異世界転移 ②
渡辺はゆっくりと慎重に棺の外に出た。すぐ目の前に段があり、段は少なく三段だけ。渡辺は段を下り、後ろを振り返った。最上段の上には四つの柱。柱全ては半壊で元からあったのかなかったのかは分からないが屋根はなく、柱は古代ギリシャ風であった。その四つの柱に囲まれて先程、渡辺が入っていた棺がある。察するにどうやらここは祭壇のようだ。
渡辺は群青色の大地を数歩進んだ。地面は雨が通った後のようにぬかるんでいてやわらかい。どうやらここは山頂であるみたいで尾根が太い道のように伸びている。今いる地点は傾斜が高いらしく尾根以外は崖のよう傾斜である。渡辺は尾根を
尾根は山と谷を作っていて山が原因で尾根のはるか向こう側を羨望できなかった。渡辺は何度目かの山頂で今までと違った景色を手にした。しかしそれは彼に絶望を与えるのに十分なものであった。彼の眼下に広がる光景は灰色の海であった。そう、ここは山頂ではなく崖上であった。終着地点が崖とはなんとも悲しい結果であろうか。灰色の海は泡立ち、まるで生き物の呼吸のように緩やかに膨らんでは息を吐くように海面が下がっていく。渡辺はしばらく呆然と海を眺めていたがふと異変に気付いた。波打ち際は泡立つかもしれないが波打っていないのに泡立つだろうか。さらに波のようにみえたものも本当に起伏を起こしているのでないのか。彼は足下の少し大きめな石を持ち上げ、それを海へと投げ入れた。すると石は炭酸が抜けた音と煙を立たせ海へと沈んだ。渡辺はもう一度石を投げ入れた。二度目の石もまた一度目の石と同じ様に海へと沈んだ。その結果から渡辺は灰色の海が実は灰色のマグマであると答えを導いた。しかし、灰色のマグマなんてあるのか。もしくは水銀の可能性もある。だがこの世界は色が現実とは違う。赤いマグマがここでは灰色なのかもしれない。とりあへず渡辺は踵を返すことにした。
元来た道に振り返ったとき一瞬で異変が生じた。なんと元来た道が森林に続く道になっていたのだ。渡辺は目蓋をこすり、きちんと前方と向き合った。視界はやはり尾根から森林に変わっていた。彼はもう一度崖の方に振り返った。すると崖もなくなり、そこは森林で彼は森林に囲まれていた。森林は彼の知る色を纏っていたので彼はそれを見て少し安心した。そして道は一本道でどこかに続いていた。そこでふと棺はどうなったのかという不安に襲われた。棺が起因でこの異世界に転移させられたなら戻るにも棺が必要なのではないだろうか。もし山が森へと変貌したなら棺はもうここには存在しないのではないだろうか。彼は急いで道を進んだ。だが道はすでに尾根とは全く違っていた。山あり谷ありの道がただの平坦な道になっていた。道は細く、薄暗く、奥は穴のように光を通さない漆黒。見るだけで精神を圧迫する。渡辺はなるべく奥をみないように進んだ。時折ちらりと奥へ窺うと奥は彼と一定の距離をとっている。それはまるで一向に進んでないようにも見える。渡辺は嫌な汗をかいた。一体どこまで進むのか。渡辺は疲れて立ち止まって感覚的にはもう棺があった山頂の距離は歩いているはず。やはり棺はもうないのだろうか。渡辺は諦めて地面に尻をつけた。そして休みながらぼんやりと道の奥を見つめているとまるで道の奥が天井のような気分に陥った。これはいけないと思い首を振った。肉体だけでなく心もすり減っている。とりあへずもう一度、道を進もうと決意した。歩きながら渡辺はどうして自身がこのような目に会ったのか、その起因を探そうと記憶を遡った。やはり双海塾だろうか。双海塾の謎すぎる行事が原因であろう。あれは一体どの宗派の儀式なのか。教会で行われているからキリスト教だろうか。棺も西洋式である。それにしては不気味でカルト系である。いや、カルトであろう。だが、双海塾は政治、経済を学ぶ塾であり、今までカルトのような集会は一度もなかった。それなのにどうして新塾長継承の儀式がカルト的なのか。そしていつからこのような儀式が行われたのか。今までの塾長も渡辺と同じ体験をしたのだろうか。それについては渡辺は今までの塾長も同じ体験したと考えた。それは虚勢から生まれたものであった。今までの塾長も同じ体験して元の現実世界に戻ってこれたのだと。そう信じこまないといけないほど渡辺の精神ははち切れて発狂しそであったのだ。渡辺は歩いた。どこへ続くかも分からぬ道を。
