。俺は下唇を嘗め、宝箱を開けた。そこには紅い水晶が入っていた。手に持ってみると以外と軽かった。水晶観察してみると透明な水晶に紅いガスか紅い砂の塊が埋められているように見える。角度によってはガスのようでも砂ようにも見える。眺めている中心に楕円が生まれた。いや、開かれたというべきだろうか。その楕円には黒い瞳が。それは目であった。俺は驚き、そして手が滑り、紅い水晶を落としてしまった。
水晶は小さな音を立てて割れた。割れた瞬間に紅いガスが吹き出し、すぐに霧散した。変な異臭はないし体に異変もない。
しかし、全身に突き刺すような視線を感じた。それに俺の心が落ち着かなくなる。俺は部屋を飛び出して階段を一気に駆け下りた。どのようにして宿に戻ったか記憶にない。視線に逃れようと布団の中に体をくるまおうが逃れることはできない。布団の中に何か入っている気がする。入る隙間もないのにだ。俺はどうかしたのだろうか。四六時中、視線を感じて落ち着くことができない。さらにそれは就寝でも影響を及ぼした。安らぐ時間はなく、心は壊れ始めていく。もう一度塔に向かえば解決できるのかもしれない。しかし、塔に向かおうとすると恐怖心が襲い、動けなくなった。どうにかして視線を回避しなくてはいけない。心がざわつき、色々な感情がせめぎあい、頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。
福原圭吾のメモ、日記はここで終わっていました。符合しない点として黒木灯のインタビューの件です。メモ、日記ではインタビューは行われていないという点でしたが実際にはきちんと行われていました。
そしてもう一つが保存会です。保存会はほとんど機能はしていなかったのです。役割をあてられたものの特に何もしないという名前だけのものでした。地車虫干巡行祭は確かにありましたがそれは地元町内会が運営、担当しておりました。塔に関しては誰もが無関心でした。いえ、無関心を装っているというべきでしょうか。彼らは関わりたくない、触れて欲しくないという雰囲気を醸し出しておりました。
私と知己の警察官は彼が登ったという塔に向かいました。私達はすでに鍵を持っていました。その鍵が塔の鍵なのかは分かりません。なぜなら地元の地車保存会等に鍵を見せて尋ねるも、みなは塔には鍵は掛かっていないと言うのです。ではこれはどこの鍵なのか。私たちは保存会の方に塔への入場許可を求めました。すると意外にも彼らはすんなりと入場を認めました。少なからず断られるか返事に時間がかかると考えていたので少し拍子抜けではありました。気になるのはどうして彼らは塔への話をすぐに切り上げようとしたがるのかです。少し後ろ髪を引っ張られる形ですが私たちは塔へ向かいました。
塔は彼の記述通りの外観でした。古めかしい力を持ち、今も圧を持って聳えていました。正直、塔を目にして迷いました。しかし、ここまできて恐怖心に駆られ逃げ帰るなんてできません。私たちは塔に登ったのです。
その結果、私たちは知ったのです。地元の方々がどうして触れないようにしていたのか。そして福原が塔について記述していたことが本当のことであるということが。
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