霧と隕石 ②

 目が覚めた時、私はどこかの畳部屋に布団を敷かれて寝かされていた。部屋の中は霧で充満していた。霧の世界は一瞬自分が天に召されたかのように錯覚を与える。衣服が灰色のパジャマに着替えさせられていた。私は胸に手を当て鼓動を確かめた。怪我は腕や顔に裂傷や打ち身がいくつかあったが大事には至らないものであった。甘い霧がある部屋ということは、ここは道藤氏の家であろうか。私は起き上がり、戸を開いて廊下の奥に向かって言葉をかけた。しかし、返事は部屋からきた。予想もしていない場所からの返事に私は驚いた。どうやら道藤氏は部屋の中にいたのだ。霧で見えないなからといって気配も感じ取れないとは。私は布団に戻ると道藤氏が霧の中から現れた。彼はお盆を持っていて、水の入ったコップを私に差し出しす。水を飲んで私は一体何があったのかを尋ねた。

 道藤氏曰く、祠からの帰り道、私は躓いて穴に転がり落ちたらしい。そして道藤氏は田島氏や近所の方を呼んで私を救出したという。医者曰く、軽い脳しんとうだとか。そして今まで私は眠っていたらしい。しかし、あれは夢だったのか。かなり現実味があった。もしかしてこれが夢なのではと痛めた腕を強く触れてみた。するとズキズキとした痛みが走る。ということはここは夢ではないようだ。

 時間を確かめようとスマホを見るとディスプレイが割れて使い物にならなくなっていた。道藤氏に時間を聞くと夜の21時44分であった。今なら急いで帰れる時間帯である。だがここは霧に覆われた町、地図アプリもなしに外からきた者が迷うことなく帰れることはできない。道藤氏に案内してもらうという手もあるがご老体に迷惑はかけられない。道藤氏にも私の考えが伝わったのか、彼はもう遅いので今日は泊まるようにと言う。逡巡したがここは厚意に預かり泊まることにした。私は晩御飯も馳走になり、晩御飯後に道藤氏から隕石の話を詳しく聞いた。だが、めぼしい話はなく結局あの夢については分からずじまいであった。ただ、池の伝説と霧については真新しい情報を手に入れることができた。

 遥か大昔に鬼があの池のあった近くに封印されていたという。そして月日が経ち鬼の封印が解けようとした時、天の神が岩を投げて鬼の力を封じ込めたという。これを聞いて私は隕石が落ちて生まれた物語であろうと考えた。

 次に霧についてだが、隕石が池に落ちた時、霧は発生していなかったし、池もまだ存在していた。しかし、池の水が徐々に高温になり、水蒸気を発生させていた。市は水質調査に研究員を送った。丁度その頃に隕石調査の学者もきた。二つの専門家による合同調査が行われたが、研究員の精神的被害のみで隕石、水質の調査は難航した。研究員の精神的被害というのが私と同じように昏睡状態に陥り、夢の中で隕石を見たという話であった。その精神的被害は主にボートを使っての池の水質調査、隕石発見に向かった者たちであった。岸辺で別の角度からの調査をしていて無事であった研究員たちは水蒸気に幻覚作用のある毒の成分があるのではと水蒸気を調べた。しかし、水蒸気はあくまでただの水蒸気で毒性は何一つなかった。さらに時間が経つにつれて水蒸気は増して視界を狭め、無事であった研究員たちにも精神的被害が襲った。彼らは撤退を余儀なくされ、そして今日こんにち、池の水は全て蒸発し、町を覆う霧と化したのだ。

 その日の夜、就寝についたはずの私はいつの間にか再度池の周りにいた。違う点があった。それは池には水が張っていて、霧が無かったのだ。夜の池は不気味で暗かった。この池は隕石落下前か直後であると感じた。私はすぐにここは夢であると気づいた。夢の中の私は私の意に反して桟橋を渡っている。桟橋にはモーターボートが縄で横付けされている。私はモーターボートに乗り、縄を外して発進させる。そして池に聳える隕石に辿り着く。その隕石は熱を持っていて、周囲の池の水を蒸発させている。夢の中でもあるのに肌に焼けつく熱を感じた。

 そこへ眩しい光が周囲を照らした。私は手で庇を作り、光の発信源である空を見上げる。光は徐々に大きくなって……いや、近づいているのだ。光は池へと落ちた。ここから少し離れた場所だ。落下により水面は大きく波打ち、私は屈んでボートから降り落ちないようにしがみつく。波が収まったころ、光の方へ窺うと大きな巨石が池に突き刺さっていた。その隕石は前に見たあの隕石だ。二つ目の隕石は天辺である先頭からヒビが割れ、中から霧が吹き出る。それに反応したのが私の目の前の隕石であった。熱が強くなり、さらに震え始めた。それはさしずめ怒りのようにも見えた。怒りと感じたとき、私は鬼の封印伝説と結びつけた。熱を帯びた隕石は実は鬼の角で二つ目の隕石は天の神が落とした岩であると。

 目が覚めた時、私は寝床にいた。見慣れない部屋なので一瞬どこか分からなかったが道藤家の寝床としてあてられた一室であると理解した。私の体はまるで池の水でも浴びたかのようにびっしょり濡れていた。パジャマも汗を吸い色濃くなっていた。そして私は大の石を持っていた。それは隕石の欠片だろうか。私はそれを道藤氏に見せると彼は目を見開いて驚いていた。震える手で石を持ち、色んな角度から石を眺め回す。そして道藤氏も隕石の欠片であろうと私と同じ結論に至った。私が持っていても意味はなさそうなので、隕石の欠片を道藤氏に預けることにした。

 私はスーツに着替え、朝食時には道藤氏にパジャマは洗って返す旨を伝えた。彼は返す必要はないと言う。しかし、手当てと1泊の礼に再度伺うことを告げた。帰りは道藤氏に地図を書いてもらったので一人で帰路につくことができた。


 数日後、十五年間町を覆っていた霧は晴れ、そのことは連日に渡り全国的に報道されていた。私は道藤氏に先日のお礼へと向かおうとした。しかし、残念なことに私は彼に今後、礼を言うことが出来なくなった。それはどういうことかと言うと霧が晴れたと同時に道藤氏は亡くなったのだ。ただ田島氏にも迷惑をかけたこともあり、私は再度鷺沼町に向かった。霧は確かに晴れていた。実のところ田島氏に伺うのは建前で本音は霧の晴れた鷺沼町を目で確かめたかったからである。私は田島氏から道藤氏の件を尋ねた。田島氏が言うには彼は祠のあった所で倒れていた。そしてなぜか消えた隕石の欠片が戻っていたという。写真を見せてもらい、それが私が道藤氏に渡した隕石の欠片であると理解した。私には道藤氏が隕石の欠片を祠に納めたことにより霧が消えたと考えられる。ただ亡くなった原因は不明である。会話の後、田島氏は池に私を案内しようとしたが私は固く断った。もうあの池には関わりたくはなかった。

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