独り肝試し ②
外はもう懐中電灯なしでも進めるほど明るい。風が吹いて枝葉が揺れ、それが人のささやくような声を生み聴覚を恐怖で支配する。それを聞くたびに脇は締まり、背中が粟立つ。俺はなるべく平素を装い寡黙に歩く。そして俺は道路を歩き続け、二股の道に行き着いた。右は下り坂、左は登り坂。俺は悩んだ末、右の下り坂を選んだ。登りより下る方が体力的も楽だろうと思えたし、下っていけばどこかの町に辿り着けると考えていた。
下り坂はカーブの多いくねり道。主に暴走族や走り屋の好きそうな道だった。やばそうな人間に会わないことを祈りつつ歩き続ける。そしてトンネルに差し掛かった。トンネルは長く、奥に光の出入り口が見えた。俺は抜けるわけでもなくトンネルの前で項垂れる、膝に手をついて、大きく息を吐いた。そして来た道を戻ることにした。なぜなら行きの道でトンネルはなかったはず。よく考えればカーブも少なかったはず。どうやら左の登り坂が正解だったようだ。俺は二股の道まで戻ろうと坂を上がる。
おかしい。おかしすぎる。俺は異変に気付き立ち止まった。かなりの道を歩いたが先程の二股の交差点には辿り着けない。道はずっと一本道だった。間違えるなんてことはなかったはず。俺は足を止め、額の汗を拭った。そしてスマホで時間を確かめると午前6時半であった。もうそろそろ車の一台くらいは出くわしてもおかしくはない。にも関わらず一台も出会わないのはおかしくないか。それともたまたま交通量の少ない道なのか。歩いていると道路とは違う山道を見つけた。それは今歩いている車道に垂直に交差する山道であった。このような道はなかったはず。やはりおかしい。俺はいつの間にか知らない道に入ったのか。しかし、そんなことはない。一本道なのだ。間違えて違う道に進むはずがない。
山道の入り口には座って休むのに丁度良い岩があり、俺はそこに座って休むことにした。座ると一気に疲労を認識した。そして休みつつ色々と考えた。しかし、自問自答すらできず、ただ謎ばかりが増えるのみであった。そろそろ再出発をしようと立ち上がろうとした。けれど腰が持ち上がらず、しかも目眩が襲った。そうとう疲労が貯まっていたらしい。もうしばらく休もうと考えた。だが疲労は座ることすらも許さなかった。全身の力が抜け、俺は岩の上で横になった。これは本当に疲労なのか。疲労にしてはどこかおかしい。それになぜか体から力が抜ける。そして意識も薄れていった。それはまるで無重力の中、紐に引っ張られるかのようにするすると落ちていく。
意識が戻るとまた夢の中にいた。いや、夢の中ということは意識は戻っていないということなのか。そこのところはいまいち分からないし、今のこの現状について考えると頭が重くなる。ただ、ここは夢の中であると認識はしていて意識はなぜかはっきりしている。
ここは和室だった。ただ前回とは微妙に違う。黒いテーブルはない。部屋を見渡していると戸が開き、狐面の着物女が部屋に入ってきた。ゆっくりと戸を閉じて、俺に対面するように正座をした。俺が質問をしようとすると女は手のひらを向けた。すると俺の喉から声が出なくなった。次に女は狐の面を外した。二十代くらいの整った美しい顔が現れた。女の顔に見蕩れていると、女の黒い瞳から小さい点が生まれる。そしてそれは弧を描き、右回りの渦を巻き始めた。目の錯覚と考え、一度自身の目を閉じて再度目を開き、女の目に視線を向けると、やはり渦を巻いていた。その渦を見つめていると次第に女の顔、体がくねり、しまいには視界全てがねじれた。気分が悪くなり俺は目を閉じて顔を下へと向ける。だが気分は良くなることはなく悪くなるばかり。畳の床に両手を当てる。頭が割れそうなほど傷むと女の思念が俺の頭の中に割り込んでくる。そして女の意志、思考が俺の脳内を蹂躙する。女が何を考え、俺に何を訴えてきているのかが流れ込む。痛みが薄れ、目を開けて前を向くと女はもういなかった。三半規管が麻痺しているのか俺は自身でも知らないうちに倒れていた。
意識が現実世界に戻ってきた時、俺はアパートの自室にいた。どうやって戻ってきたのかは分からない。時間は朝の7時であった。肉体及び精神の疲労はなく、むしろ有り余るほどのエネルギーを蓄えていたし、不思議なほど頭は十分に冴えきっていた。一体、肉体にどのような作用があったのだろうか。
ただ今、ハッキリとしているのは昨夜から今朝までのことは決して他言無用であり、俺は肝試しに参加もしてなければパリピなあいつらとも会っていないし、あの廃病院にも行ってもなければあそこで何があったのかということも知らないということにしなければならないのだ。それがあの女の要求。あまりにも一方的であるが自身の身を守るにはそれが最適解である。
パリピ達とあの廃病院のことはどうなったのかというと、パリピ達は遠い場所で謎の事故死。パリピ達が事故死したことで警察が俺に話を聞きに来るのかと思ったがそれはなかった。普通なら自分から伺うべきとも考えたがこの前のことは他言無用のため警察署に出向くのは辞めた。廃病院でのことは不明。あそこで何があったのかは新聞やニュースでも語られていない。そして自分から調べようという気は起きなかった。あの雰囲気から察するにどうせろくなことではないのだろう。
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