あれは沖縄返還があった年だから1978年だったはず。


 鉱山の麓に集落があり、その集落近くに寂れた村がある。仕事上俺は集落には行き来があったが寂れた村には道を知っていても一度も伺ったことはなかった。その寂れた村から町まで荷物を運ぶという仕事が舞い込んできた。何を運ぶのかは聞かされていないが、依頼主は相場の十倍の金を払うと約束し、前金で通常の二倍の運送料、別途ガソリン代その他としての費用も出してくれた。俺は割りのいい仕事だと思って引き受けた。ただ、それだけの額を払うということは違法の可能性もあったが依頼主が地元では有名企業の大物人物でもあったので承諾した。

 指定時刻は深夜の0時だ。運送業の人間は普通の人と仕事時間は違う。夜中に走るのは別段おかしくはない。ただこんな時間、こんな場所に荷物の受け渡しとなると不穏な空気はある。

 あの夜は霧が濃くなってきていた。気温も低くなり、吐く息が白い。吐いた息が霧に同化する。霧が濃くなると運転にも支障が出る。腕時計で時間を確かめる0時を越えていた。しかし、外には人がいない。足音の代わりに水の音が聞こえてきた。露点に達して水滴になって落ちたのか。その水の音が次第に大きくなる。もしかて雨だろうか。フロントガラスから外を窺った。フロントガラスには雨足は付いていない。小さな粒子がくっついているだけだ。しかし、水滴が落ちる音がどこからか聞こえる。ただ聞こえるのみで方角がはっきりしない。考えても仕方がないと俺は背もたれに体重を預けて、一体いつ来るんだと溜め息を吐いた。丁度その時だ。サイドガラスが叩かれたのだ。驚いて俺はついハンドルへと体を倒してしまった。クラクションが大きな音を立てて鳴ってしまう。それは密輸側からしたらとんでもない失態だ。だがここは人気のない場所。問題はないだろう。それに急に俺を驚かせてきた方が悪い。

 サイドガラスを見ると女が立っていた。二十代前半くらいの赤い着物女性。俺は外に出て客人かと尋ねると女は何も答えずにっこりと頷き、紫色の包みを渡してきた。形と固さから包みの中は木箱と思われる。女は包みを手渡すと一礼をしたのち、去っていった。その背中はすぐに霧へと消えた。とりあへず俺は助手席に包みを乗せ、トラックを発進させた。

 村から町までには丘を三つ越えなくてはいけない。しかも勾配の多く、何度も坂を上がっては下りるの繰り返し。なんでも村に人が寄り付かないようにわざと交通整備が疎かにしているとか。しかし、運送業を生業としている自分からするとそれは真っ赤の出鱈目である。安全かつ遠回りのない道なんてものは金がかかる。ちょっとした勾配をなくすだけでも大変らしい。

 一つ目の丘を越えた辺りで霧が濃くなった。危険だと感じて、道から少し外れた所に丁度いい駐車スペースを見つけ、俺はトラックを停めた。時間は深夜1時。朝の5時までに着けばいいとのこと。時間は余裕がある。だがこのまま朝まで霧で停められては遅れてしまう。遅れたときのことは依頼主は告げなかったが支払いからいくらか差し引かれる可能性はあるだろう。

 俺は助手席の紫色の包みに目を向けた。一体中身は何なのだろうか。わざわざ高額な料金でドライバーを雇ってまで運ぶものだ。金塊にしては軽すぎる。重要書類ならわざわざこんな時間帯にドライバーを雇う必要はないし、何らかの理由で緊急で送らなければいけない書類なら急な仕事のはず。前もっての注文であるから違うはず。ならば後に考えられることとすれば窃盗物か大麻などの薬物だろう。窃盗物の可能性は高い。しかし、依頼主は成金の金持ちだ。本当に窃盗物だろうか。しかも包みの大きさから察するに一つの可能性が高い。たった一つの窃盗物にドライバーを雇うだろうか。ならば残すは大麻などの薬物ではないだろうか。金持ちなら大麻などに手を出してもおかしくない。俺は包みを持ち上げ、耳を近づけて揺すってみた。音はなかった。木箱の中には何もないのか。これはどういうことだろうか。木箱が貴重品なのか。いや、そんな話は聞いたことがない。それに木箱のみならこの重さは何なのか。木箱以外の重さがある。俺はもう一度揺すってみた。今度は先程より強く。だが、中に何か入っているような音はない。それとも木箱によっぽと強く引っ付いているのか。結局考えても答えがでないので俺は諦めて包みを助手席に置いた。

 霧はまだ晴れない。俺はハンドルに顎を付けてフロントガラスの向こうを見つめた。風が吹いているのか霧が右から左へと流れる。そんな時、影が横切った。それは霧の向こうにあり、自分のトラックよりも大きい。とすれば大型のトラックの影か。しかし、エンジンは聞こえない。それに横切ったのだ。横切るような道はないはず。では大型トラックでないなら熊であろうか。俺は周囲を警戒した。だが周囲は霧で覆われていて何も分からない。


 結局、正体は分からずじまいで霧も晴れたので俺はトラックを発進させた。

 予定通りに町の指定された場所にトラックを停めた。時間も三十分早く着き、上々だった。受取人を待っていると霧が発生し始めていた。それを俺は辟易して溜め息を吐いた。

 約束の時間に鳴った頃だ。霧はかなり濃くなり、水音も聞こえてきた。俺は寒さで肩をさすった。まだ受取人は来ていないのかと外を窺うと着物の女がトラックのすぐそばにいた。俺は驚いた。それは近く現れたことではなく、別の理由があった。それは受取人の女が村にいた女と瓜二つであったことだ。双子だろうか。俺はドアを開けて、受取人か確かめた。女は微笑みお辞儀をしてから封筒を差し出す。中には札束が入っていた。女に荷物を渡すと、その女はまたにっこり微笑んでその場から煙のように消えた。霧も女と同じ様に煙のように消えた。景色が現れるが、女はいなかった。霧と同じように消えたのか。


 今、考えるとあの女の正体は霧だったのかもしれない。……なんてな、そんなわけないな。でも、それだとしたら、あの日のあれは何だったんだろうな。結局分からずじまいさ。

 お前の前にもこの話をしたことがあってな。その時は、木箱の中身に御神体があって、女はその化身ではないかって言われたな。後から知ったんだけど、どうやら依頼主は変な宗教にはまってたとか。それでその宗教の神様が女神らしくて、その御神体があの村にあった。なんでもあの村は大分前に廃村になっていたらしいな。昔は出稼ぎの坑夫しか住んでいなかったとか。そしてある坑夫によって新興宗教が持ち込まれたらしい。それが山の神を怒らせたとか。

 俺が知ってるのはこれだけさ。

 前に話したときの男?

 さあ、誰だっけ?

 大学の教授って言ってたな。廃村や新興宗教に詳しい奴だってことしか分からねえな。

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