道の奥、暗い闇からぼんやりと形が浮き出て、次第に灰色になり渡辺は嬉しさと希望を持って走った。けれどもそれは見事に打ち砕かされた。渡辺は立ち止まり、現れた光景に茫然した。渡辺にさらなる困惑と不安が胸中を襲った。目の前に広がる光景は遺跡であった。エジプトとマヤ、アンコールワットを混ぜたような遺跡。エジプトのような黄色い岩でできた遺跡。マヤのように密林に囲まれ、そしてピラミッド型の祭壇。アンコールワットの寺院のように祭壇の周りに建造物が。渡辺は黄色い土台の上に立つ石像に挟まれた石畳の道を歩いた。今はそれしかないのだ。石像はモンスターだった。ガーゴイルとは違う海の軟体生物のようなものであった。しかし、ここは海から離れた密林。密林に軟体生物はミスマッチのようだ。だけど、精神的には恐怖心や祟りを思い起こさせる力を持っている。渡辺はなるべく石像を見ないように早足で進む。しばらくすると石像から視線を感じる。全身をなめ回すようにねっとりと値踏みするように。視線を探ろうとはしなかった。探った瞬間に全ての理性が無くなりそうな未来を感じたのだ。知ってはいけない。認識してはいけない。理解してはいけない。渡辺は早く早くと願いながら進んだ。そしてピラミッド式の祭壇の下へと辿り着いた。ほっとしたがここからどうするのだろうか。やはり登るしかないのか。答えのない質問を繰り返して、ついに渡辺は意を決しった。ピラミッドの階段を登り始める。高さはそれほどないが一段一段登るたび、疲労がのしかかる。頭も重くなり、首が疲れる。息を吐くたび、意識が朦朧とする。頂上ゆえ酸素が薄いのか。いやこのピラミッドはそんなに高くはないはず。そしてやっと渡辺は頂上へと辿り着いた。
頂上は平らで4つの隅には各々柱が立っている。それ以外には何もない。空はいつの間にか黒い雲が太陽を遮断し、上空を支配していた。黒い雲が一瞬、細い光を生き物のように走らせると数秒後に大気を震わせる轟音が鳴った。それは断続的に発生し、儀式時の打楽器音であった。雨も降り、渡辺の体を濡らす。渡辺は怯えることもなく手を上空へと広げ、身を委ねる。その目は虚ろできちんとした意識があるようには思えなかった。まるで魂を魅せられたかのように。渡辺は祈りの言葉を発した。どこの国の言語かも分からない言葉を。それは双海塾の前塾長が儀式で唱えていたのと同じものだった。どうしてかは分からないが渡辺は祈りの言葉を発することができた。祈りを捧ぎ続けるたびにそれに呼応して雷鳴が響く。そして祈りの終わりと同時に雷が渡辺の体に落ちた。雷から大量の情報が渡辺の頭へと流れる。頭から肉体、足先まで全て。狂おしい程の乱流が走り、様々な味わったことのない感覚が訪れては消える。脳が、魂が書き換えられる。体の細胞は震え、分裂する。
――彼は一人ではなくなった。
目が覚めると渡辺は棺の中にいた。蓋は開けられ、棺を囲むように前塾長たちが渡辺を見下ろすように立っていた。渡辺はゆっくりと立ち上がった。前塾長たちは言葉もかけず、離れていく。そして誰に言われることもなく黙々と儀式の片付けを始める。渡辺も服を着替えようと更衣室へと向かう。彼等には言葉は必要ない。なぜなら一人ではないから。
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