独り肝試し ①

 友達はいなかった。というかできなかった。色々とコンパやパーティーに顔を出したりしたのだがどれも失敗に終わった。寂しいことだが逆に学生間において支障は生じなかった。ただ情報の類が入ってこないので大学でのテストやレポート作成についてはちょいとばかし厳しい。特に過去問を手に入れることができないのでテストの成績は芳しくはない。赤点ギリギリがいくつもあり、時には再テストを受けることもあり、単位習得にはヒヤヒヤすることもある。

 そんな自分に肝試しの誘いがきた。それは受講生の少ない講義のテスト終わりでのことだった。誘ってきたのは同じ受講生の女性たちだった。なぜ自分に誘いがきたのかさっぱりだった。別に講義で仲良くなったわけでもないのに。でもテストも終わったことだし暇だったので了承した。と言うものの相手が女性であったことが大きい。これを期に仲良くなればと俺は淡い期待をして当日を待った。

 肝試しは八月三日深夜に行われ、肝試し場所は当日発表とのこと。大学前の公園で集合し、それから肝試し場所に移動。当日になり、待ち合わせ場所の公園で肝試しの参加メンバーが集合して俺は騙されたと感じた。なぜなら参加メンバーに俺を誘ってきた彼女らは一人もいなかったから。集まったのは本当に大学生なのか疑わしいパリピの6名のグループだった。金髪、ピアス、ガングロ系ばっかりで全員初対面。時間の前に俺たちは全員集合したということで早めに肝試し場所へ移動した。移動はリーダー格の男が用意した白いワゴン車で。

 車内は嫌に空気が重たかった。決して俺が嫌な空気を出しているからとかではなく、彼らはなぜか気落ちしていた。それは集合時からであった。よくアッパー系を使用する者は薬切れのときは意気消沈しているとか聞く。それでだろうか。しかし肝試し前に薬を服用するだろうか。むしろ彼らからは不幸、もしくは自分の失態を悔やむようなものが感じられる。ワゴン車は山道を進み、外の景色は人工灯のない真っ暗な景色になった。ワゴン車のフロントライトのみが寂しく前を照らす。

 ワゴン車が山道を進み、二十分弱で目的地に着いた。肝試し場所は山奥の廃病院だった。月明かりの中、幽霊のように聳え建っている。ガラスは風雨か人によるものかほとんどが割れている。壁に落書きが少しある。スマホの電波は県外らしくアンテナは立たない。病院玄関前でグループのリーダー格らしき男が俺を含めメンバー内の男たちにプリントを配り、次に女性陣も含めた全員に懐中電灯を渡し、そして野暮ったい声で肝試しについて説明を始める。プリントは廃病院内の地図らしい。地図には赤い線でルートが書かれている。説明によれば男女二人一組で一階から五階まで巡回すること。全員で七名。二人一組作ると一人余ってしまう。こういう場合は一組だけ三人となる。しかし、彼らは俺を組に入れてくれるだろうか。心配しながら組分けを待つが俺一人となってしまった。リーダー格の男に問い質すも、彼は俺一人で肝試しをしろとのこと。なんとか勇気を出して抗議をするもカップルの中に一人入るなんて野暮なことだろ言われた。他のメンバーの視線も冷たかった。結局俺一人でルートを回ることとなった。十分おきに出発で俺は最終で三組目が出発して十分後に出発した。もうこの時点で俺のモチベはだださがり。懐中電灯を点けて廃病院へと向かう。一人で肝試しってどんな罰ゲームだよ。

 廃病院の自動ドアは壊されていた。床に光を当てると土や石、傷の走った床が現れた。立ち止まって薄暗いロビーを懐中電灯で照らす。一階ロビーは吹き抜けで見上げると三階まで窺える。受付前のソファーは傷があり中の綿が飛び出し、乱雑に並んでいる。俺はプリントを見てルート通りに進む。まずは受付を越えて売店前で左に曲がり、レントゲン室方面へ進もうとする。そこでエンジンを聞いた。俺は嫌な予感を感じて急いで外へ出た。ワゴン車がなくなっていた。一組目が終わってコンビニへでも向かったという考えもあったが、それにしては早すぎる。三十分そこらで病院内を回りきれるだろうか。もしそうなら十分後に二組目も戻ってくるはずだ。もしここで立ち止まってることを問われてもワゴン車がなくなったことを言えば良いだろう。

 しかし、十分、二十分経っても二組目も三組目も戻ってこなかった。おかしいと思い、俺はプリントとは逆のルートで廃病院に入った。だが、逆のルートで進んでもメンバーの誰とも会うことはなかった。というか逆のルートを使ってすぐに異変に気付いていた。逆のルートはホコリだらけだったり、物が散乱してとても歩けるルートではなかった。ここで俺はある事実を思い描いた。それは俺一人だけ残されたこと。彼らは始めから肝試しなんてするつもりはなく、俺一人を残すために肝試しを実行したのだ。だが、それだと謎が残る。なぜ俺一人を残すのか。俺は彼らに恨みを買うようことはしていない。むしろ初対面だ。俺は頭をかきむしりながら5階独り部屋で満月をぼんやりと見ていた。なぜかこの部屋は比較的綺麗であった。

 ぼんやりしていると地上から光が現れた。次第に大きくなり、俺は彼らが帰ってきたと考えた。すぐに部屋を出て、階段を下りて一階へ。ロビーを抜け、外に出ようとしたところで違うことがわかった。光は車のもの。しかし、それはワゴン車のではなかった。トラック、乗用車のもの。不審な臭いを感じた俺は受付の奥、事務所に入り、そこからトラックと乗用車の行方を窺った。それらは自動ドアの一般出入り口ではなく病院右側面へと回った。地図でそれらは緊急搬送用の出入り口に向かったことを知り、俺は慎重に緊急搬送口をが見える整形外科室に向かった。

 トラックと乗用車から出てきた人物は明らかにカタギの者ではなかった。俺は震えながら成り行きを見守った。彼らはトラックから貿易港で見られるようなコンテナを取り出していた。大きいだけでなく重量もあるのか乗用車から出てきたスーツの人もスーツを脱いで手伝っていた。どうやらフォークリフトはないらしく運び出すには二つのパレットを合わせ、コンテナをその上に乗せて運ばなければいけないらしい。そして彼らはコンテナを運びながら緊急搬送口ではなく倉庫へと向かった。彼らの後をつけようかとも考えたがすぐに危ない橋を渡るのは止めようと決めた。ロビー側の出入り口から外に人がいないことを確認した後、急ぎ足で外に出た。

 時刻は午前四時になろうとしていて、夏の明け方は早く、すでに空は少し白みがかっていた。だが懐中電灯なし歩けるほど明るいわけではなかった。なんてたってここは山だ。すぐに高い木々が辺りを暗くする。道は一本道で迷うことはないが長く、かつ登り下りの多い道であった。ある坂道を下っていると車のエンジン音が耳に入ってきた。俺を置いてった彼らだろうか。期待込め耳を澄ましてエンジン音を聞いた。けど次第に大きくなるエンジン音は俺が来た方角からで、俺はすぐに道路を外れ木々の後ろに隠れた。一台の黒光りの乗用車が通っていった。俺は木々から道路へと出て、なぜ一台だけと疑問に感じたが気を取り直して歩き始めた。

 眠気と疲労からか次第に足が重く感じ始めた。そしてそれは足から背中へと這い回り、頭に訪れた時は、道路を外れ大木の下に座った。時刻を確かめると五時手前であった。一休みしようと目を瞑り、大木に背中を預けた。すると一気に体から力が抜け落ち、それに比例するように意識も心地よく落ちた。

 それが明晰夢とすぐに分かった。俺は肝試しで一人にされ、置いてけぼりにされ、山を下り、今は休憩しているのだ。だから今、見える景色は全て夢であると理解できる。俺は部屋にいた。木造建築の一室。目の前に黒い木製テーブル。その上には見たこともない食事が並べられている。和食でも洋食でも中華でもない。赤黒い肉の山、色の強い花、茶色い歪な形をした茎、柔らかいものを押し固めたピンク色の物体、青い汁物。そしてテーブルを挟んで白い狐面の着物の女性が座っている。部屋にはそれだけであった。旅館の一室ではないようだ。どうしてこのような夢を見るのか。迷い家という伝承がある。それを無意識のうちに想像したからか。しかし、それなら自分が知る御馳走であるはず。それなのにどうしてこのような下手物げてものなのか。俺の意志に反して腕は動き、箸を使わず手づかみで赤黒い肉を掴む。表面は柔らかいが強く掴むと中から押し返す固さが生まれる。夢なのにどうしてか実感がある。大きな赤黒い肉の塊をこれもまた意思に反して俺は食す。肉を噛み千切り、咀嚼する。血抜きしていないのか鉄の味がする。口の中が生暖かい血で満たされる。口から溢れでた血は顎を伝い落ちる。俺は何度も肉を噛み千切り、食す。肉の後に色の強い花を食べる。味はない。ただ甘臭い香りがするだけ。どうやら花を噛みきれないのか口の中に引っ付くだけであった。俺はそれを青い汁物で花を流し込もうとする。青い汁物は生ゴミのような廃れた匂いがした。俺は何度もやめろと念じるも体はそれを無視して飲み始める。匂いはえげつなく普段ならもう意識は落ちているはずだが、元々意識が落ちた夢の中ゆえ、意識が落ちることなく青い汁物を飲み干す。花は喉奥に引っ付いていた。嗚咽したいにもそれすら叶わず気分の悪い感覚のみが伝わる。まさしく拷問であった。それからも体は俺の意思なんて関係なくピンク色の物体に手を伸ばす。

 全てを食べ終えた時、頭はおかしくなりそうであった。いや、すでにおかしくなっていたのかもしれない。頭の中はバチバチと弾け、まるで脳が膨らんでいるような錯覚を持っていた。鈍痛、鋭痛の両方がある。狐面の女は立ち上がり、襖を開け、こちらに振り向いた。世界は暗転し、意識は落ちた。

 目を開けると俺は現実世界に戻っていた。それは夢から覚めたということだろう。しかし、あれは夢だったのか。変にはっきりした夢だ。時刻を確かめると驚くことに早朝の五時を少し過ぎた時間であった。そんなに眠っていなかったのか。長い間眠っていたように思われるが。だが体は妙に軽い。俺は立ち上がり、道路へと出た。

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